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(23.12.26) フランスとトルコのアルメニア戦争 そしてイスラムの復権

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 やはり時代の激動期にはこうした戦争が起こるものだと痛感した。最も戦争といっても首脳同士の罵りあいで、武力を用いたものではないが、特にトルコの怒りがすさまじい。
トルコのエルドアン首相は議会で怒りに任せて、フランス駐在トルコ大使の召還と、NATO軍、分けてもフランス軍の航空機と艦船のトルコ基地の使用と上空通過を認めない措置を取った。
これでフランス軍はNATO軍としてのイラクやアフガニスタンへの介入が実質的に不可能になる。

 なぜこれほどトルコが怒ったかと言うと、アルメニア問題歴史認識で、フランス国民議会(下院)が「1915年から1917年にかけて、150万人のアルメニア人がオスマントルコに虐殺された事実を否定するものは最高5年の懲役か罰金刑を支払わなくてはならない」と言う法案を可決したからだ。

 アルメニア問題と言ってもほとんどの日本人は何のことか分からない。そもそも「アルメニアってどこにあるの?」と言うのが一般的な日本人の感度だが、トルコの東部とカスピ海に挟まれたあたりにアルメニアがある。
この国はソビエトロシアの崩壊に伴って1991年に建国された国だが、今問題になっているアルメニア虐殺事件は第一次世界大戦の頃のアルメニアの話で、当時アルメニアはオスマントルコの領土内に有った。

 映画「アラビアのローレンス」を見た人は知っているが、当時トルコはドイツ側にたってイギリスやフランスと戦闘状態にあった。
この時トルコの西部戦線で活躍したのが「アラビアのローレンス」でローレンス率いるベドウィンのラクダ部隊がトルコ軍を蹴散らしていた。
トルコは西部戦線でイギリス軍に追いつめられ、一方東部では今回問題になっているアルメニア地方で分離独立運動が発生していた。

注)古代アルメニアはローマ帝国より先にキリスト教を国教にした位純粋のキリスト教国だが、オスマントルコに破れトルコ領内でイスラム社会から弾圧されてきた。

 アルメニアの民族主義者はこのトルコの劣勢を希貨としてゲリラ戦を展開した訳だ。
この状況に驚いたオスマントルコはアルメニア人の強制移住をはかることとし、当時のアルメニア人の全員150万人をすべてシリアの砂漠地帯に追いやった。
第二次世界大戦でアメリカ在住日本人が砂漠の収容所に入れられたが、オスマントルコはもっとすさまじく、砂漠にアルメニア人を何も与えずに追いやった。
このとき多くのアルメニア人が死亡したが、今回フランス議会で問題にしている「150万人の大虐殺」はそのことを意味している。

 問題は2点有って、① このときの強制移住がナチスドイツが行ったホロコーストと同じかと言うことと、② 虐殺された人数は本当に150万人かと言うことだ。
当時のオスマントルコの実態はすこぶる東洋的な専制君主体制で、めちゃくちゃに乱暴では有ったがナチスドイツのようなシステム思考はなかったというのが私の見方だ。
それは「アラビアのローレンス」の映画に出てくるトルコ軍を見てみると分かる。
乱暴にアルメニア人を殺害したがホロコーストと言うのは言いすぎだ。

 また150万人と言うのも大げさでこれではアルメニア人全員が死に絶えたことになるが、実際はヨーロッパに多くのアルメニア人が逃げており、そうでなければ今回のようなフランス議会に対するロビー活動もできない。研究者の推定では「多くても150万人の半数程度」が死亡したと推定されている。

 日本人にとって今から90年前の事件がなぜ今回フランス議会で可決されるかと言うことも不思議だろうが、アルメニア人はイスラム社会のユダヤ人といっていい位、ヨーロッパわけてもフランスで実力を持っている。
アメリカ社会におけるユダヤ人の影響力と同じだと思えばイメージがわく。
フランスのアルメニア人がフランス議会の尻をたたいて可決させたのが今回の法案だが、なんともタイミングが悪かった。

 現在EUは崩壊の瀬戸際にたたされており、分けてもフランスの金融機関の不良資産は跳びぬけて多い。
この危機に対処するためフランスは世界中の新興国に資金援助を求めている最中だ。
もちろん経済成長著しいトルコにも資金援助を頼みたいが、スポンサーの心を逆なでするような法案を通すようでは望み薄だろう。

 しばらく前だったらトルコはEUの加盟を熱望していたので、フランスにおけるアルメニア人の活動をにがにがしく思っても自制していた。
それをいいことにフランス社会ではトルコバッシングが大手を振って行われてきた経緯がある。
ちょうど中国と韓国が歴史認識で何かと言うと日本バッシングするのに似ている。

 しかし今や落ち目はEUでトルコは日の出の勢いだ。
相も変わらないアルメニアロビーの活動を座してみているような弱腰外交はオスマントルコの末裔としては恥以外の何者でもない。
こうしてフランスとトルコの歴史認識をめぐる全面戦争が始まったが、落ち目のフランスに勝ち目はなくこの勝負はトルコの勝利に終わるだろう。

注)フランスのジュペ外相はエルドリアン首相の剣幕に押されて「トルコは大事な同盟国だ」との声明を出していた。

 今回の事件はキリスト教国がイスラム教国の歴史を決定していた時代が終わろうとしている事例としてとても興味深いものだが、イスラムの復権が着々と進んでいるとも言えそうだ。

なおトルコの経済状況については以下の記事を参照してください。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/231211-413f.html

 

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