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(24.6.4) ネパールの政治的混乱 憲法が制定できない

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 私は最近までネパールの政治・経済にはまったく興味を持っていなかったが、ひょんなことからそういってはいられなくなった。
このおゆみ野に隣接して千葉明徳学園があるのだが、そこの理事長さんと私はブログを通しての知人になり、懇意にさせてもらっている。

 先日その理事長さんからネパール旅行の誘いがあった。実は千葉明徳学園はネパールの西部に位置するカルナリ県リンモクシャ・ハイスクールと姉妹校関係にあり、理事長はじめ数人の教師と一般人が夏場に12日程度の予定で、このハイスクールを毎年訪問している。
山崎さん、ぜひこのハイスクールに行ってみませんか。とても興味深いですよ

 このハイスクールがある集落一帯は電気がなく、食事もネパール人が食しているものを一緒に食べることになり、とても原始的イメージだ。
しかしここの生徒は非常に勉学に対する意欲が強くまじめで何か日本の明治時代の学生のような雰囲気があるらしい。
私や明徳の教師はハイスクールで授業をしますが、山崎さんもしていいですよ

 それならチベット経済を調べて日本経済とのかかわりを簡単に述べてみようかと言う気になった。
しかしチベットの政治・経済を調べ始めて驚いたことは、今チベットは政治的大混乱の只中にありとても経済までは手が回らないと言うのが実情のようだ。

 2001年と言えば今から約10年前だが、ネパール王国で信じられないような国王一家惨殺事件が発生した。
当時の国王だったビレンドラ国王夫妻やその子供8人が、ビレンドラ国王の皇太子直後に自殺したと言う)によって虐殺された事件だが、実際はビレンドラ国王の弟だったギャネンドラ氏ビレンドラ一族殺害事件だった可能性が高い。

注)目撃者がほとんどおらず、密室の事件であり銃を乱射したと言われる皇太子がその場で射殺されている。何か鎌倉幕府の三代将軍実朝暗殺と酷似した事件だ。

 この事件後兄一族は死に絶えたため弟のギャネンドラ氏が国王になり独裁権力を掌握して、議会や内閣の権限を停止して好き勝手な政治を始めた
あまりのひどさに国民は反王族闘争を始めたが、この闘争の主導権をめぐって中国派の毛沢東主義者マオイストと言う)とインド派のネパール会議派が鋭く対立した。

注)前のビレンドラ国王は開明的な国王で、立憲君主制を目指して国会と内閣を整備していた。この措置にネパール会議派は賛同し、一方マオイストは反対して1996年から武装闘争に入っていた。

 ネパールは中国とインドにはさまれた小国で、従来はインドが実質的宗主国だった。
しかしこの国王殺害を契機にマオイストがさらなる武装闘争を強化して中国の支援の下にギャネンドラ国王の政府軍と戦ったため、ネパールに対する中国の影響力が浸透した。
ネパールは中国とインドの代理戦争の様相を見せてきたわけだ。

注)国王の軍隊はインドとアメリカが武器を支援し、一方マオイストには中国が武器を支援していた。

 しかしマオイストとはなんとも不思議な集団だ。絶対平等を説いていて何かかつての紅衛兵やカンボジアのポルポトを彷彿させる。
こんな集団が絶対権力を掌握したら反対派への大虐殺が発生しそうだ。

注)未成年者の少年をマオイストの戦士に仕立て上げて絶対平等の教育をしていたところはポルポトにそっくりだ。

 2006年に長らく対立していたインド派中国派は大同団結し国王追放闘争を実施したためギャネンドラ国王は退位し、2008年には憲法制定のための議会選挙が行われた。
この選挙で中国派のマオイストが第一党、インド派のネパール会議派が第二党になったがマオイストは過半数に達せず、他の共産党系の政党と連立を組んでマオイスト内閣ができた。
このマオイスト内閣の基で憲法制定作業を進めたが、今に至るまで憲法の制定ができず、ついにこの5月28日に議会を解散してしまった。

注)何をもめているのか外部の人には分かりづらい。州の創設を民族別にするか地域別にするか等が決まらないのだが、意味が良く分からない。

 なんともひどい政治的混乱だ。こんな混乱のさなかにネパールに行って大丈夫だろうかとの疑念がわくが、マオイストの武装闘争は2006年で終結(それまでに約13000名の死者が出ているしているので紛争のさなかに行くと言う感じではない。

 ネパールは貧しい国だ。国内には農業と観光と繊維産業があるだけなので、若者は外国に出て働いている。
しかし国外で働いても政治体制がしっかりしていないためネパール人は斡旋業者の鴨になって搾取されることが多いようだ。

注)GDPの約20%は外国からの送金で、なにかフィリピンと似ている。

 おそらくこの国にとって最も大事なのは政治的安定だろう。
そうでなければ観光業も成り立たないし、国内に職がない以上外国に出稼ぎに行くのは仕方ないが、政府が外国で働いている国民をサポートできなければネパール人の悲劇は続く。

 この国に行って私は何をしゃべればいいのだろうか。早く憲法を制定して民主的な国になれとでも言うのだろうか。
あまり政治的な話はご法度とすれば、経済の自律は観光業だから、外国語をマスターして通訳兼案内人としてがんばれとでも言えばいいのだろうか。
なんとも難しそうな話だ。
 

 

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