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(24.4.17) 中東の核の歴史 イスラエルの秘められた核の開発 その1

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 現在イスラエルによるイラン核施設攻撃が時間の問題になってきたことにあわせて、NHKが「中東の核の歴史」シリーズを放送している。
今回の「イスラエル 秘められた核開発 前編」はイスラエルが2001年に作成した番組で、日本では2008年にNHKから放送された。
今回はその再放送になるが、イスラエルの核政策が実に良く分かる構成になっており、私も始めて知る事実が多い。

 この番組はイスラエルの核開発の実質的責任者で後に首相になったシモン・ペレス氏へのインタビューがその骨子になっている。
シモン・ペレス氏はイスラエルの首相を2回も歴任しており、イスラエル政治の表と裏を知り尽くした人物と言える。

 現在イスラエルは核保有について「肯定も否定もしない」と言あいまい政策をとっているが、なぜこのような政策をとるようになったかをこのドキュメンタリーは教えてくれる。
この番組を見て私がもっとも意外だったのは、イスラエルの核保有について積極的に支援したのはアメリカではなくフランスだったと言う事実で、しかもこれはイスラエルとフランスの国防省が外務省に内密に推し進めた計画だったことだ。

 現在のアメリカイスラエルの蜜月関係から見ると信じられないようなイスラエルとフランスの結びつきだが、すべては当時の政治情勢にあった。
イスラエルは1948年に建国されたが、常に周囲のアラブ人からは殲滅すべき国家とみなされていて独立宣言と同時にアラブの攻撃が始まっている(第一次中東戦争)。

 初代の首相だったベングリオン第一次中東戦争には勝利したもののいつまたアラブが攻撃してくるか分からないと恐れていた。
そこでベングリオンはイスラエル生き残りのための戦略はアラブ諸国に先立った核武装をすることだと強い決心をした。1954年頃のことだと言う。

 ベングリオンは当初はアメリカに期待をし、日本や西ドイツに対したようにアメリカが核の傘でイスラエルを守ってくれると思っていた(ただし核開発は認めない)。
しかしアメリカはイスラエルとの間にそうした安全保障条約を結ぶことをしなかった。

注)これはドイツと日本は技術力があるので自由にさせると核開発を行ってしまうが、イスラエルにはそうした能力がないとアメリカが考えていたためと思われる。

 失望したベングリオンは当時30歳前だったペレスを核開発の責任者にして自主開発をすることにし、フランスと交渉をさせた。
なぜフランスかというと敵の敵は互いに友だからである。
50年代を通じてフランスはアルジェリアの独立運動に悩まされていたが、なぜアルジェリア民族解放戦線が強敵かと言うと、資金と武器の支援をエジプトのナセル大統領がしていたからだ(とフランスは確信していた)。
一方イスラエルは第一次中東戦争でエジプトと生存をかけた戦いをしていていつ報復されるか分からない犬猿の仲だった

 フランスはアルジェリアの植民地を守るためナセルをたたきたかったし、イスラエルは生存のためにナセルをたたきたかった。
こうしてフランスとイスラエルは急速に接近して行った。

注)アメリカは当時イスラエル防衛に強い関心を示さず、イギリスはイスラエルにとって独立運動の相手先だし、ソビエトはナセルに肩入れしていた。結局イスラエルは核開発についてはフランスに頼らざる得なかった。

 イスラエルは禁輸措置をかいくぐってフランスからミラージュ戦闘機を購入し、また核施設建設の科学者と技術者をフランスから極秘裏に派遣してもらい、核開発にまい進することになった。
そしてフランスによる核技術の移転の代価は、エジプトとのスエズ戦争参加である。
1956年ナセルがスエズ運河を国有化してイギリスとフランスを一方的に追い出したが、これに怒ったイギリスとフランスがイスラエルを誘って起こした戦争が第二次中東戦争(別名スエズ戦争)である。

 私の記憶もこの頃から確かになってくる。1956年時点で私は10歳だったが、知り合いのお姉さんが少年朝日年鑑をプレゼントしてくれたので、スエズ戦争と言うものがあったことを知った。
イギリスとフランスがスエズ運河を取り戻そうとしたことは分かったが、イスラエルの位置づけは分からなかった。
しかしナセルが強引にスエズ運河を国有化したことに何かとてもすがすがしさを感じたのを覚えている。
当時は社会主義も国有化も善でナセルは子供にとっても英雄だった(なお朝日年鑑のスタンスもそうしたものだった)

 イギリス・フランス・イスラエルの同盟軍は圧倒的な力でエジプトを圧倒したが、エジプトに拠点を持っていたソビエトが核兵器をちらつかせてイギリスとフランスを脅した。
「エジプトから撤退しないと核攻撃を辞さない
また信じられないことにアメリカもこのソビエトの脅しに同意したため、イギリスとフランスのスエズ運河奪還計画は失敗してしまった。
これ以降イギリスとフランスは植民地主義の限界を知ったのだが、一方イスラエルはフランスの支援の下に核開発を着々と進めていた。
イスラエルは核開発で漁夫の利を得たのである。

注)私にはなぜこの時期アメリカはイギリスとフランスの植民地主義を嫌ったのか良く分からない。アメリカの同意なく戦争を始めたことに怒ったのか、ソビエトが本当に原爆を使用することを恐れたのか、ナセル政権とイスラエルに両てんびんをかけたかったのか、植民地主義を嫌ったのか、こうした理由の複合だろうが現在のセンスから言うととても不思議だ。

(後編に続く)

なおイスラエルとイランの確執についての記事は以下参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat48441473/index.html

 

 
 

 

 

 

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