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(24.7.14) いじめはなぜ起こるのか。 大津市中学2年生男子生徒の自殺について

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  大津市の中学2年生が自殺をした件について連日のようにマスコミが取り上げている。
この男子生徒は同級生の3名から体育大会のときに鉢巻で両手を縛られ、口に粘着テープを張られていたというもので、少年はこれを苦に自殺したのではないかと言うものだ。

 マスコミの論調は、なぜこのような事実を学校や市教育委員会が把握せず、また自殺した生徒の父親が警察に3回も被害届を出しているのに、警察が受理しなかったのはおかしいと指弾している。
連日マスコミで取り上げられたからだろうか、滋賀県警は急に捜査員を25人体制にして学校市教育委員会強制捜査に乗り出したが、いままで被害届さえ受け付けなかった県警がなんともすさまじい変わり身だ。

 今一番問題になっているのは学校が2回にわたって実施したアンケート調査で、いじめの現場を目撃したと言うアンケートがあったのにその実態把握をほとんど行わなかったことにある(面接をして具体的な把握をしようとしていなかった)。
おそらく学校の立場から言うと、「調査を本格的に行えばどこまで加害者が拡大するかわからない」ことを恐れたのだろう。
体育大会での加害者は3名だが、こうしたいじめは日常的に行われていた可能性が高く、その場合他の多くの生徒がかかわっていた可能性がある。

注)ことを穏便に済ませたい他の理由は、いじめが原因の自殺となると学校では責任問題になる。

 私も小学校時代常にいじめにあっていたから分かるのだが、いじめの主要メンバーは数人でも、何かクラス全員の男子からいじめられているような状況になっていた。
もしこのいじめに参加しないと今度はその児童がいじめの対象になるから、一緒になっていじめに参加する。
こうした児童と1対1で遊んでいる限りは仲がいいのだが、ガキ大将が現れたとたんにいじめる側に回るのにはいつも不思議な気がした。

 文部科学省は「いじめはどの子、どの学校にも起こりうるものでその認定はあくまで被害者側に立つこと」という通達を出しているが、「どの子、どの学校でも」と言う認識はまったく正しい。

 私は65年間の人生を生きてきて、「いじめは人間の本性」ではないかと思っている。
それは人間は群れで生きていかなければならないと言うDNAにインプットされた習性からくるもので、群れで生きる以上群れの生存を脅かすものを排除する行為が「いじめ」だと思っている。

 私の場合は人との付き合いを極端に嫌う性質がクラスから浮き出ていたからであり、その他に運動能力が低いとか知的能力が低いとか、あまりに美人過ぎるとかその反対であった場合にいじめの対象になる。
いわばその群れの規範から外れた人間がいじめにあいやすく、規範を守る処世術を身に着けたものはいじめの対象にならない

 個人的にこうしたいじめから免れる方法は上述したように処世術を身につけてボスに媚を売るか(群れの動物はみなそうして順位付けをしている)、ボスと対抗してボスを打ち負かすか(こうすると順位が変わる)、こうした順位付けから身を遠ざけて孤独に生きるか(群れから離れる)しか方法はない。

 私の場合はボスと取っ組み合いをしてそれを打ち負かしたことで、いじめられっこの立場から逃れることができたが、それ以来私をいつもいじめる側に立っていた児童が「山ちゃんは強いからな」といって言い寄ってきた。
いじめは人間の本性によるものだから根が深く、いくら「いじめをしないようにしよう」といっても本能(感情)が理性に勝っている小学校や中学校ではいじめの撲滅は難しいだろう。

 教師としたらいじめられっ子予備軍はすぐに分かるのだから、常時そうした子供とコミュニケーションをとって実態把握をおこなうことと、親御さんが子供がいじめにあっていることを把握したら学校や教育委員会とすぐに相談をすることだろう。

 それに私の経験からいえることは、いじめにあった場合は黙って甘受すればエスカレートするだけだから自衛のための戦いが必要だと思っている。
ボスに戦いを挑むことで勝てないまでもイーブンに持ち込むことだろう。
弱いと思われた人間はいつまでたってもいじめから逃れられない。

 私は人間も所詮動物としての本能を持っているのだと認識しているから、この地獄のような状況から這い上がるためには本能丸出しの戦いがやはり必要だと思っている。

 なお、私自身がいじめにあった経験を基にシナリオを作成しています。
私の場合はクラスの生徒からのいじめと母親からの虐待でしたからダブルパンチでしたが、戦うことでどうにか生き延びました。
以下にシナリオを掲載いたします。

http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/cat31652294/index.html

 

 

 

 

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評論 日本の政治 教育問題」カテゴリの記事

コメント

鉄人山崎 様 ありがとうございます、いつもブログを楽しく読ませていただいております。

私が一番不思議に思うのはイジメを受けている自分の子を何故に学校へ行かすのかが理解できません。

大部分の先生は大学卒業と同時にそのまま教員となっており学校というぬるい閉鎖された環境しか知らず、きっと頭はいいのでしょうが未熟だなと感じる者が多かったです。

また、朱に交われば赤くなるの例えどおり、中学生レベルの者と四六時中付き合っていると、優秀な者でもやがて考え方等が中学生ぐらいになってしまうのかとも考えております。

そんなレベルであっても教室内では絶対権力者であり、内申書という生徒と親に対しての切り札を持っており、イジメ等のトラブルがおこっても被害者に泣き寝入りをさせるのかなとも思います。

今回の事件でも一般の会社には当然あるコンプライアンスやハラスメント対策などは行われているとは微塵も感じられずおります。

あるのは教師村内で一体となった自己保身のみと感じております。

事が起こった時に、人は戦うか逃げるかの選択を迫られます、鉄人のように戦いイジメから勝ち上がる方もいれば、気持ちがやさしく戦う事が出来な者もいると思います。

戦えない子は気の弱い真面目な子が多いように思います。

鉄人山崎 様、戦えない子はイジメにたいしてはどのようにすれば良いとお思いでしょうか。

小職としてはイジメの程度にもよりますが学校には行かさずに大検を受けさせて、大学のみ行かすのが良いと考えております。

申し訳ございません、とりとめのないことを書いてしまいました。今回の件は気の毒で書かずにはいられずつい書いてしまいました。

(山崎) いつも丁寧なコメントありがとうございます。ポンポコ狸様の今回の大検の提案は「確かにそうした方策があったな」と思いました。
ただ大検となると高校生レベルでは適切ですが、中学生レベルでは「さあ、大検をめざせ」と言ってもイメージはなかなかわかないような気がします。
義務教育まではやはり学校に通う方がいいのではないでしょうか。
特に優しくいじめにあいやすい子は見ていればすぐに分かります(私は小学校の生徒のマラソンの指導をしていますが、すぐにいじめのようなことが発生するのでその場合は厳しく止めます)。
中学までは教師が目を光らせて早め早めにいじめの目をつむことが大事だと思っています。


投稿: ポンポコ狸 | 2012年7月14日 (土) 15時13分

 はじめてコメントをさせていただきます。私は現役の中学校の教師です。そして、新米の教員の時代に、いじめによる部活動の生徒の自殺を経験しています。その経験からコメントさせていただきます。

 今一番問題になっているのは、山崎さんの指摘の通り「学校が2回にわたって実施したアンケート調査で、いじめの現場を目撃したと言うアンケートがあったのにその実態把握をほとんど行わなかったことにある(面接をして具体的な把握をしようとしていなかった)。」ことでしょう。
 このような事件があると、すぐに市の教育委員会(以後「市教委」とします)の幹部が学校に派遣されます。時には市の教育長が直接来ることもあります。これ以後は学校は市教委の指示で動くように命令されます。これは会社の本店と営業所の関係を考えてもらえば分かることだと思います。マスコミの会見に教育長が出てきて、校長や担任がなかなか出てこないのはこういう背景があるからです。この時、市教委が学校に命令することは、自殺の連鎖と残りの生徒の動揺を防ぐことです。冷たいようですが自殺した生徒のことより、残された多くの生徒のことが最優先になるわけです。
 次に、アンケートの目的は自殺の原因を探ることではありません。アンケートを書かせることで、傍観者だった生徒の罪の意識を少しでも払拭すること、その他のイジメがないか調べること、そして、学校もイジメと向きあっていることをアピールすること、この3つの目的が主だと思います。したがって、過去のイジメについての聞き取りは表面的なものになります。(その他の生徒へのイジメが見つかった場合は追求されますが)
 つぎに市教委から求められることは、事件にケリをつけて平穏な状態に戻すことです。つまり、幕引き(隠蔽)がはかられるわけです。この間、被害者の生徒には哀悼を示し、加害者の生徒には刺激しないように指示がされます。謝罪やイジメを認めることは、後日裁判になることを考えて行わないように指示されます。また、マスコミや外部に対する箝口令も指示されます。それは加害者の生徒が次の犠牲者(?)になることを防ぐためと説明されます。ある意味亡くなられた生徒の人権は救われませんが、加害者の生徒の人権は守られるわけです。
 今夏の場合2度もアンケートが行われたことは、何らかの事情があったと推測されます。私は、1回目のアンケートが不充分だったことへの、被害者の親か他の保護者または教員の中からの批判があったのではと考えてます。
 私個人としては、事件の原因を追及し、責任の所在を明らかにし、事件の再発を防ぐ対策をとるのが正しいと思いますが、市教委や学校現場ではそういう考え方はしません。再発防止は、研修の強化(はっきりいって効果はあまりありません)、いじめアンケート(やや効果はありますが、今回のケースは酷い)、学校上層部の交替(やはり?です)、関係教員の異動(全く効果ありません)ぐらいです。教員の中に危機感が漂えば良い方向に行きますが、これも個人差があります。いじめグループは一時は下火になり、しばらくはおさまりますが、熱さを忘れるとまたイジメは起こります。
 自分も小学校と中学校でイジメに会いました。ただ、その時は周りの友達が陰になって支えてくれました。また、尊敬する先輩の教員からは、教師である以上はイジメは絶対に許すな。もし、いじめられている子どもがいたら、クラスの全員を敵に回しても、その子の味方になって守ってやれ。と教えられました。今もその気持ちは変わりません。
 そんな、私でも最初に書いたように、いじめを見つけられませんでした。彼女が自殺した朝、「背が大きくなったね」と言った私の一言に微笑んでくれた彼女の姿からは、いじめに命をかけて苦しんでいた彼女の気持ちを探ることは出来ませんでした。それほど、いじめを見つけることは難しいものです。(今回のケースの担任は、報道が事実であれば、教師としても人間としても失格だと思います。)

(山崎)大変貴重なコメントをありがとうございました。このいじめの件に限らず日本では加害者の人権はあっても被害者の人権がないことが常に問題になっています。
教育現場の実態は私がたぶんそうだろうと予想していた内容に近かったのですが、教育長と校長の立場ははじめて知りました。
とても参考になりました。感謝いたします。

投稿: 信天翁 | 2012年7月22日 (日) 05時46分

「いじめ」というあいまいな用語を使うことを禁止することも必要でしょう。
個別の内容について明確に指摘(恐喝、暴行、侮蔑など)し、
刑法に照らし合わせて処罰されることを折りにふれて説明しても良いのでは。

被害者については、内容などを記録し、もみ消しを図られる可能性が高い学校や
警察ではなく、弁護士など法務方面へ直接訴えるべきという助言も必要です。
http://togetter.com/li/340424

あと、加害者が「遊びでやってるから~」とふさげて口応えしたら、その場でぶっ飛ばし、
「これも遊びでやってるからな」と凄む手口も考慮ください。

それにしても聞こえない子供への「聞こえない言葉での暴力」を認めなかった校長、
今も許すつもりはない。

投稿: 横田 | 2012年7月24日 (火) 02時59分

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