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(24.4.25) 文学入門 堀田善衛 「上海にて」

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 今回の読書会のテーマ本は堀田善衛氏の「上海にて」だったが、この本をテーマ本として選んだのは、読書会の主催者河村義人さんである。
河村さんは学生時代に中国に留学した経験があり、その時中国各地を放浪の旅をしたことから中国に対しては思い入れが深い。

 そこで今回は「上海にて」と言うことになったのだが、読んでみてこれは大変なことになったとため息が出た。難しいのだ。
この本は堀田善衛氏の実体験のルポルタージュだが、日本と中国がもっとも激変した終戦直前から終戦後しばらくの間1年9カ月におよぶレポートになっている。

 本そのものは1959年に上梓されたが、それは1957年に中国政府から招かれ上海に旅行をしたことから、思い出の地の再訪を機会にこの本の構想を暖めたものだ。
この旅には日本の代表的文化人である中野重治氏、井上靖氏、本多秋五氏、山本健吉氏、十返肇氏、多田裕計氏が同伴していた。

 堀田氏は戦争の末期、昭和20年3月に上海にあった国際文化振興会に職を求めたが、すぐに終戦(8月)になり、その後国民党から徴用されてほぼ1年半の間日本向け海外放送のアナウンサーをさせられていた。
本人の言葉で国民党から「留用」されたと記されているが、役に立つ日本人はそのまま中国に留めおかれ国民党の宣伝(プロパガンダ)のために仕事をさせられた訳だ。

 「上海にて」はこの間の自身が見聞きした事実をまとめたものであり、終戦時の中国を知る上で非常に役立つレポートになっている。
しかし実際に読んでみるととても難解なことに気づく。
最大の理由は当時の中国の混乱した実態を私をはじめとする日本人はまったく知らないので、予備知識なしにこのレポートを読むのが難しい。
出てくる人物も地名も、また上海における国民党と共産党との関係も分からないので、堀田氏本人がまったく当然だとして説明していることが良く理解できない。
これじゃ、詳細な注がないとさっぱりわからんな・・・」そうした本だ。

 もう一つは氏が国民党宣伝部に徴用された関係もあって国民党の内情については詳しい報告になっている。
一方共産党については外部から見ていただけだったが、それだけに国民党の腐敗に厳しく共産党を高く評価している。
これはこの本を読めばすぐ分かるのだが、国民党と日本軍については悪意ある形容詞が付けられ、一方共産党については好意的な形容詞がちりばめられている。
なんだい、これは中国共産党の宣伝雑誌か・・・・・」今の人が読むとそう思うだろう。

 しかしそれは誤解でこの本が書かれた1959年終戦から13年後)の頃の日本の日本の知識階層の一般的なメンタリティーを表明したものに過ぎない。
現在から見ると信じられないほどだが、戦後日本の言論界では左翼でなければ言論人でないとの風潮があり、雑誌「世界」「朝日ジャーナル」が幅を利かせていた。
文芸春秋」など読んでいようものならお前は右翼かと言われたものだ。

 この潮流が変わったのがイザヤ・ベンダサンの「日本人とユダヤ人」が出版されたとき(1970年)で、この本の衝撃は大きく当時共産党の学生組織民青の幹部だった私の友達はこの本を口を極めて罵倒していた。
この右翼の本め・・・必ず打倒してやる

注)この本の中で「日本人は水と安全はタダだ」と思っているがユダヤ人はどちらも金のかかるものだと認識していると主張された。
日本の安全は日米安保条約で守られており、憲法第9条で守られているのではないと言う主張である。

 堀田氏のこの本の解説を大江健三郎氏が書いているが、「中国について日本人が、戦後に書いた、もっとも美しい本の一つがこれ」だと激賞しており、当時のインテリからは高く評価されていたことが分かる。
どこが「美しい」かというと中国国民党と日本軍の腐敗と堕落を克明なまでに糾弾し、一方でこれから中国の実権を掌握する中国共産党に深いシンパシーを表明しているからだ。

 1957年の訪問は中国が日本の代表的文化人を招待し、最大限のもてなしをしたもので、堀田氏がひそかに恐れていた日中戦争の責任追及はまったくされなかった。
かえって「日中両国間の交渉は二千年にもわたるものであって、まずいことになったのは近近60年ほどのものです」と言って南京虐殺問題などは話題にしなかった。
堀田氏はこれに感動し、中国人の精神性の高さを褒めて止まないのだが、これはあまりにナイーブに過ぎる。

 なぜ中国政府が日本の代表的文化人を招待したかと言えば、中国に対し好意的な文化人を一人でも増やして、日本国内で中国賛美の言動をしてもらうことを期待たからだ。いわば日本に中国クラブを作ろうとしたわけだから、招待した文化人が気分を害するような接待をするはずがない。
その証拠はその後中国はことあるごとに「歴史に学べ」と日本に訓示をたれて、南京事件を持ち出してはデモを仕掛けている。

 堀田氏は中国当局の大歓迎を受けて、すっかりチャイナロビーになりこの「上海にて」を書き、同じく左翼に好意的な大江健三郎氏が絶賛の解説記事を書いた。

 しかしこのあたりになると現在の一般の日本人の感度とは相当ずれてしまう。
戦後左翼が夢見た理想国家ソビエトロシアは崩壊し、くだんの共産党一党独裁の中国ではチベットウイグルでの弾圧が絶えない。
また毛沢東が推し進めた大躍進政策は中国に餓死をもたらしただけだし、文化大革命では走資派と目された人が1000万単位で虐殺されている。

 現在の中国は経済発展はすばらしいが、知識人にとっては夢も希望もない世界であり、戦後左翼の知識人が夢見た世界からもっとも遠い世界だ。
だから大江健三郎氏が如何に「美し」と激賞しても、この「上海にて」は右翼に厳しく左翼に甘いバランスを欠いたレポートと言える。

 実際は右翼であろうが左翼であろうが独裁国家はテロと腐敗と堕落を伴うと言うことにすぎない。
したがってこの本は堀田善衛氏の実体験部分歴史の証言として読むべきもので、堀田氏の心情や共産主義に対するシンパシーは無視するのがふさわしい読み方だ。


なおこの会の主催者河村義人さんの感想文は以下に記載してあります。私の感想とはまったく異なりますので参照してください。
http://yamazakijirou1.cocolog-nifty.com/shiryou/2012/04/24426-cf57.html

なお、文学入門の過去の記事は以下のとおり。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat43898465/index.html
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/cat31264874/index.html

 

 

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