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(24.8.31) ロドリゴ ネパール日誌 その1 

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(タイ国際空港の展示品

 ロドリゴが明徳学園の大主教クナーカ様からネパールの秘境、ディリチョール村への布教の同伴を命じられてジャポンを出立したのはキリスト暦8月19日のことでございました。

 今回の布教にはクナーカ大主教様他、明徳学園で日本語学を研究されているマリア様、日本の風俗を絵画にして遠くエスパニアに報告をしているツキージ様やその弟子2名、クナーカ大主教様の友人2名、それと私ロドリゴ8名のメンバーでございました。
出立に先立ちクナーカ大主教様からは、「ロドリゴは特にネパールの経済を研究してその可能性を検討し、合わせて布教活動の有無について報告を纏めるよう」に指示があったのでございます。

 ジャポンからネパールに向かうには直行便がなく、一旦タイ航空でタイのバンコックによって、そこから再びタイ航空の飛行機でネパールの首都カトマンドゥに向かうことになりました。
ジャポンには成田に国際空港があるのでございますが世界の潮流からははるかに遅れたローカル空港になってしまい、ハブ空港としての機能がなく、ネパールに直接乗りつける便はタイや韓国や中国に一旦出向かなければならないのでございます。

 この日の成田は昼ごろの出立でしたのでバンコックには夕刻到着いたしました。
そのためこの日はバンコックで一日宿泊することになりました。
思えばロドリゴがバンコックの布教に出向いたのは今から20年ほど前でしたが、その頃に比べるとバンコックの街並みは一変しておりました。
特に著しい変化は飛行場と街の中心を結ぶモノレールが開通していたことと、街中に東西を結ぶ鉄道網が敷かれ、ジャポンと同様なサラリーマンのラッシュアワーに遭遇したことでございます。

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モノレールと鉄道の乗換駅からバンコク市内を見る。写真を写しているのはマリア様

 かつて中古のバスと中古のタクシー、オートバイおよび人力車だけだった街がいつの間にか近代的な大都市に変貌した様は、この20年がタイ国の大発展期だったことをものがたっております。
バンコックでの食事はタイ料理を食しましたが相変わらずのスパイスの効いた料理に昔のタイを思い起こしました。

 ロドリゴが布教活動をしていた頃は1食50円程度の食事と、一泊200円程度の安宿に泊まっておりましたが、今回の宿泊場所も食事代もほぼジャポンの半額程度になっており、この間の物価上昇に驚いたものでございます。

 タイの発展には驚きでしたが、ロドリゴはそれよりも明日からのネパールでの布教活動のことが頭を離れませんでした。
なにしろ今回赴くディリチョール村は秘境といわれているネパールの中でもさらに秘境で、クナーカ大主教様が始めて布教に成功した5年前からでも、年に1回この村を訪れるのがやっとと言う状況だったからでございます。

ロドリゴよ、お前はこの村に留まり主の教えを村人にひろめるのじゃぞ
大主教様からは内々にそのように申し渡されておりましたが、果たして主の教えを村人に広めることができるか、ロドリゴには不安だったのでございます。

 こうしてネパールへの布教のための第一日目が終りました。

なお、ネパールへの布教のたびをするようになった詳細の経緯は以下参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/2464-b9c7.html

別件)中学生の数学と英語をボランティアで教えます。詳細は以下参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/post-f027.html

 

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