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(24.1.12) 自殺者数と尊厳死について 人は死ぬ決断をする自由がある

 


 警察庁がまとめた23年度自殺者数3万513人14年連続3万人を超えたとの発表があった。
日本は先進国の中では際立って自殺率の高い国で、従来はOECD参加国の中でトップだと言われていたが最新のデータでは韓国(2位)日本(8位)を上回っている。

注)韓国の自殺率の高さについては以下のブログ参照。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/23104-76d2.html

 もともと自殺者が多いのは旧ソ連圏でここでは男性の自殺者が圧倒的に多い。経済情勢が逼迫しているのとウォッカをがぶ飲みした結果アルコール中毒患者が多いのと、スラブ人特有の人生をすぐあきらめてしまう性格が災いして、「もう俺は死ぬ」とはやまって自殺してしまうことが原因と言われている。

注)自殺の国際比較は以下のURL参照。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2770.html

 日本人もスラブ人同様断固自殺をするのだが、これは日本における自殺の伝統、特に切腹の伝統が大きいのだと私は思っている。
生き恥をさらすぐらいなら見事腹掻っ捌いて死ぬ」と言うのは日本人の美学で、三島由紀夫などはそのとおりの死に方をした。

 一般的には自殺は犯罪ではないが反社会的行為とみなされて、「死ぬことはないだろうに・・・」との評価を下されている。
私もそのように思うが、しかし尊厳死についてはこれを認めるべきだと思ってきた。

 私が尊厳死が絶対に必要だと思ったのは父親の死を見たからである。
父親は69歳のときに脳梗塞を発病し、その後回復したり再び脳梗塞になったりしながら、都合8年間にわたって病院と自宅での介護を繰り返した。

 その間症状はだんだんと悪化をたどり最後の2年間は入院して治療を受けていたものの、家族の名前がわからないほど痴呆が進んでいた。
母親と私を含めた家族がかわるがわる病院につめて看病したが、父親は常に「痛い、痛い」と悲鳴を上げていたものだ。

 ある時医者から「これ以上の治療は不可能です」と告げられのだが母親は「なんとしても生かし続けてほしい」と医者に哀願した。
その結果父親はさらに生き続けたものの、それは単に人生の最後に苦痛を与え続けただけだった。
これは拷問ではなかろうか・・・・わざわざ父親を苦しめ続ける理由などないのではなかろうか・・・・・・」そう思ったものである。

 私はこの経験から自分は絶対尊厳死を選び、間違っても末期治療を施すことを拒否することにしている。
しかしこの問題は日本では法的な裏づけがなく(アメリカ、オランダ、スイスでは尊厳死を認めている)、いわば医者と患者の一対一の交渉ごとになっているため、問題がこじれてしばしば裁判沙汰になっている。

注)いったん家族が尊厳死を認めても世間から指弾されると「医者が勝手に安楽死させた」と責任逃れをすることが多いので、結果的に裁判になる。

 尊厳死は個人的なレベルではそれ以上の苦痛を受けないで静かに人生を終えると言うメリットがあるが、社会的には不要な医療費を増大させないための経済的メリットがある。
本来は死ぬことが確定しているのにそれを不要に長引かせるだけの治療は犯罪ではなかろうか。

 尊厳死は断じて自殺ではない。人間の最後の瞬間における輝かしい決断だ。
最近なくなったアップルのスチーブ・ジョブ氏がスタンフォード大学での講演で、「ハングリーであれ、愚かであれ、そして死を恐れるな。死こそがもっともすばらしい仕事を残すための原動力になる」と言ったのは示唆的だ。

 人間は生きるためにも決断し、そして死ぬためにも決断する自由を持つことで初めて人間として生きるのだと私は思っている。
 

 



 

 

 

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コメント

欧米の尊厳死については多少異和感を感じますが、日本でも尊厳死ではありませんが、無駄な延命処置あるいは苦痛のみの延命処置を拒否することは可能です。
日本の場合は本人よりも親族の意向が重要になります。管理人さんがどれだけ苦痛を与える延命処置を拒否しても、その頃には本人は意思表示ができない状態でしょうから、意味がありません。
特に管理人さんの血縁者が問題です。なぜなら、「この嫁は何をしているんだ。何という嫁だ。」と言われたら、奥様はそれに抗する事ができないと思われるからです。
世間ではなく、親族が問題なのです。特に臨終のときとか、葬式の時にしか来ない親族が問題なのです。
しかし、尊厳死とは少し違いますが、日本にも「事前指示書」というものがあります。「Advanced_directive」あるいは「Let_me_decide」と呼ばれるものです。本来は医師と患者の間の取り決めなのですが、日本の場合は、残された家族や親族に納得してもらうための「証拠文書」という性格が強くなっています。生前に患者がどのような治療を望んでいたかを示す文書です。この文書にどのような治療をして欲しいか、あるいはして欲しくないかをできるだけ具体的に書いておくのです。もちろん法律の許す範囲内ですが、患者が事前に(意思表示ができなくなる前に)医師に対して治療を指示することができるのです。自署と日付が必要です。日付のない文書は無効です。また、1年以上経過している文書については、担当医師は無効と判断するはずです。どんなに長くても1年以内でなければなりません。
友人の医師から教えてもらった話です。

(山崎)貴重な情報をありがとうございました。

投稿: 縄文人 | 2012年1月12日 (木) 18時23分

私も尊厳死は、認めるべきと思います。

香典医療と言う言葉をご存じでしょうか?
香典医療とは、助かる見込みのない末期の患者に遺族のために、あるいは病院の営業費向上のために施される見せ掛けの治療のこと。
全医療費の70%を占めるとされる。
治療が異常に高額になると、死が近いとも言われています、医療関係者では常識になっている。

大切な医療費は、生きる力のある方に使って頂きたいと思うからです。

(山崎)初めてこの言葉を知りました。教えてくださってありがとうございます。

投稿: T | 2012年1月20日 (金) 16時44分

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