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(24.2.21) NHK ヒューマン 第3集 大地に種をまいたとき

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ボスポラス海峡

 ヒューマン
の第3集は「大地に種をまいたとき」という表題だった。いわゆる人間が植物の栽培を始めたその端緒はどのようなものだったのかと言う問題設定である。
私などは単純に山にあった食べれるものの種を取ってきて近くに植えたのだろうと思っていたが、それほど単純なものではないという。

 人間が植物栽培に乗り出したのはいまから1万2千年前だと言うから、人類誕生20万年の歴史からすればホンの最近の出来事になる。
日本でいえば縄文時代の初期の狩猟時代の頃だ。
なんだい、人類はそのほとんどの期間狩猟生活だったのかい・・・」驚いた。

 そもそもなぜ狩猟ではなく農耕生活を人類が始めたかと言うと、いまから1万2千年前ごろに氷河期が終わり、温度が5度程度上昇する温暖化が始まったからだと言う。
植物栽培に適する温暖な気候が植物の実りを促進し、植物を食べる生活のほうが狩猟より生産性が高くなったからだという。

 最初に農耕が出現したのはチグリス・ユーフラテス川の上流地域で三日月地帯と呼ばれる場所だが、当初はありとあらゆる食べられる植物が雑多に栽培されていたと言う。
現在のような小麦畑や田んぼと言う概念とはまったく異なり、食べられるものすべてと言う感じだ。

 その中で人類は数千年をかけて最も収量が多く人類にとり役に立つ植物を取捨選択してきたのだそうだ。
特に面白かったのは小麦の栽培過程だった。

 まったく意外だったが野生の小麦は栽培に適さないのだと言う。その最大の理由が実ると種が風に吹かれて飛んでいってしまうからだそうだ。
大変だ、とうちゃん、また小麦の実がなくなっちゃった」と言う感じだったようだ。
そのため小麦の収穫量は極端に低く食料としては貴重すぎたので、神の贈り物としてビール酵母をいれて発酵させる)を作っていたのだと言う。

 そしてここが一番大事なところだが、このお神酒を部族間の集まりに振舞って闘争心を押さえ、話し合いの場を設定する貴重な道具として利用していたのだそうだ。
今でも敵対している相互を招いて仲介者が「まあ、まあ、そう喧嘩腰にならずにまず一杯いこうや」なんて酒の場を設けて仲直りをさせているが、あれである。

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(ブログ 「ちば公園のベンチから」の利根川の風景。このブログには毎日のように利根川の朝の風景が載っている

 農耕が始まると一気に人口が増え、一方農耕に適している土地は少なかったため狩猟時代に比べて争いごとが絶えなくなった
男は武装して互いに相手の部族を威嚇し殲滅を図るのだが、いまでも原始的農耕状態にあるパプア・ニューギニアの部族間では、作物を奪われると殺し合いになっている。
穀物を奪いにきたら皆殺しだ」部族の長が弓をかざしてそういっていた。

 しかし殺し合いばかりしていると人類が死に絶えてしまうので、周辺の部族が集まる話し合いができる場所を作り、そこでまずビールを飲んで気持ちの緊張を解いて和解をしたのだそうだ。
お前の部族がわれわれのイモを奪ったので皆殺しにする
いやそれは悪かった、豚を一頭あげるからこれで和解しよう
駄目だ、豚とお前の女房をよこせ、それなら和解」なんて話し合いをしたのだと言う。

注)人間には闘争心を盛り上げるテストステロンと言うホルモンと、和やかな気分にさせるオキシトシンと言うホルモンが存在している。ビールを飲んで食事をするとオキシトシンが出て、和やかな気分になる。

 小麦については野生の小麦を栽培し始めてから3000年後のいまから9500年前ごろから、実っても穂が飛ばない小麦突然変異で現れた)が栽培されるようになったと言う。なぜそれが分かるかと言うと人が小麦を脱穀したあとがあるからで、この頃から人は実と茎の分離を人の手でしていたことになる。

 その小麦が爆発的に世界に拡大した理由が面白かった。
ちょうどその頃北極の氷が溶け出して水面が130mも上昇したのだそうだ。
そのため穀物を育てていた農耕地が水没するようになったが、特にそれが劇的に起こったのが黒海で、それまで淡水の湖だった黒海に突如ボスポラス海峡から海水が流れ込んできたという。

 当時黒海周辺は最も適した農耕地で小麦が栽培されており、人口も14万人という当時の大人口集積地だったが、農地を失った人類は小麦を持って世界各地に分散していったと言う。
それが小麦が世界各地に広がった理由だそうだ。

 なんともこのヒューマンという番組は想像力を刺激する番組だ。
小麦が最初はお神酒として栽培されていたことや、黒海周辺の大穀倉地帯が一気に消滅した理由が特に面白かった。
それがたった1万年程前の話だと言うから、人類の歴史はこの農耕を始めたときから、歴史として記載するにたる時代に入ったと言うことになる。

なおヒューマンに関する記事は以下にまとめてあります。http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat47616674/index.html

 

 

 

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コメント

なかなか知られていない話ですが、紀元前一万年ごろ、淡水の湖だった黒海が海になったころ、日本の瀬戸内海も淡水湖でしたが同じように海水が流れてきて現在のような海になりました。

(山崎)そうなのですか。瀬戸内海が淡水の湖だとは知りませんでした。

投稿: pij | 2012年2月21日 (火) 16時49分

他人の意見にイチャモンヲつけるつもりはありませんが、瀬戸内海が淡水湖であったとする根拠を知りたくなりました。紀元前一万年ごろから氷河期が終わって海水面が上がり瀬戸内海ができたのは事実ですが、それ以前は大平原が広がっていたとする説のほうが有力であると思います。それの根拠は瀬戸内海から大量のナウマン像、鹿などの化石が引き揚げられているからです。
氷河期の時代は現在の日本列島の北と南が大陸と繋がっており、今の日本海が巨大な湖だったとする説はあります。小さな湖が現在の瀬戸内海の場所にあったかもしれませんが、瀬戸内海が淡水湖であったとするのは無理があるのではないかと思います。

投稿: かさなま | 2012年2月22日 (水) 08時41分

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