« (24.9.5) ロドリゴ ネパール日誌 その4 「スコーラでの授業」 | トップページ | (24.9.7) ロドリゴ ネパール日誌 その5 「バザーとゲストハウス」 »

(24.9.6) NHKプロフェショナル 心臓外科医 天野篤氏 神の手を持った男

Dscf5188

 やはり人間はこうして生きるべきなのだとしみじみ思ってしまった。
天皇陛下冠動脈バイパス手術の執刀医をされた順天堂大学医学部教授の天野篤氏のことである。

 この2月に陛下が東京大学医学部病院に入院され手術を受けられたが、誰もが不思議に思ったはずだ。
陛下の執刀医が東大の教授ではなく、わざわざ順天堂大学の天野教授を招聘して執刀させたからだ。
なぜだろう、東大には心臓のバイパス手術をする専門医がいないのだろうか・・・

 先日NHKの「プロフェショナル 仕事の流儀」と言う番組で天野篤氏を取り上げていたが、その番組を見て天野氏が日本を代表する最高の技術をもった心臓外科医天野氏を置いて陛下の手術を間違いなくやり遂げる外科医はいないことを知った。

 何しろ天野氏の手術の成功率は98%で、年間に約400以上の手術をこなすスペシャリストで、神の手と言われているほど冠動脈のバイパス手術が上手であることを知った。
私はこの世界のことを知らなかったが、通常の心臓外科の専門医の手術件数は年間40件程度と言うから、天野氏はそれだけで10倍近くの手術をこなしていることになる。
そしてその成功率が98%と言うことはほとんどの手術で成功していると言うことだ。

 番組では天野氏が月曜日から土曜日まで順天堂大学病院に泊り込み多い日は一日4件の手術をこなしている様が映し出されていた。
通常心臓病は心臓の周りにある3本の冠動脈が詰まるか、大動脈の弁が壊れて血液が逆流していることがほとんどだ。

 冠動脈が詰まった場合は体内にある9本の不要な血管こんなものがあるとは知らなかった)を摘出してそれを詰まって機能しなくなった3本の冠動脈と取り替える手術を行っていた。
そのとき大切なことは摘出した血管をきれいに清掃して異物が付着しないようにすることと、この血管を残った冠動脈と接合するのだが、血液の漏れが発生しないように上手に接合する技術だと言う。
天野氏はその手先の技術を会得するために若い頃から血管を縫うトレーニングを行い、今でも誰よりも多くの血管を縫う手術を行って腕を磨いていた。

 また大動脈の弁が壊れたときは新たに人造の弁を取り付けるのだが、隙間があると血液が逆流してしまって死亡事故につながるのだと言う。
ここを天野氏は細心の注意で縫い付けていたが、その作業を愚直に行うのが心臓外科医にとって最も大事な素養だと言っていた。

 番組では88歳の老人までが手術を受けて回復した事例や(老人の手術は体力がないので難しい)、過去3回にわたって心臓の手術をして心臓と胸骨が癒着してこれを離さない限り手術が不可能な女性の例がうつしだされていた。
特に後者はなんと14時間に渡る手術をしていたが、通常の作業でも14時間も連続して緊張していれば身体がおかしくなりそうだ。

 しかし天野氏は「一途に一心に」この手術を行っていた。
私はこの手術の風景を見て天野氏に執刀してもらった患者はなんと幸せなのだろうかとしみじみ思ってしまった。
実は私は36歳のときに真珠腫性中耳炎でこの順天堂大学病院で手術を受けている。
順天堂大学病院には技術的に日本で最高位の医者がいることが多く、私が受けた耳鼻咽喉科の助教授は当時から評判が高くその後、日本耳鼻咽喉科学界で非常に高い地位についていた。

 天野氏はどう見ても手術に人生をかけているような人だから学会等とは無関係のようだが、その手術の腕は東大の教授でさえ及ばなかったのだろう。
日本の医学のレベルはこうした天野氏のような医者に支えられており、日本だけでなく世界中のもっとも困難な心臓病患者にとって救世主のような人だ。

 この番組を見て私は日本の医学に対する信頼感を強く持った。
天野さん、なかなかやるじゃないか。あなたは日本の誇りだ
こうした医者が日本に多く排出すれば間違いなく日本は医療大国として復活できる。
なにかとても嬉しくなってしまった。

なお医療を軸に日本の再生を計るべきだと私は思っているが、その詳細の議論は以下参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-03c8.html

|

« (24.9.5) ロドリゴ ネパール日誌 その4 「スコーラでの授業」 | トップページ | (24.9.7) ロドリゴ ネパール日誌 その5 「バザーとゲストハウス」 »

評論 日本の経済 経済成長 医療分野」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« (24.9.5) ロドリゴ ネパール日誌 その4 「スコーラでの授業」 | トップページ | (24.9.7) ロドリゴ ネパール日誌 その5 「バザーとゲストハウス」 »