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2011年7月

(23.7.31) 失敗記 マウンティンバイクから放り出される。

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 私の趣味の一つはマウンティンバイクに乗ることである。サドルを思いっきり高くしてペダルに足がようやく届くぐらいで乗り回している。したがって止まる時は少し高いブロックのようなところに足をつけるか、あるいは降りなければならない。止まったままでは足が地上に着かないからだ。

 なぜ無理してサドルを高くするかと言うと、こうすると自転車レーサーのような前かがみの姿勢になっていかにも自転車通のような感じになるのが嬉しいからだ。
しかしこの姿勢はとても危険で、足がつかないということは安全性と言う意味では非常に問題がある

 実をいうと私はマウンティンバイクから何回も転げ落ちている。最初の頃は前ブレーキだけを利かせると後ろの車輪が浮くことを知らなかった。
坂道で前ブレーキを思いっきり効かした途端に、身体が宙に浮き前の叢に放り投げられたのにはびっくりした。
たまたまそこは叢だったので大したことはなかったが、以後前ブレーキだけを効かすのは問題があることを知った。

 ところが昨日(29日)前ブレーキを効かすよりもっと悪い状況になって、自転車から放り出されてしまった。
このところ毎日私は近所の有吉プールで水泳をしているのだが、その水泳着をかなり長い紐がついた袋に入れている。
この袋をハンドルに引っ掛けてマウンティンバイクに乗っていたら、、小谷小学校のなだらかな坂で急に前の車輪が急停止して、次に私の身体が宙に浮いていた。
水着の袋が車輪とフロントフォークの間に挟まり、前の車輪が動かなくなったのだ

 よく映画で自動車が正面衝突をすると人がフロントガラスを割って前に飛び出すシーンがあるがあれと同じ状況だ。
身体が宙に浮き、次の瞬間思い切りアスファルトの上に投げ出された。私は自転車を歩道で走らせているので落ちたところはやはり歩道だったが、後ろからきた自動車がしばらく止まって私の様子を見ていた。

 当座は自分の置かれている立場が分からなかったことと、身体に対するダメージで起き上がることができなかった。1分ぐらいして歩道に座り込んで傷の状況を確認したら、かろうじて顔面制動を避けたものの、右手のひじと右の腰、それと右足にひどい打撲のあとがあって動くととてつもなく痛い。

 特に右ひじは皮が完全に取れて細かい砂利が食い込んでいるし、は紫に腫上がっている。よく見ると右手の親指の爪が紫だ。
しまった、またやっちゃった!!!!」
後悔先に立たずだ。

 私はどんなにひどく自転車から落ちようとさして怪我をしないのが自慢だったが、だんだんと怪我の状態が悪くなってきて、特に今回は腰をひどく痛めて歩くこともできない。
仕方がないので痛みが治まるまで座っていることにした。
さらに自転車の前輪に挟まった水着をはずそうとしたら、ちょっとやそっとのことでは外れない。これをはずすために最後の力を振りしぼらなければならなかった。

 放り出された場所から家までは200m程度だったが、腰は極端に痛み自転車には乗れないので引いて帰るのもやっとの思いだ。
今日(30日)になっても腰の痛みはひどく階段もまともに上がれない。

 元はといえばおろかにも前の車輪とフロントフォークの間に水着が挟まるような乗り方をしていたのが原因だが、事故が起こるまでこれが問題の有る行為だとは知らなかった。
後1週間後にトランスエゾと言う1100kmの競技に出るというのに、ひどい状態だ。

 今回の自転車事故で、段々と怪我の症状が重くなってきたことを知った。
年のせいで身体の敏捷性が失われてきている。さすがに骨が折れるようなことはないが、打撲は相当なものだ。
マウンティンバイクを乗るときはハンドルに物を引っ掛けて乗るようなおろかなまねはしないことが大切だと悟らされたが、後の祭りだ。

なお失敗記は以下のURLを参照のこと。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat43923256/index.html

 

 

 

 

 

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(23.7.30) クローズアップ現代 「大人がハマる数学ブームの謎」

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 クローズアップ現代が取り上げた「大人がハマる数学ブームの謎」を見て、「時代がやはり移り変わりつつあるな」と言う気持ちを強くした。
一昔前までは文科系の職業(公務員、銀行員、商社等)の社員が数学に興味を持つことはほぼ皆無だったし、仕事柄ほとんど数学を使用することはなかった。

注)金融機関ではディリバティブ商品を扱いだしてから数学科出身の学生を採用したが、それは例外的な取扱だった。

 計算をするのも四則演算の世界だから電卓があれば十分だし、表計算にはエクセルを使えば十分だった。ほとんどの文科系の出身者は高校時代にならった数学に嫌悪感をもっていて、微分・積分・級数なんて言葉が本に出てくると、すぐさまその本を閉じるのが普通だった。

 ところが今、普通のサラリーマンで特に数学を仕事で必要としない人の間で、数学ブームが起こっているのだという。
本屋の店員が驚いていたが、「語りかける数学」が10万部のベストセラーになったり、一部のマニアしか読まなかった「オイラーの贈物」が2万部も売れているのだという。
さらにカルチャーセンターや個人塾では社会人向けの数学教室がキャンセル待ちの盛況なのだそうだ。

 番組では高等数学で取り扱う「オイラーの等式」を理解するために、中学時代の数学から始めてついにこの等式を理解できるまでになったサラリーマンを紹介していた。
この人は「何十もの論理のつみあげを行って、最後に理解できるのが楽しい」と言っていたが確かに数学にはそうした楽しみがある。

 番組のキャスター国谷裕子さんは「私も学生時代は数学はとても苦手でした」と恥ずかしそうに告白したが、日本では数学が苦手な学生が圧倒的に多い。
そうしたサラリーマンがなぜ数学にはまるかと言うと、最大の理由は時間が自由になってきたからだと思う。

 かつてのサラリーマンは猛烈さが要求され、夜の10時ごろまで残業しその後は飲み屋で上司の悪口を言うのが一般的なパターンだった。
こうした生活では数学のようなそれ自体は役に立たず、ハマるとやたらと時間ばかりかかるような趣味はサラリーマン向きでない。
せいぜいマージャンとゴルフと言うのが相場で、一人で数学書を読むようなサラリーマンはまず出世は望めない。

 正直に告白すると私がその数学書の愛好家で、出世の望めないサラリーマンだった。
私がはまっていたのは30歳前後の3年間50歳前後の5年間である。
その頃はあけてもくれても数学書ばかり読んでいて、特に30歳前後は顧客担当で顧客先に行く間読みふけっては電車を乗り過ごすことがしばしばあった。
ちょっと、考え事をしていて、降りる駅を間違えました。申し訳ありません
頭のええ人は、考えることがぎょうさんあって、大変でおますな」と思いっきり皮肉を言われたものだ。

 私が当時数学書を読む時間が有ったのは、マージャンもゴルフもせず、酒の付き合いも一切せず、もっぱら運動と数学に没頭していたからだが、時代が変わり多くのサラリ-マンが残業を禁止され、付き合いもほどほどにするようになって、時間が有余ることに気づいてしまった。
一体この有余る時間を有効に過ごす方法はあるのだろうか?」

 多くの昔の数学嫌いが、今有余る時間をもてあまして数学に再チャレンジし始めた。
本当は俺は数学を理解できるのではなかろうか? オイラーの等式だって分かるのではなかろうか?」
実際に数学に再チャレンジしてみると分かるが、数学ほど面白いものはない。個人的趣味で時間をつぶすのには碁や将棋と同じくらい興味が持てる。

 しかも今は高校の数学や大学の一般教養レベルの数学であれば、とても親切な参考書が出ていて、特に予備校で使用されている教科書には優れものが多い。
私自身は馬場敬之氏や坂田アキラ氏や細野真宏氏の参考書を好んで読んでいたが、大げさに言えば「猿でも分かる」といえるほど懇切丁寧な説明になっている。

 今の数学ブームは数学が必要だから学ぶのではなく数学が楽しいから学んでいる
有余った時間をどう過ごすかと考えた時、数学ほど金がかからずその一方で面白い学問はない。
この数学ブームはそうした楽しみとして、今後ともサラリーマンの中に根ずいていくことは確かだろう。

 21世紀は時間が自由になる時代であり、数学のような思いっきり時間が使用できる学問が趣味で学ばれる時代なのだ。

なお、私の数学へのチャレンジについては以下参照
http://yamazakijirou1.cocolog-nifty.com/oyuminoshikinomichi/2011/02/1943-095c.html
 

別件) 「おゆみ野四季の道」および 「おゆみ野四季の道その2」のカウンター10000を加算しました。

 

 

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(23.7.29) 円高と日本の将来 価値観の転換が始まる 新しい中世の時代

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 今日本のおかれている状況は厳しい。ここにきて円高がますます進んで過去の最高値である76円に接近してきた。
原因はアメリカの債務上限引上げ問題の協議が難航しており、オバマ政権と共和党の綱引きが行われているからだ。
期限は8月2日でこれを過ぎるとアメリカ政府はデフォルト状態になり、公務員給与も公共工事の支払もできなくなってしまう。

 市場はいらだっており、資金はもっぱら金と通貨であれば円、スイスフラン、ニュージーランドドル等に向かっている。
円はもっぱら安全な資産として買われているのだが、一方日本の輸出産業はますます苦境に陥ってきた。

 特にトヨタのように日本で300万台の生産を死守すると公言している企業は経営基盤がますます脆弱になってきた。
多くの輸出産業はニッサンがそうであるように生産拠点を中国等に移しており、日本から離れている。

 日本に残るのは円高で莫大な利益が上げられる輸入産業と、日本人相手のスーパーやコンビニのような国内産業だけだ。
本来は金融業がこの円高を利用して世界の金融機関に飛躍しても良いのだが、実際は財務省・金融庁・日銀の鉄のトライアングルに首根っこを押さえられて、国債購入機関に成り下がっている。
そして一時期は飛ぶ鳥を落とす勢いだった消費者金融は、過払い利息問題が発生して息の根を止められた。
日本には次世代産業が育っていない。

 日本では江戸時代から生産者当時は農業生産者)が最も尊敬される職業で、一方金貸し業は胡散臭い職業とみなされ、つねに抑圧の対象になってきた。
江戸幕府は何回も借金を踏み倒したが、平成のこの時代になっても為政者の意識は変わらない。
輸出産業が日本の生命線で、金融業は暴利をむさぼるトンでもない企業だ。消費者金融はつぶしてもいいし、金融機関は政府の言うことを聞いて国債だけを購入していればいい
国債は返済が不可能な借り入れで、形を換えた運上金といえる。

注)およそ1000兆円に登る公的債務が返済されることはない。最後は踏み倒される。

 輸出産業が海外に進出し、新しい産業が育たなければ通常は失業率が大幅に上昇してくるのだが、現状ではまだその傾向は見られない。
高度成長期の2%台ははるか昔の話だが、その後の失われた20年でも5%前後で推移し、欧米各国の10%前後と比較するとまだ日本の失業率は低い。

 この原因は日本では経営者が従業員を相対的に大事にする気風があり倒産間際になるまで首切りを控えたり(JALの例)、正規社員を切りながら派遣労働者と言う相対的に給与が低い労働者で雇用を維持したりしているからだろう。
ただしこれは現役の労働者の場合で、新規労働者新大卒や新高卒)の就職環境は毎年のように悪化しているから、徐々に労働環境は悪化していくだろう。


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 私は前回「トヨタ自動車の最後のプレゼント 東北地方で小型HVの開発」と言う記事を書き、その中で「GDPの低下が個人生活に及ぼす影響は、無駄な消費をやめてできるだけ自分で家のメンテや菜園づくりをして楽しむことになる。金はないが時間が自由になるので、手間隙かけて遊ぶということが基本的な生き方になる」と記載した。

注)輸出産業が海外に出て行くと、GDPの構成要素である純輸出(輸出-輸入)がマイナスになってGDPは低下する

 これに対し読者のふくださんが、働く人が相対的に少なくなり、定年退職者や失業者ばかりになると「(そうした人が自由な時間を楽しむためには、生活資金が必要ですが多くの国民が失業してしまったら、国としてどのような補償をすべきか何かお考えでしょうか?」とコメントされてきた。

 これに対する正直な回答は「現在デフォルトをしているギリシャやポルトガルのようになると言うことだろう。
公務員給与の引下げ、年金の引下げ、公共工事の中止、医療費の削減等を実施せざるをえず、それでも効果がなければ公務員の首切りや年金の一時停止になる。
一言で言えば全員で苦悩を分かち合おうという政策で、生活レベルは当然低下する。

 私のような年金生活者は年金額が削減されるので、食事を切り詰めたり衣料品の購入を控えたりするが、実際は高齢者は食欲などなく、着飾って異性の注意を引く必要もない。おそらく生命保険を解約し、携帯電話の契約を解除し、あまり医者にかからないようにするだろうが、だからと言って特に問題はない。貧しさを受け入れればいいだけだ。

 若者は日本での就職活動が難しくなるのでファイトの有る若者は東南アジアや中国のような新興国に就職の場を求めて出て行くだろう。
失業者は失業保険が減額されるがその中で生活するより仕方がない。
国の補償能力が徐々に低下していくのだから、それにあわせて生活水準を引き下げることになる。
そして好むと好まざらると関わらず、年金生活者や失業者は自由な時間を享受することになるのだから、時間をたっぷり使って人生を楽しむことになる。

 その兆候はすでにあらわれており、昨日(27日)のクローズアップ現代で、サラリーマンの間で静かな数学ブームが起こっていると報じていた。数学などは最も金がかからず、そして十分時間を使って楽しめる頭の体操ですでにこうした動きが発生している。

 多くの人はこうした時代を不幸と感じるかもしれないが、それは違う。
確かにGDP優先の時代
20世紀の精神)では物が少なくなりGDPが低下することは不幸だが、価値観の大転換が行われ自由な時間が豊かになることを楽しむ時代になる
これを自由な時間の時代
21世紀の精神)という。

 人は家庭菜園や家を自分で作ることを楽しみと感じ、碁や将棋や数学の問題といった金はまったくかからないが頭を極度に使う遊びに興じるようになる。
食事は質素になり衣服についてもさして流行を追わず、旅行は自らの足か自転車を利用するようになり、現代人のように自動車を乗り回すこともない。

 かつて古代ローマと言うGDP優先社会が中世と言う貧しいが時間が豊かだった時代に変わったように、21世紀は新しい中世に突入するだろう。
人は今GDPと言う言葉がかつてあったことさえ忘れてしまう時代に移りつつある。

  

 

 

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(23.7.28) 写真集 しまなみライフ 阿部高嗣 

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 私が参加している読書会のメンバーであるKさんがプロジュースした写真集が雷鳥社から出版された。「しまなみライフ」と言い副題は「船長が撮るふるさとの子どもたち」である。
作者の阿部高嗣さんは現役の貨物船の船長さんで、瀬戸内海をまたぐしまなみ街道伯方(はかた)島に住んでいる。人口8千人弱の島だが、そこに阿部さんの家族が住んでおり夫婦と子供3人の5人家族だそうだ。

 阿部さんは船長さんだから3ヶ月乗船し、1ヶ月休むという生活パターンなのだそうだ。島に帰ってくると子供たちと島で遊ぶのが楽しみだが、それだけでなく子供たちの生き生きとした行動を写真に収めてきた。
そうして撮ってきた写真10万枚に及ぶ写真のなかから、著者の好きな写真を選んで出版したのがこの「しまなみライフ」である。

 私がこの写真集のことを知ったのはこの本のプロジュースをしたKさんに教えてもらったからだ。
Kさんは「企画のたまご屋さん」というNPO法人のメンバーの一人で、出版社と著者の間を取り持って本として出版にこぎつける仕事をしている。

 出版業界は現在不況業種の一種で、売れる本を出版することが極度に難しくなっている。そのため担当者は売れる企画に血眼になっているが、自分でそうした企画を見つけ出すことが時間的人的制約があってとても難しい。
そこでNPO法人「企画のたまご屋さん」が売れる企画を一種のボランティアで探し出して、出版社に紹介し出版にこぎつける作業をしている。

 この「しまなみライフ」はKさんがプロジュースした第一号だそうだ。
一般に写真集というとプロの写真家が撮る物だが、阿部さんはセミプロで本職は船長だから写真そのものは楽しみに撮っている。
そして何より子供たちがかわいくて仕方がないらしい。子供の表情が非常にいい。
伯方島は日本の中では相当の田舎だが、そうした環境で生き生きと過ごしている子供たちを見て私はびっくりしてしまった。
こんな世界がまだ日本に残されていたのだ」と言う驚きだ。

 私の知っている日本ではGDPを引き上げることが何よりも善で、その制約になることは悪とみなされてきた。
効率が何より優先され、都会に人々が集中し田舎でのんびりと生活などをするなどと言うことは落ちこぼれになるのと同義語だった。

 もっともかなり前から倉本聰氏が「北の国から」でそうしたGDP優先生活に警鐘を鳴らし、宮崎駿氏が「風の谷のナウシカ」で効率一辺倒の原子力政策を批判していたが、東日本大震災が発生するまでは私を含め誰も耳を貸さなかったのが実態だ。
今でも「原子力がなくなったら日本の経済が崩壊する」と言う人が多い。

 この「しまなみライフ」も倉本聰氏宮崎駿氏の系譜に入る写真集である。
こんなすばらしい生活があるのに、それでもあなたは都会に住みたいか」とこの写真集は訴えている。見ているとなんとも懐かしい気持ちになる写真集だ。

 この写真集は一般の本屋に置かれていないので、購入希望者はアマゾンで購入することを薦める。定価は1500円+税だ。
なお、著者はデジブックでも写真を公開しているので以下のURLをクリックすると見ることができます

http://www.digibook.net/c/a95165f90a3631bcb697207209e47041/

注)またこのブログの読者で自身が書いた小説、評論、シナリオ、写真集等で出版希望がある方は「企画のたまご屋さん」に相談することを勧めます。
このブログのメール送信機能で私あてメールをしてくだされば、Kさんに伝達いたします。

 なお「企画のたまご屋さん」に関する記事は以下の通り
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/cat45017127/index.html

 

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(23.7.27) 中国高速鉄道の追突事故と隠蔽体質 裸の王様の高速鉄道

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 中国の隠蔽体質がこれほどのものだとは知らなかった。もともと社会主義国は報道管制を引いているので隠蔽体質になるのだが、昨今のように事故の模様がインターネットで世界中に駆け巡っても隠蔽体質自体は変わらないらしい。

 7月23日に温州市海を挟んで沖縄の対岸に有る)で高速鉄道の追突事故が発生し、死者39名、負傷者200名あまりの大惨事が発生した。
止まっていたD3115車カナダ製)の車両に後から来たD301号車日本)の列車が追突したのだが、原因は「落雷による設備故障によって制御システム(中国製)が正常に働かなかったからだ」と報道官が発表した。

注)なお中国では車両を若干改良して中国製だと国内には発表している。

 とてもすごいと思ったのは事故調査もせずに事故原因が発表されたことで、さらにびっくりしたのは追突し高架橋から地上に転落していた一番先頭の車両を壊して地下に埋めてしまったことだ。
ここは運転席であらゆる計器類があり、日本だったら最も念入りに調査され原因が特定される場所だが、そこを壊して埋めてしまったという。
そして、なんと2日後の25日にはさっさと運転再開をしてしまった。

注)08年4月には山東省で70人が死亡した列車事故があったが、翌日には再開されていた。

 さすがに中国内でも批判が出て「証拠隠滅ではないか」との書き込みがインターネット上に飛び交っている。
日本の鉄道関係者もあっけにとられていたが、それはJR西日本の福知山線の事故のときは運輸安全委員会が事故車両の保存と移動禁止を命じ、55日間の現場検証が行われたからである。

注)実際の原因究明にはこのように日数がかかり、かつ安全対策が施されない限り再開が許可されないのが先進国の常識になっている。

 なぜ中国では原因調査もせずさっさと運転再開をしてしまうのかといえば、調査などをするとあらゆる汚職体質が明るみに出て北京政府も鉄道省もそして地元の省もテンヤワンヤの大騒ぎになってしまうからだ。

 中国ではワイロなしに何事も動かない。
この高速鉄道ではカナダ製、日本製の車両が運行されていたが相応のワイロが支払われていたはずだし、高架橋の建設でも建設業者からの多額のワイロが有ったはずだ。
そしてなにより制御システムが中国製だということは、遅れた中国の制御システムを導入させるために多額のワイロが飛びかったはずだ。

 こんなことがあかるみにでると「世界で一番の安全で早い高速鉄道」と国民に宣伝していたのに、実際は「世界一穢れた汚職鉄道」だったことがばれてしまう(たとえば建設業者はワイロ分だけ高架橋の品質を落としているのでそのことがばれる)。
一番問題なのは中国自慢の制御システム世界で最も危険な制御システムだということが白日のもとにさらされて、鉄道省だけでなく中国政府そのものの面子が丸つぶれになる。

 「証拠はすべて隠して、何事もなく運転再開しろ」中国社会の暗黙の了解になっている。
そして都合のいいことに中国では遺族からの訴訟など起こらない。訴訟をしようとすると政府筋から圧力がかかり、それでも訴訟をしようとすれば、訳の分からない罪状で監獄いきだ。

注)現在、遺族の関係者は別々のホテルに泊まらされて遺族同士の接触が禁じられている。しかし遺族は当局の制止を振り切って駅に集まり抗議行動をしていた。

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 今回特に収拾を急いだもう一つの理由は中国製新幹線の営業活動に支障が出るからだ。
鉄道当局は大見得を切って言った。
事故なんか大したことなかった。その証拠に2日後には運行しているだろう。中国の事故隠蔽技術は世界一だ!!
安さが売り物の新幹線が張子の虎だと世界中に知れ渡ったら大変だ。

 今回の事故で明確になったことは、中国自慢の独自開発の制御システムに欠陥があったということで、前に列車がいるのにそれを察知できず後続列車が追突してしまうことだ。

 日本の新幹線の場合の制御方法は線路を1km間隔で監理して、その中に列車は1台しか存在できないようにしてある。3km前ぐらいから減速の指示が出て、1km以内に近づくと自動的に停止するというシステムだ。
中国では落雷があって停電してしまうと、制御システムがまったく効かなくなるので衝突事故が発生する(日本の場合は落雷があって設備に異状が発生すると全車両が停止する)。

 中国GDPの急成長は世界の注目の的だが、実際はワイロ相当分の手抜き欠陥があり、高速鉄道であればいつ事故が発生してもおかしくない状況だ。
だから原因追求などしたら構造的汚職体質が明確になってしまうので、何事もないように再び車両を走らせるのが中国流だ。

注)2008年の四川省の大地震では手抜き工事の校舎が次々に倒壊し、大問題になった。

 かつては中国の国内ニュースはほとんど世界が注目しなかったが、今は違う。世界第2位の経済大国だし、世界経済の牽引役だ。
それでも中国当局は昔のままの隠蔽体質を保持して「中国鉄道は世界一安全だ」と言い放っているのだから裸の王様といえる。

注)なお中国新幹線の実態の記事は以下参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-656c.html



 

 

 

 

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(23.7.26) ちはら台走友会の奥穂高岳登山と高山病

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 今年の恒例のちはら台走友会の登山は奥穂高岳だった。走友会のメンバーにはとても登山好きな人がいて、毎年夏山登山を計画してくれる。
今年は是非、穂高に登ろう。奥穂は日本で3番目に高い山だ!!!」

 走友会ではすでに富士山、南アルプス北岳、槍ヶ岳、剣岳等に登っているため、この奥穂が残された日本の高山という事になっていた。
登山ルートは上高地のカッパ橋から岳沢に入り重太郎新道を登って前穂高とつり尾根の分岐点紀美子平に至り(元気な人は荷物をデポして前穂高をピストンし)、その後はつり尾根を経由して奥穂高岳(3190m山頂に到達し、穂高岳山荘に一泊するコースだった。
そして翌日は唐沢カールに降り、横尾谷のルートを下って再びカッパ橋にいたる登山だ。

 このルートは穂高では最もポピュラーなルートであり、私もかつてこの逆コースで2回登山したことがある。また穂高そのものには過去何回も登っているので若干穂高を軽く見てしまった。
まあ、前穂コースぐらいは簡単に登れるだろう

 しかし前穂に取り付く重太郎新道を登ってみて、驚いてしまった。ここはカモシカが登っていたのを重太郎氏が見ていてこのコースを開拓したのだが、かつては何気なく下っていたと思われるこのコースがとてもタフなのだ。鎖場やはしごが続き剣岳に登ったときと同じぐらい緊張感を強いられた。

 今回走友会で登山に参加したメンバーは20名で、うち走友会に登録していないビジターが3名だった。また走友会でも登山経験が少ない人が数人いた。
私は事前に荷物をできるだけ少なくして、目標は7kg以下にするように勧めたのだがこのことが特に登山暦の少ない人に徹底できなかったことは失敗だった。

 初日は特に暑くもなく快適な登山日和だったが、重太郎新道を登る頃から男性のSさんが汗を噴出し歩みが極端に遅くなった。イエティの異名を持つ走友会きっての力持ちKさんがSさんのリックを持って登ることにしたのだが、それでもSさんはとても苦しそうだった。
念のためTさんのリックをチェックしてみたが10kg程度は有りそうで、水と食料が明らかに多すぎた。
これではTさんには荷物が重すぎるな・・・・・・・
経験の少ない人はどうしても荷物が重くなる。

前穂の分岐点に到着した頃からSさんは回復基調にあったので、その後は自分で荷物を持ってもらった。Sさんは軽い高山病にかかっていた

 ところが今度は穂高の釣り尾根に出た頃から女性のTさんが苦しみだした。当初は右足の膝を捻挫し、途中から右足を上げることがほとんどできなくなって手で右足を上げて歩いていた。
そして奥穂高岳の頂上の近くで完全に動けなくなってしまった。

 私はメンバーの中で相対的に体力のない人10名程度を率いていたのだが、Tさんもそのうちの一人だった。私がTさんを完全サポートすることにしメンバーの力持ちのモッチャンにTさんの荷物を運んでもらい、他のメンバーは先に行ってもらうことにした。
その後Tさんはますます歩行が困難になり、岩にへばりついて盛んに眠たいといい始めた。
典型的な高山病で頭に酸素が十分回らなくなり非常な眠気に襲われる。

 しばらく岩陰で寝てもらうことにしたが正直言って途方にくれた。
救助ヘリか救助隊の要請をしなければならないだろうか・・・・・このままTさんはますます状況が悪化するのではないだろうか・・・・・・・・
本当に息をしているかチェックしたほどだ。

 15分ぐらいたった時に走友会のメンバーで前穂をピストンして追いついてきたイエティさんと会うことができたので、イエティさんと相談してTさんをイエティさんが背負い、私がイエティさんのリックを持って穂高岳山荘までいくことにした。距離にして1時間ぐらいだ。
しかし幸いにTさんは目を覚まし、簡易型酸素ボンベで酸素を吸入した結果歩けるようになった。それでも歩みはとても遅い。
穂高岳山荘の手前で先に行ったメンバーの急報を聞いた長野県警のパトロール隊の方が来てくださり、急峻な標高差50m程度の山小屋に下る坂をローピングして降ろしてくれたときは心底ほっとしたものだ。

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 あとでTさんのリックをチェックしてみたが水と食料、それと衣類が多く10kg程度は有りそうだった。
やはり経験の少ない人は心配になってどうしても荷物を重くしてしまうのだ・・・・・・・・・

 私自身は山小屋が整備されている登山で小屋どまりの時は水を入れても6kg程度の荷物しか持っていかない。荷物が軽ければ楽々と登山ができるので水も食料も少なくて済む。
反対に荷物が重いと汗が吹き出るので多くの水が必要になり、疲労感が重なり高山病になってしまう。

 3000m程度の山で高山病にかかるとは信じられない気持ちだったが、その人の体力を越えて過重な荷物を持つと高山病になることを今回経験してしまった。
単に荷物を少なくしろというだけでは駄目で、経験のない人の荷物は事前にチェックしておく必要があったんだ・・・・・・・」深く反省した。

 ちはら台走友会の登山日程は土日をフルに利用するため、かなりハードで金曜日の夜出発して早朝から登山を開始する。車中1泊だがバスの中では眠れない人が多い。
睡眠不足、重い荷物を背負った登山、疲労感の蓄積が進むと高山病になってしまうようだ。

 登山そのものは大変楽しく全員奥穂高に登ることができたが、反省点が残った。
来年の登山の時は経験不足の人の荷物は事前チェックをして不要なものはバスにおいていくように指導をする必要がありそうだ。


注)かつて見た映画でプラトーンと言うベトナム戦争を扱った映画があった。その1シーンに本国から初年兵が配属されてくるのだが、実際の密林パトロールをする時にベテランの軍曹が初年兵の装備をチェックして不要なものをどんどん捨てていた。
これはフル装備をすると30kg程度になり、ジャングルの戦場では機敏に動けないため標的にされ瞬く間に戦死をしてしまうからだった。

  

 

 

 

 

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(23.7.25) NHK クローズアップ現代 新しい金融 市民ファンド

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 先日(21日)のクローズアップ現代を見て感心してしまった。
新しい金融「市民ファンド」が立ち上がり東日本大震災で壊滅的打撃を受けた中小企業に復興のための資金を提供しているという。

 私はこうしたことは政府地元の金融機関がするのだと思っていたら、実際には公的な支援は遅々として進まず、また地元の金融機関も対応できない理由があるのだという。

 国の場合は公平と言うことが最も大事になるので、多くの被災企業にできるだけ公平に資金が行き渡るようにするため、その作業に時間がかかる。
また地元の信用金庫はこの災害で多くの貸し倒れ債権が発生し、かつ支店網が震災と津波でずたずたに切断されているため融資に応ずることができないのだそうだ。

 一方企業家の中にはすぐに事業を再開したい人、有る程度時間がたってからの再開を望む人、廃業を決意した人等いろいろなバリエーションがある。
この中ですぐに事業を再開したい企業家は資金がなくて途方にくれているのが実態だそうだ。

 こうした状況を見て東京のベンチャー企業が社会貢献を目的にしたファンドを立ち上げた。
映像では気仙沼ふかひれを加工している石渡商店の事例が紹介されていた。
私は知らなかったが気仙沼はふかひれ生産では日本一で、特に石渡商店のふかひれは外国からの賓客を招いた晩餐会でも出されるほどの珍味なのだそうだ。

 この石渡商店は津波で工場が被災して復興を危ぶまれていたが、30歳の社長が熱意をこめて再興を果そうと努力していた。
しかし資金がなく、国も地元の金融機関も対応してくれないため途方にくれていたのだそうだ。

 そこで東京のベンチャー企業元々はミュージッシャンの発掘を目的にしていたが、その後社会貢献にかかるファンドを扱いだした)が社会貢献ファンドを投資者に求めたところすでに746人から出資がなされたのだそうだ。
こうして石渡商店は市民ファンドの力を借りて事業再開にこぎつけることができた。
最初の商品はファンドを提供してくださった方に贈りたい」とおそらく石渡氏の奥さんと思われる方がコメントしていたが、必要なところに必要な資金をタイムリーに配分するという意味で、このベンチャー企業の役割は大きい。

 もう一つの事例は岡山県の山村の話で、たった一つの資産である森林が後継者不足等の理由で荒れ果てていたのを、森林再生プロジェクトを立ち上げファンドを募ったところ、約9000万円の資金が集まったのだそうだ。
これで村は最新鋭の機械を購入して労働力がなくても木材を搬出できる体制を整え、村内にある家具類の制作会社とタイアップして村の振興に努めていた。

 コメンテーターが盛んに強調していたことはこうした「共感や人のためにリスクをとって人を助けるファンドと言うものは世界でも珍しく、日本特有のものだ」と言うことだった。

 今回初めてこの市民ファンドのシステムを知ったのだが、確かに日本人には金もうけそのものを目的にしたファンドよりも、社会的有用性があるファンドを支持する傾向がある。
アメリカに多くある金儲けに特化したファンドを「はげたかファンド」と呼ぶが、そうしたファンドを好まない性格だ。

 私はかつて経済学を学び始めた頃、「企業にしろ個人にしろ経済主体は利益を極大化しようと行動し、そうした極大行動を前提に経済学を構築する」といわれた時は驚いたものだ。
当初私は近代経済学を構築するためのやむ終えない単純化だと思っていたが、ヘッジファンドに見られるように本気だったのにはさらに驚いた。

 だからこの「共感や人のためにリスクを取る」と言う行為はコメンテーターが述べていたように本当に日本人独特のもので、これが21世紀の日本再生の取り組みになる可能性がある。
私は個人的にこのおゆみ野の遊歩道を世界で一番美しい遊歩道にしようとしているが、実際は人的にも資金的にも限界があって、目標到達が遅々として進まない。
市民ファンドを立ち上げおゆみ野市民に協力を募るのも一つの方法ではないかとこの番組を見て感じている。

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(23.7.24) NHK 遺伝子組み換えサケは認可されるか?

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 NHKのワールド・ウェーブで遺伝子組み換えサケがアメリカの食品医薬品局で認可されるかどうかの特集を放映していた。
遺伝子組み換えサケとは成長が普通のサケの2倍の速度で、大きさが3倍にもなるあのサケのことである。

 このサケは太平洋産のサケキングサーモン他の魚の遺伝子を組み込んで遺伝子操作したもので、肉質は天然産のサケとまったく変わらないという。
実に巨大なサケで自然のサケと比較すると小錦舞の海程度の差がある。

 この情報は昨年クローズアップ現代で放映されていたので知っていたが、それがついに食料として認可されるかどうかの最終局面に来ていた。
アメリカではすでに大豆の90%、トウモロコシの80%が遺伝子組み換え食品になっており、収穫量が飛躍的に増大し病気に強い品種になっている。

注)クローズアップ現代の記事は以下参照
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/221127-nhk.html 

 今までは植物の領域だったがついに動物の領域にこの技術が応用されるようになった。
バイオ産業はこの遺伝子組み換えサケの認可を求めて強力なロビー活動をしており、一方アラスカの漁業者がアラスカ選出の議員を巻き込んで反対運動をしていた。

 当初は食品薬品局は認可に前向きだったが、アラスカ漁民の反対がとても強いので、条件付きで認可を降ろしそうだ。
アメリカでは遺伝子組み換えか否かの表示義務は現状ないのだが、このサケを認可するに当たっては「天然産との識別表」をさせられることになりそうだ。
いわば顧客に選択を任せようとの態度で、「天然産のサケか、それとも安いが将来どのような影響が出るか分からない遺伝子組み換えサケ」を自由に選ばせようとしている。

 この遺伝子組み換えの議論は実は「人間が神の領域に入り込んでいいのか」という宗教的な問題をはらんでいる。
自然界では有る一定の確率で突然変異自然界の遺伝子組み換え)が起こりそれが環境に適応できればその後地球上に存続し続けることができる。ダーウィンの言う適者生存だ。

 バイオの研究はその数十億年をかけて行われた自然の営みを、研究室の中で短時間で行って意図的に適者生存をさせようとする試みといえる。
数十億年を数年に短縮する試みといえるし、また自然と人工の闘いともいえる。

 また研究者の目から言えば、たとえば犬などを見ると非常に多くの種類がいるがこれは人工交配を繰り返したからだが、これと同じことを遺伝子レベルで行っているに過ぎないと言うことにもなる。

 アメリカではバイオ産業が次世代のリーディング産業になるとの認識から、遺伝子組み換え動物も積極的に受け入れようとしている。
今はサケだが、次は牛や豚や馬あたりがターゲットになって、現在の牛や豚の3倍程度大きな牛や豚が現れたり、サラブレッドの3倍程度の速さの競走馬が出てくる可能性がある。

 人間に応用すれば女性はマリリン・モンローオードリー・ヘップパーンになってしまい、男はトム・クルーズばかりになってしまうかもしれない。
もちろん頭はアインシュタイン並にすることも可能になるから、そうしたことを試みる科学者も現れるだろう。

 この問題は「人間はどこまで神の領域に手を突っ込んでいいのか」と言う問題だから、今後は一層宗教問題に発展していく可能性が高い。
日本人は遺伝子組み換えに消極的だが、アメリカがこの分野の研究を加速化させることは確かなようだ。
結局はアメリカにリードされて、おっかなびっくりだが遺伝子組み換え動物を少しずつ許容していく方向ではなかろうか。

 

 

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(23.7.23) NHK クローズアップ現代 迫る「食料高騰」時代

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 NHKが昨日(20日)のクローズアップ現代で「食料高騰時代」と言う番組を放映していた。
かつてリーマンショック前に同様の食料高騰時代があったが、今はその第2弾だ。

 なぜ食料価格が高騰するかと言うと、傾向的に新興国と言われる中国やインドで食料需要が増加しているからだが、本当の理由は投機資金による値上がりである
日本、アメリカ、EUがこぞって金融の超緩和策をとり続け、あまった資金が「何かないか、子猫ちゃん」と言う感じで徘徊している。

注)リーマンショック前は超金融緩和策をとっていたのは日本一国だけだったが、それでも食料価格の高騰が起こった。今回はそれにアメリカとEUが参加している。

 おかげで大豆などは5年前に比較して2.3倍の高さになっている。実際は遺伝子組換え大豆等の高収穫量の大豆が栽培され、増産につぐ増産になってもである。
その他に小麦1.8倍トウモロコシ2.9倍だという。

 今世界中で食料価格の高騰に伴うデモが発生し、アラブ諸国ではチュニジアとエジプト政府が倒れ、今リビア、シリア、イエメンが風前の灯になっている。
隣の中国では通貨元の元安政策をとり、ドルにペッグさせているため食料価格の上昇がそのまま食料品価格の上昇になって、各地で小規模の暴動が発生し始めた。
豚肉も食えないのか」というのが中国人の不満だ。

 日本では幸いに円高が進んでいたためこの国際価格の上昇をかなりマイルドにすることに成功している。
120円程度だった円が今は80円程度だから、単純計算で33%の円高だ。
このためたとえば大豆が2.3倍になっても、2.3×0.67=1.5倍となり、ドルにペッグしている国の価格上昇に比べれば上昇幅は小さい。

 それでもここに来てパンやパスタや砂糖や大豆油の価格が上昇し始めた。
あるスーパーでは128円だった食パンを138円に、80円だった菓子パンを90円に値上げしていた。

 こうした状況がいつまで続くのかとの予想で、国際機関が10年間続くといっていたがそうした言い方は単純すぎる。
本当の予想は日本、アメリカ、EUが金融の超緩和策を止めて新興国から資金を引き上げる時であり、そのときはリーマンショックと同様に今の価格の約半分程度まで価格が低下する。
投機資金が剥げ落ちるまでと言うのが正しい言い方だ。

  ところが一方で大豆やトウモロコシの価格高騰が日本農業に思わぬ影響を与え始めた。
日本農業は長い間何をやっても駄目と言うのが実態で、北海道の大規模農家が次々と離農していたが、今その離農した土地を農業生産法人が借上げて大豆の生産に乗り出したという。
規模が1000haと言うからオーストラリアの農場の規模で、ここで取れた大豆をもとに自社工場で豆腐を生産し、契約したスーパーに納入していた。

 もう一つの例は鹿児島の肥料用トウモロコシ生産の事例で、商社が資金を出して肉牛用の肥料生産に乗り出していた。
ここでも輸入の配合肥料が高騰したため十分競争力があるのだという。
又民主党政権が行った農業保護政策が思わぬ成果を挙げ始めた。休耕田で肥料用米を栽培すると10a当たり8万円の補助金が出るのだが、農家が積極的に肥料用米を作りブロイラーの餌にしているのだという。

 私自身は政府の低金利政策や資金超緩和策にあきれているのだが、これが世界中の食料価格を高騰させ、日本国内でも農業が成立できる条件が整うとは驚きだ。
だから資金の超緩和策にもメリットはあるのだが、少なくとも生活が厳しいアフリカ諸国では生き死にの問題になりつつある。

 皮肉な言い方をすれば、食料価格の上昇により貧しい人々が死に絶えてしまうので、その結果価格は再び低下するといえないこともない。
しかしこの超資金緩和策を継続して、貧しい人々を死に追いやる方法はどう見ても人道的とは言えず、それよりも金融を正常化して実需で食料価格が決定される世界に戻すのが適切なやり方だろう。

 食料価格の高騰はアフリカ、アラブ、東南アジア、中南米といった貧しい諸国に劇的な作用を及ぼしつつあり、このまま推移すれば世界のフレームワークが崩壊するほどの影響が出そうだ。

 

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(23.7.22) NHK 向田邦子 阿修羅のごとく

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 かみさんが見ていたテレビを覗いたら、昔放送していた向田邦子さんの「阿修羅のごとく」を再放送していた。
この番組が放送されたのは1979年のことだから今から約30年前のテレビドラマである。
とても懐かしかったが筋はすっかり忘れていた。しかしこの番組で使用されたテーマ曲はトルコ軍楽隊の行進曲メフテルで、そのメロディーは忘れることができない。
オスマントルコが最盛期の頃、この曲を聞いた東ヨーロッパの人々は悪魔が来たと恐れおののいたあの曲である。

注)なお、このメロディーをご存知でない方は以下のURLをクリックして聞いてください。
http://www.youtube.com/watch?v=kpOl4kxgD1c


 向田邦子さんはとても精力的な脚本家でかつ作家だったが、1981年に台湾で飛行機事故のために死去した。享年51歳だったから、生きていればさらに多くの脚本や小説を書いたはずだと思うととても残念だ。

 私は多くの向田作品を見ているわけではないが、今回この「阿修羅のごとく」を見て、向田さんの才能に舌を巻いた。人間、それも女性の心の奥に潜む阿修羅)を描いていたが、表面ではおとなしい貞女のような女性が、実際は心の中では阿修羅なのだと言う。

 この物語は竹沢家の両親と4人の娘、およびその亭主や恋人の物語である。男はどちらかと言うと添え物でもっぱら浮気をばかりしているどうしようもない人間として描かれている。
それに対する女性たちの対応は表面は物静かで、心の中に阿修羅像をそっと見出してみせるのだが、芸達者な役者が上手に演じている。
中でも次女巻子役の八千草薫さんがとてもいい。

 八千草さんは日本女性の中でも飛び切り美人だが、この頃が本当に美しかった時期でまじまじと眺めてしまった。カメラワークも女性たちの表情を克明に追っており、心理のあやが分かるような演出だ。

 物語では父親が浮気している場面を目撃した三女滝子(いしだあゆみ)が姉妹全員を招集して父親を糾弾しようと提案するのだが、他の3人はまったく乗り気でない。
長女綱子(加藤浩子)は夫を亡くしていけばなの師匠をしているのだが、顧客の旅館の亭主と浮気している。
次女巻子(八千草薫)の夫(緒方拳)は会社でかなり高い地位らしいが、こちらも浮気しておりそれを巻子はあえて見てみぬふりをしている。
4女の咲子は売れないボクサーと同居しており、それぞれがすねに傷を持つ身だ。

 3女の滝子(いしだあゆみ)だけは、苔むしたような図書館での学芸員をしており、まったく男を寄せ付けないような生活をしている。
だから滝子が興信所に調べさせた写真をみんなに見せても「母親には絶対に知らすな」と言って、心に傷を持っている他の姉妹は相手にしない。

 しかし実際は母親(大路三千緒)は夫(佐分利信)が浮気をしていることを知っていて表面では何事もないように装おっている。
しかし一人になると思わず手に持っているものを障子に向かって投げつけるほど心が病んでいる。

 物語は長女綱子の浮気相手の奥さんが押しかけてきたり、次女のだんなが浮気相手に電話しようとして、間違って妻に「今日時間が取れたので今からあいに行く」と電話したり、父親が浮気相手から別れ話を持ち出されたりして、怖いエピソードが続くので見ていて飽きない。

 女性は表面ではもの静かだが、裏に回ると阿修羅のごとく嫉妬心に燃えているのだ、と言うのが向田邦子さんの脚本だ。
また男は本質的に浮気をするものだという向田さんの認識には思わず笑ってしまった。

 向田邦子さんのこのテレビドラマを見て、すっかり私は向田さんのファンになった。テーマ曲のメフテルも実に効果的だし、八千草薫さんの美しさも堪能できたし、浮気ばかりする男もなかなか愉快だ。

注)なお阿修羅像とは仏教では帝釈天にはむかった悪鬼神と言うことになっている。

 


 

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(23.7.21) トヨタ自動車の最後のプレゼント 東北地方で小型HV車の開発

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 なでしこジャパン
の快挙には驚いたが、今回トヨタの豊田章男社長が発表した小型ハイブリッド車東北宮城県、岩手県)での一貫生産の発表にはさらに驚いてしまった。
トヨタはそこまで日本のために尽くそうとするのか」という感謝の気持ちと、「しかしそれではトヨタの経営が持たなくなるのではなかろうか」と言う心配の気持が入り混じっている。

 日本がすでに製造業の生産拠点としては最悪の環境にあることは何度もブログに記載している。
① とどまることがない円高によってトヨタは1円上がることによって年間数百億単位での損失が発生すること。
② 国内市場は年々縮小しており、生産したものが国内では売れないこと(トヨタは約6割を輸出に回している)
③ 生産インフラのうち特に電力不足が深刻でフル稼働体制をとることができないこと。
④ 日本人の賃金は相対的に高く企業は十分な人員を雇えないこと。

 通貨も国内市場も生産インフラもトヨタにとっては悪材料ばかりであり、通常の経営判断であれば小型HV車を東北2県で生産するのは考えられない。
しかもトヨタはリーマン・ショック後は世界のトヨタから滑り落ちて収益ではとても高収益企業とは言えず、かつアメリカではプリウスの事故にともなう賠償裁判が待っている。

 トヨタの小沢副社長は「80円前後の昨今の一段の円高を見ると、収益を預かる立場として日本でのものづくりを続ける限界を感じる」と正直に述べているほどだ。
それなのにあえて東北2県に組立工場(これは関東自動車工業の組み立てラインを転用)と専用エンジン工場を約20億かけて新設するとの決断は、豊田章男社長の決断以外の何者でもない。
豊田社長は「日本での年間300万台生産体制を維持する」と何度も約束していたし、今回の決定はその決断の一環だろう。

 だがしかし、これはトヨタが示すことのできる最後の日本へのプレゼントになりそうだ。
為替相場は今後とも傾向的に上がっていきトヨタはさらに苦境に追い込まれるからだ。

 なぜ円高になるかとの理由は何度も同じことを書いて恐縮だが、EU圏内のリーマン・ショックの後始末はこれからで、さらに経済は悪化するからで、またアメリカはサブプライムローン関連の焦付き債権を大手金融機関は償却することに成功したが、中小金融機関は次々に倒産しており経済全体としては悪化傾向にあるからだ。

 日本が相対的に安全と思われているのは、竹中平蔵氏が辣腕をふるってバブル崩壊後の不良債権を一掃させ、さらにリーマン・ショックの影響が相対的に軽微だったことによる。
世界経済に異変が生じたらまず金への投資、それから通貨であれば円」と言うのが市場の常識だ。
これでは円高が収まるはずがない。

 しかし円高には絶対的なメリットがある。
メディアは円高になると、「日本輸出産業が苦境に陥る」と毎度おなじみの報道をするが、しかし一方輸入産業は大幅な利益を計上できるし、もし輸出入がイーブンであれば影響はゼロと言うことになる。
しかも東日本大震災以降は輸入超過なのだから、現状では日本国内への影響はプラスに作用し、原油や食料の値上がりをこの円高が抑えてくれている。
世界中に吹きまくっているインフレを日本人がさほど感じないのはこの円高のせいだ。

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 こうした円高の前では、私は前回のブログで日本は製造業中心の輸出主導型経済から脱皮して、金融業やIT産業にシフトしない限り生き残りはできないと述べた。(http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/23718-ca73.html
これに対し読者のふくださんが以下のようなコメントを寄せられた。

「① 製造業で得られた資本を、他の成長分野へ転用できれば良いとは思いますが、実際問題として、資産デフレによって、いまや余剰資本が存在しないと認識しているのですが、認識は間違っているでしょうか?

② また、米国にしても欧州にしても、先進国は成熟期に突入したので、国際競争力のある成長分野へ資本を投下したとしても、緩やかな衰退をするのが必然ではないか、と思っています。

③ 緩やかに衰退していっても、まだまだ後進国よりは豊かなので、成長の必要性があるのかどうか、分からなくなってきています

 100%質問に対する適切な回答にはならないが、おおよそ以下のように考えている。

 製造業が資本投下する場所は、通貨が安く、国内市場が拡大し、インフラが整備され、賃金が安い場所が最適になる。
今までは中国がそのような場所と思われていたが、中国元は今後上昇傾向にあり、かつ賃金が上昇しているので最適な場所といえなくなってきた。

 今後はインド、インドネシア、ベトナム、フィリピンあたりが進出先となるが、こうした国はインフラ整備が十分と言えないところが多い。

 なお、資産デフレについては「不動産価格の値下がり」のことを言っているのだとしたら、日本の主要な製造業はこの20年間に償却が終わっている。今頃まで不良資産を抱えているようでは企業として存続できない。

② ポイントは従来の製造業に見切りをつけて成長産業にシフトできるか否かにかかっている。西欧諸国と日本は過去のしがらみが大きく、シフトはほとんどできない。唯一アメリカがヘッジファンド等の金融業にシフトし、またアップルやグーグルやマイクロソフトやフェイスブックといったIT産業を立ち上げることに成功した。

そうした意味で西欧と日本の衰亡は早く、一方アメリカはかなりの期間世界経済の中心でいることができる。なお国ではないが成功している地域はあり、それはシンガポール(http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/23625-nhk-9bb2.html)。

 日本の唯一の強みは金持ちだということで、この資金をどれだけ有効に使うことができるかにかかっている。現状は日本の金融機関は財務省と金融庁の完全支配に置かれ、国債の買い上げ機関としてのみ存続しているようなもので、自由な取引ができないため斜陽産業になっている。
金融業が本来の力を発揮すればまだ日本経済に展望が持てるが、実際はこのまま静かに衰退していく思ったほうがいい。

 GDPの低下が個人生活に及ぼす影響は、無駄な消費をやめてできるだけ自分で家のメンテや菜園づくりをして楽しむことになる。金はないが時間が自由になるので、手間隙かけて遊ぶということが基本的な生き方になる。

 ふくださんの質問に答えてみたが、どうだろうか。私個人としてはGDP拡大路線に完全に見切りをつけて生きているので、GDPの縮小がどうこうと言う気持ちはない。
毎日地区の清掃活動を2時間程度行い、午前中にブログを書き上げ、午後はマラソンや水泳をして遊び、その他の時間では好きなテレビや歴史書を読んで暮らしている。
特に費用がかかるわけでなく、食べ物に対する欲求はほとんど生じないし、衣類はスポーツウェアで十分だ。
働くよりは自由な時間を楽しんでおり、定年退職者なのだからそれでいいと思っている。

 こうした生活態度を中世的生活と呼ぶが、日本全体としてそうなっていきつつある。

 
 

 

 


 

 

 

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(23.7.20) NHK ローマ皇帝の歩いた道 帝国の末路を見つめたハドリアヌス

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 私がなぜローマ史に興味を持つかと言うと、ローマ時代が産業革命以前の世界では世界最高の生活水準を誇り、その後西洋は中世と言う長い眠りに入ったからである。
なぜ豊かな社会が貧しい社会に取って代わられたのだろうか? GDPが常に上昇していた社会からGDPが下降するような社会がなぜ出現したのか?」とても不思議な気がした。

 これは現在に置き換えてみるとよく分かる。
日本の社会が社会保障を充実させながら存続するためには最低3%の成長が必要だ
中国は8%の成長がないと社会混乱が発生するので、この8%は最低条件だ」
「アメリカ社会において失業率を低下させるためには5%程度の成長が必須だ

政治家は口を開けば経済成長のことしか言わないし、メディアも同様だ。そして多くの日本人が成長は必要だと思っている。果たして本当だろうか。ではなぜローマから中世への移行があったのだろうか?

 ハドリアヌスが皇帝になったのは2世紀の始め、紀元117年、41歳の時である。一般にローマ帝国は紀元1世紀に大拡張し、2世紀ハドリアヌスを含めた5賢帝の時代はローマの最盛期と言われている。
先日見たアフリカから来た皇帝セウェルスハドリアヌスが皇帝になった年から約80年後に皇帝になっているので、セウェレスの時代ならともかく、この時期に帝国の末路を見たというのはいくらなんでも早すぎると思える。
だがハドリアヌスローマはこれ以上GDPを拡大するのが不可能だと知った最初の皇帝だった。

 当時のローマは人口5000万人、世界の4分の1を支配下に置き、兵士の数は約30万人だったそうだ。日本の自衛隊の兵士の数は約25万人だから、人口比で見ると日本の約3倍の軍事力だったといえる。
ローマは軍事力で周辺の蛮族を圧倒していたが、問題はこの軍事費の捻出ハドリアヌスは悩まされていたという。

 なぜなら兵士の生活はどのような辺境にあってもローマ様式の生活が保障され、食事は3食当時は2食が普通)で十分な最新鋭の装備とローマ風呂が用意され、そして金貨で給与が支払われていた。
この状況は辺境の住民から見ると、戦後日本に進駐したアメリカ軍の生活に酷似している。

 私が子供の頃住んでいた家の近くに米兵が住んでいたが、いつも買い物籠いっぱいに食料を持って帰ってきた。
私達子供はその米兵が帰ってくるのを待ち構えて「ギブ ミー チョコレート」(これが最初におぼえた英語だった)とねだったものである。
兵士は大抵とても気前よくチョコレートをくれたが、チョコレートを食べながらこれがアメリカか(これがローマか)と思ったものだ。

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 ハドリアヌス
は皇帝になると12年間に渡り帝国の各地を視察して回ったという。
これを聞いたときにとても不思議な気がした。
皇帝がローマを離れて12年間も旅をしていてはローマの政治はどうなってしまうのだろうか? もしも他の有力者がクーデターを起こして皇帝になることはないのだろうか?」

 私はローマの皇帝をその後の絶対権力者だったナポレオンやロシアの皇帝をイメージしたが、ローマの皇帝はそうした絶対権力者ではなく、ローマ軍の大将軍と言うような立場だったようだ。
ローマには元老院議員約600名程度おり、この元老院議員が現在的な意味の行政府立法府を握っており、ローマ皇帝とは敵地に出向いていって領土を拡張し、財宝と穀物と奴隷をローマに送る軍の最高指導者と言う役割だったようだ。

注)ただしローマ皇帝と元老院の立場はそのときの力関係に左右される。

 したがってハドリアヌスが12年もの間ローマをあけても問題はなく、ハドリアヌスに期待されていたことは領土を拡張して財宝をローマ送り続けることであり、そうである限り元老院は満足していたことになる。
あいつは外でよく働いている。なら皇帝にしておいても良かろう」そんな感度だった。

 しかしハドリアヌスが見た辺境はこれ以上領土拡大しても無駄と思えるほど辺鄙な土地だったようだ。
最初に訪れたのはブルタニアイギリス)だが、ここは草しか生えないような貧しい土地で野蛮人がかろうじて生息しているような場所だった。
ハドリアヌスは馬鹿馬鹿しくなって今のイギリスのスコットランドとイングランドの境目あたりに東西120km、高さ約5mの石の壁を築くように兵士に命令して言った。
この壁の向こう側からの蛮族の襲来は撃退せよ。ただしこの壁を越えて領土拡張をすることはない

 その後視察をしたドナウ川の北、ラキア現在のルーマニア)ではつくづく拡張政策が嫌に成ってしまった。
このラキアの土地はハドリアヌスの前の拡大主義者皇帝トラヤヌスが激戦の末ようやく手にした領土で、ここには当時世界最大規模の金銀の鉱山が有った。
トラヤヌスはこの鉱山を入手するためにドナウ川の岸壁に軍用道路を掘り、さらにドナウ川に1100mの石橋まで建設している。
いくら軍事活動を円滑にするためとはいえ、1100mの石橋を架けるのは現在でも難工事だ。
おそらくトラヤヌスの頭には戦後の経済発展のためにこの橋が必要だと思ったのだろう。
ラキアは永遠にローマの領土だ

 だがハドリアヌスはこうした拡張路線が軍事費の増大につながることに頭を悩ませていた。
ここラキアの土地には領土を守るために約5万の兵士を駐屯させなければならない。金銀の安全な運搬を保障しなければならないからだ。しかしこの金銀はあの強欲な元老院議員の懐に入り、わずかな残りでラキアの軍事費をまかなえない。もう元老院議員のために働くのは馬鹿馬鹿しいので止めよう
ハドリアヌスにとってラキアは無駄な投資物件(日本の熊と狸が遊ぶ高速道路のようなもの)に見えたのである。

 ハドリアヌスラキアの軍団5万人の総引き揚げを元老院に提案したが、大反対にあってしまった。
トンでもない。これはトラヤヌス先帝が激戦の末に手に入れた生命線だ。しかも金と銀の山があるではないか。我々ローマはこの財宝によって潤っているのに撤退とは何事だ。領土縮小なんて絶対に認められない

 当時のローマ市民には食料が十分に配給され、さらに剣闘士の競技にタダで招待され(これには地区の有力者が資金を出していた)、宴会では吐いてはまた食事を楽しんでいた時代だから、領土を縮小してGDPを引き下げることはそうした幸福な生活の放棄に映った。

ハドリアヌスのやろう、働くのが嫌になってラキアの放棄を言い出している。あまりに俺達を無視するなら暗殺だ
ハドリアヌスが134年12年間に及ぶ視察の長旅を終えてローマに帰ってきたときのローマ元老院と市民の反応は冷たいもので、凱旋門も建設してくれなかった(領土拡張をして帰ってくる皇帝のためには凱旋門をプレゼントするのがローマ市民の慣わしだった)。

 すっかり皇帝家業が嫌になったハドリアヌスはローマから約30km離れた離宮に誰も近づけることなく、暗殺を警戒しながら晩年を過ごした。
そして138年62歳で死去したが、帝国の拡張は無理と知った皇帝と、それを絶対認めようとしない元老院とローマ市民の戦いは、こうしてハドリアヌスの敗北に終わってしまった。

 客観的に見てハドリアヌスが生きた時代はローマの最盛期だから、田中角栄氏が「日本列島を改造するのは止めよう」と言うようなもので、誰も聞く耳を持たなかったことは分かる。
ハドリアヌスが死んでから55年たってアフリカ出身の皇帝セウェルスの時代になると、ローマには食料が届かず、兵士の給与は引き下げられていて帝国の衰退は誰の目にも明らかだったが、ハドリアヌスは先見の明がありすぎた皇帝といってよいだろう。

注)田中内閣から40年後の菅内閣になると、日本の衰退は明確になり菅総理は原発を停止すると言い出している。

 どのような社会も最盛期があり、その後はおだやかか急激かはともかく下降期に入るもので、GDPが常に拡大するなんて事はありえない。ローマであれば拡張する領土が存在しなくなる。
しかしローマ市民は「GDPは常に拡大させろ」といい続け、皇帝に辺境地帯で戦争を拡大させることを無理強いしていた。


なお皇帝セウェルスの時代は以下の記事を参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/23715-nhk-f3ca.html

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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(23.7.19) 平成の女性は太陽だった  なでしこジャパン ワールド・カップ優勝

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 このような快挙があってよいものだろうか。私が生きているうちに女子ワールド・カップで世界NO1なろうとは思いもしなかった。
それも自他共に世界NO1と認められてきたアメリカの猛攻を防いで、最後はPK戦で勝利してしまうのだからなでしこジャパンの実力は本物だ。

 前半のアメリカの猛攻はすさまじかった。いつ点をとってもおかしくないような状態だったが、これをしのぎきり前半0-0で折り返したのが第一の勝因だ。
ここで離されていては勝利はおぼつかない。

 後半24分にアメリカの誇るストライカー、モーガンに決められたときは天を仰いだ。これで日本の敗北は確実だと思ったからだ。それ以上テレビを見続けることができなくなってテレビを消してしまったが、それでも恐る恐る15分後にテレビをつけて驚いた。
宮間が同点ゴールを決めて1-1になっていたからだ。
なでしこジャパン、やるじゃないか」再び興奮してテレビに釘付けになった。

 延長戦前半に再びアメリカのワンバックが得点を決めて先行されたときは、今度こそ日本は負けたと思ったものである。かつて日本男子のワールドカップの試合で相手に先行されてそれをひっくり返すような試合を見たことがなかったからだ。
なでしこジャパンを慰める言葉を一生懸命考えていたものだ。
よくここまでやった。ドイツに勝った試合など見事なものだった。アメリカは実力が飛びぬけているのだら、ここまで来たのが立派だ・・・・・・・・」

 そんなことを思っていたら、延長後半12分にが足でフリーキックのボールを押込み、同点ゴールしたのには驚きを通り越した。
このチームはなんと粘り強いチームなのだろうか、決して諦めることをしない・・・・
このなでしこジャパンの粘り強さは特筆に値し、これが第二の勝因だ。

 私は女性が特別に粘り強いのは知ってはいる。私の趣味は超長距離走で100km以上のレースによく参加するが、前半は男性が圧倒的に有利だが時間がたつにつれて女性が優位にたってくる。
100kmでは80km程度から男性は歩き出す人が多いのだが、女性は最初から最後までほぼ同じような速度で淡々と走っていき、最後の20kmで男性を軽々と追い抜かす。
そうは知っていたが、世界NO1になるほど粘り強いとは知らなかった

 最後のPK戦は実力と言うより精神力の闘いになる。キーパーとキッカーのどちらが精神力が強いかで勝敗が決まる。
アメリカの一番目のキッカーのボールをGK海堀が足先で防いだのが大きかった。
これで後続のアメリカのキッカーは動揺し3人連続で外してしまった。
海堀の精神力の強さが第三の勝因といえる。

 またこれは女子サッカー全体に言えるのだが、とても試合がフェアだ。男子サッカーでは相手のユニホームを持って引き倒すのが当たり前だったり、わざと後ろから足を引っ掛けたり、相手を挑発したりするのだが女子サッカーにはそうしたことがほとんどなかった。
こんなにフェアに戦うサッカーもあったんだ」感心してしまった。

 そして今回の快挙を見てしみじみと日本女性の優秀さを再認識した。
今年の新春対談で世界の識者が「日本経済は低迷しているが、日本には女性と言う無尽蔵の資源が残されている」と指摘していたが、それが本当だということを世界の舞台で証明してくれた。

 日本社会の基本的な過ちはこれほど優秀な女性にたいし、活躍の場を提供しなかったことだろう。特にビジネスの社会ではその傾向がひどく、私が過去いた会社でも管理職が集まる会議を開催すると出席者のほとんどが男性だった。
私も管理職にさせてもらっていたが、女性と実力で競争すれば私の地位は危なかったに違いない。

 このなでしこジャパンの快挙を機に、公務員や上場会社の管理職の半分は女性に割り当てる法改正をするのが日本再生の切り札になりそうだ。
菅総理が総理を辞める3条件にもう一つ追加して4条件にすればいい。
国債をやたらと発行して不要な道路やダムや飛行場を作るよりは、女性が日本を引っ張っていくのがもっとも効果的な日本再生のプログラムになる。

 日本は原始社会で女性が太陽だっただけでなく、平成の社会でも太陽になることはなでしこジャパンが証明してくれている。日本は天照大神の昔から女性でもつ国なのだ。


 

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(23.7.18) 日本輸出産業の崩壊 日本ほど物作りに不適な場所はない

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 再び円高が進み輸出産業が悲鳴をあげている。東日本大震災でひどいダメージを受けている日本の円が高くなるとは信じられないような現象だが、ヨーロッパとアメリカが悪すぎるからだ。
言葉がよくなくて恐縮だが、日本と西欧とアメリカはいわゆる不美人コンテストをしているようなもので相対的にましな国の通貨が高くなっている。

注)もう少し視野を広げると先進国の通貨が相対的に低下し、中国のような新興国の通貨が上昇している。

 ヨーロッパはギリシャやイタリアで火を吹いているが、基本的な原因はリーマン・ショックを覆い隠していたイチジクの葉が一枚一枚剥がれているだけだ。
サブプライムローン問題や過剰な不動産投資の焦げ付きを金融機関から政府に移したが、その政府が今持ちこたえられなくなっている

 日本では1990年前後のバブル崩壊以降長期低迷に入っており、いわば症状が慢性化(その間何回も景気対策が打たれているしているのに対しヨーロッパは今その症状が劇的に出ているのに過ぎない。
アメリカも同様にサブプライムローン問題が一向に片付かない。
不動産価格は傾向的に低下しており、時に持ち直すように見えるがぬか喜びに終わっている。
不動産融資に熱心だった地方の金融機関が次々に倒産しているのは相変わらずで、製造業はとっくの昔に中国に生産拠点を移しているので失業率は高止まり(9%から10%の間を行ったりきたりしているしてオバマ大統領の再選に赤信号がともっている。

 今日(17日)のNHKのテレビで国内の主要な輸出産業が想定している為替相場は80円~85円の間で、今回のように78円台になると国内の空洞化が進むだろうと述べていた。
さらに電力の供給制限が追い討ちをかければ、日本で製造業が生き残っていく条件はさらに厳しくなると述べていたが、実際日本ほど輸出産業にとって厳しい環境はない

 日本が輸出主導型の景気回復が不可能になったのは失われた20年に突入してからだが、それでもリーマン・ショックまでは輸出産業の業績は良かった。
トヨタが史上最高の利益をだしてわが世の春を謳歌していた頃のことである。
実際なぜ日本で輸出産業が成り立っていたかと言うと、政府・日銀が超低金利・超金融緩和政策を継続して金のたたき売りをしていたからである。

 この間世界のヘッジファンドは日本から安い資金を調達し、それをドルに換えて(このとき円は円安になる)世界中で不動産やコモディティ投資を行っていた。
これが限界を越えてしまったのがリーマン・ショックだが、その後はアメリカも西欧も日本に倣って超低金利政策に転換したため、日本だけが円安を享受することができなくなってしまった。
互いの為替の切り下げ管理通貨制度の下では直接の切り下げを行ったが、変動相場制の元では超低金利・超金融緩和で行う)競争をすれば円だけが安くすることは不可能で、瞬く間に1ドル、120円前後だった円が80円前後になり、1ユーロ、170円前後だった円が110円前後にまで円高が進んでしまった。

 3年間のあいだに約35%程度の円高が進んだのだから(輸出産業にとっては製品価格が、35%安くなった)これで輸出産業に競争しろと言うのが無理だ。得意の液晶も韓国メーカーに完全に水をあけられ、ソーラーパネルも売れなくなり、自動車産業も国内での生産がむずかしくなった。

 そこに追い討ちをかけたのが東日本大震災でこのため日本の電力供給に赤信号がともってしまい、円高と電力不足のダブルパンチに見舞われている。
輸出は今劇的に減少しており、貿易収支は悪化の一途をたどっている。

 私は何回もこのブログで言っているが、日本は製造業を主体とした輸出産業構造が崩壊した以上(実際の崩壊は1990年前後)、次世代の産業にシフトする以外に対処の方法がない。
次世代産業のモデルはアメリカにあり、それは金融関連産業とIT産業である。

注)経済循環論の立場から言うと輸出立国がいつまでも輸出立国でいられる条件はない。貿易収支の黒字が続くとその国に資金が集まりすぎて通貨高になるためで、輸出産業が振るわなくなり一方金融業が隆盛になる。
アメリカやイギリスがそのパターンの経済発展をしてきた

なおアメリカの金融業界はリーマンショックで手痛い損害を得たが、その後のアメリカの低金利政策を利用して大復活を遂げている

 リーマン・ショックであれほど手痛い痛手を蒙った金融関連産業がなぜ次世代産業かと言うと、円高通貨の価値が高いということ)の日本では通貨こそがもっとも高く売れる輸出商品だからだ。
この辺の感度は普通の人にはないかもしれないが、通貨も一つの商品に過ぎない。もっとも高く売れる商品を売るのが商売の鉄則で、家電やソーラーや液晶や自動車は韓国、台湾、中国に太刀打ちできなくなっている。

 日本の不幸はこのたった一つの高額商品を低金利と超緩和策によって叩き売りをしていることで、これでは日本が貧乏になるのは当然だ。
さらに問題を悪化させているのは1400兆円と言われる個人預金のほとんどを国や地方自治体が公債で吸い上げ、もっとも不要な道路建設やダム建設に使用していることだ。

 本来は10%~20%程度のリターンが期待できる円を1%程度の国債購入に投入し、さらに国は景気対策として不要の箱物を作り続けている。
これで日本の景気が上向くと思うほうがどうかしている。
製造業は必然的に海外に出て行かざるえないのだから、日本は金融関連産業を強化し、馬鹿げた国債発行をやめれば必然的に景気は上昇過程に入る。

注)このあたりの説明はとても難しい。政府が低金利政策をとればその資金を利用して海外で稼げばいいのだが、日本の場合は財務省と金融庁の金融支配が貫徹していて、資金を国債購入等に回すように行政指導されている。

 シンガポールの戦略がそうしたもので、現在アジアの金融センターはシンガポールだが、本来は東京がそれにならなければいけない。
日本は製造業にこだわるあまり、基本戦略で間違っており、これでは日本経済の長期低迷は当然といわざるえない。

注)私の個人的立場は日本が長期低迷に陥りGDP競争から脱落するのはいたし方がなく、物質的には貧しいが自由に時間を使える社会が相応しいと思っている。
したがってさらに日本が豊かになることを望んでいる訳ではないが、もし日本経済の処方箋を書くとしたら上記のような内容になり、製造業中心の再生はありえないことを明確にしておきたかった。





 

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(23.7.17) 精神性胃炎に悩んでいる

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 相も変わらず又精神性胃炎が発生した。私は小さい頃からこの精神性胃炎に悩まされている。当初はそれが精神性のものだとは知らなかったので本当に十二指腸に炎症が起こっているのだと思っていた。

 いや正確に言うと実際に炎症は起こっているのだが、自分の意志に反して胃酸がどくどく胃に出て胃を溶かしているのだ。
この精神性胃炎が起こるときは決まっていて、何か大きなイベントが有る前である。

 最初にこの精神性胃炎に気がついたのは社会人になって始めての年に、会社の先輩が北アルプスに連れて行ってくれたときだった。
その数日前から頭が重くなり胃が荒れてきて食欲がなくなり、本当に病人になってしまった。
先輩、とても北アルプスは登れそうにありません」断ったところどやしつけられた。
仕方なく登山をしたのだが登り始めるとまったく体調不良のことを忘れた。

 またこれは直接にはイベントとは関係ないが、会社に入った当初会社の玄関を入るとひどい頭痛がし会社から出ると頭痛がすぐに収まったのを覚えている。
こちらは精神性頭痛で、よく小学生がかかる病気だ。

 私には非常な緊張癖があるがそれは一種のトラウマだと思っている。これは小さかった頃(小学校1~2年の頃)母親に勉強を教わり、少しでも間違えると張り倒されていたからである。恐怖感で鉛筆が握れなくなって何も書けなくなったものだ。
かなり前、国会の証人喚問で商社のお偉方がサインをしようとして手が震えサインができない状況に陥っていたが、私はその人にいたく同情したものだ。
そうなんだよ、人間は極度の緊張感に襲われると鉛筆さえ握れなくなるんだ・・・・・・・

 間違いを起こすのではないかと思うとすっかり上がってしまって、何も答えられなくなったことがその後続いた。
高校生の時、英語の時間で急にさされて何かの回答をしなければいけなかったのだが、英語で21をいえなくなってしまった。頭が真っ白になると頭の回転はゼロになる。
私の通っていた高校はその地区ではとても有名な進学校だったので、友達から「よくお前、この学校に受かったな」なんていわれたものだ。

 その後は自分に緊張癖があることに気づいて、深呼吸をしたり心を落ち着けるようにしたりしてこの緊張癖から解放されたように見えたが、やはり「今度はかなりタフだ」なんて思うと胃酸が過剰に流失して胃を溶かしてしまう。

 今回の病気はこの8月に「トランスエゾ1100km」にエントリーしていることから来ている。
この競技は北海道の宗谷岬襟裳岬の間を往復する競技で、1100kmを2週間で走破する。一日あたり80km弱づつ走るのだが、約10年ほど前に挑戦して失敗している。
足の小指に炎症が起こって肉がはみ出して走れなくなったのだ。

果たして今回走りきることができるだろうか。あれからずいぶん年もとったし止めたほうがいいのではなかろうか。もしかしたら死んでしまうのではないだろうか」なんて考えているうちにいつもの精神性胃炎になってしまった。

 こうなった時の対処方法は一つしかない。私がもっとも信頼している「かない内科」のかない先生に診てもらうことだ。
かない先生は非常な名医である。すぐに検査漬けなどをせずにその人の性格分析をして、胃炎が精神性のものか物理的なものかを見抜こうとする。
精神的らしいと思えばしばらく胃酸を押さえる薬を出して様子を見て、それでも拉致があかなければ内視鏡で検査を行う。

 今回も28日分の胃酸を押さえる薬を出してくれた。
まあ、これでしばらく様子を見ましょう
それから2日目までは体調が回復した。
やれうれしや」と思っていたら又3日目頃から再び体調が悪化している。
もしかしたら俺もついに胃がんになったのか、64年の短い人生だった」なんていつもの胃がん恐怖症が再発した。

 しかしこの精神性胃炎には困ったものだ。いつまでたっても同じような症状が必ず起こる。もしかしたら胃にピロル菌がいて胃の粘膜を恒常的に傷つけているので特に弱いのかもしれない。場合によってはピロル菌の退治をお願いしたほうがいいかも知れないなんて考え出したので、またかない先生に診てもらう必要がありそうだ。

 64歳にもなってまだこうした症状に悩まされるとは悲しいほどだが、なんとも致し方ない。

 なお前回の精神性胃炎の記事は以下のとおり
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/21611-e7f8.html

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(23.7.16) NHKスペシャル 世界最大の液状化現象

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 液状化現象
がこんなに恐ろしいものだとは知らなかった。せいぜい地下から砂が噴出すことぐらいだと思っていたからだ。
しかし今回の東日本大震災に伴う液状化で私の住んでいる千葉県の埋立地帯で大規模な液状化が発生し、家が傾いて人が住めなくなったのには驚いた。
浦安・習志野・幕張といった風光明媚な住宅地がいずれもひどい被害にあった。

 特に浦安は日本でも有数の住宅地で、かつてバブルの頃私の同僚がここにマンションを持っていたが、「毎日のように業者が来て売ってくれと言われるのに困る」と言っていたのを思い出す。当時は毎日値段が上がっていた。

 この浦安で大規模な液状化現象が発生して市の4分の3に被害が発生したという。住宅が傾いたり沈んだりしただけでなく、地下に埋めていたパイプラインが浮き上がりまたマンホールが最高で3mも浮き上がったのだそうだ。
私も幕張でこの浮き上がったマンホールをずいぶん見たが、当初は周りの地盤が沈んだため相対的にマンホールが高くなったのだと思っていた。

 しかしこれはまったくの誤解で、地面が液状化したため空洞のマンホールが軽くなって、いわゆる浮き輪のような状態になって浮き上がったのだという。パイプラインも同様で浮き上がる時に崩壊したため、習志野市の担当者は復旧に5年程度はかかると言っていた。

 地盤の液状化現象とは砂粒が互いに絡み合ってかろうじて安定している地盤で、地震のためにその絡み合いがなくなり砂交じりの水状になる現象だが、こうなるためには地震の強さと長さが関係するという。
阪神淡路大震災では深度6以上の場所で液状化が発生したが地震のゆれは15秒間だった。直下型地震だったからだ。

 一方今回の東日本大震災震度5弱・強の地点でも液状化が発生しているが、この理由はゆれの長さが1分間も続いたためだという。
実験では震度5弱程度のゆれで1分間たつと液状化が発生していた。時間がたてばたつほど砂相互間の繋がりが切断されるためだという。

 確かに今回の地震の揺れの長さには驚いた。私はたまたま八王子市の実家に帰っていて、浅川の土手の上でJOGをしていたのだが、突然身体が揺れだしどうやっても制御できないのには驚いた。
当初は私の頭の血管が切れてふらついているのだと思って座り込んだのだが、そのときゆれているのが自分でなく地面だと気づいた。しかしその状態がいくらたっても終わらないのには驚いたものだ。

 さらに今回の液状化現象の発生場所は埋立地だけでなく、利根川周辺と言う内陸部でも発生していた。かつて利根川は曲がりくねって流れていたがその後堤防を設置して現在はほぼ直線になっている。利根川のかつての流れは三日月湖として残っていたがその後埋め立てられ、現在は住宅地となっている場所が多い。
そうした場所で液状化現象が発生し、住民は一様に驚いていた。

 液状化現象は三陸海岸の都市でも発生していて宮城県女川町では鉄筋コンクリートの建物が横倒しに倒れていた。
一般に鉄筋コンクリートの建物は地中に深くくいを打ち込んでいるので津波が来ても安全といわれていたが、実際は横転してしまう事例が出ていた。
調査をしてみるとかつての埋立地に建設されていた場合が多く、この場合はくいを打ち込んでも液状化すればスカスカの状態になってしまい、津波で横からの圧力と、水に浸かった場合は浮力が生じて、簡単にくいが抜けてしまうのだという。
鉄筋の建物と言っても液状化する地盤に立っている場合は危険です」と言うことだ。

 さらに今回のレポートは側方流動と言う現象が、特にコンビナート周辺で発生していた。側方流動とは聞きなれない言葉だが、地面が護岸に向かって数m移動してしまうのだという。
メカニズムはこれも流動化現象で、地面が液体状になって動くために特に護岸に向かって圧力がかかって護岸を崩壊してしまうのだそうだ。

 側方流動が発生するとコンビナートでは縦横にパイプラインが張り巡らされているため、この継ぎ目が壊れて火災が発生することが多いという。私の住んでいる近くの千葉県市原市では石油コンビナートの火災が発生し10日間燃え続けていたが、もし関東大震災並みの地震が発生すればこうした火災がいたるところで発生するという。

 研究者は護岸を強化するためにくいを打てといっていたが100m単位で約3億円の費用がかかるとのことで予算不足に自治体にとっては重荷だろう。

 しかし今回の地震でこんなにも広範囲に液状化が発生するとは驚きだ。史上最大の液状化と言っていたが、地盤のゆるいところはすべて液状化したというような感じだ。
来るべき関東大震災では一体どうなるのだろうか。
ここ関東地方では100年に1回程度の割りで大震災が発生しており、私が生きているうちに関東大震災並みの地震が発生する可能性が高い。

 一度液状化した場所は再度液状化するのは確実だから、東京湾沿岸の埋立地帯は再び大規模な被害にあうことは確実だろう。
対策を進めなければ大被害にあい、一方対策を進めようとしても予算不足に悩まされる。
人が住む場所の選定についてもかつてのような海岸に近い風向明媚な場所と言う選択基準ではなく、地盤がしっかりしている場所と言うような基準が重要視される時代になってきた。

 ここでも便利さより安全が求められるようになってきたといえる。時代が変わってきたのだ。

なお浦安の液状化については以下の記事を参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/23418-c8fd.html

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(23.7.15) NHK 異端の王 アフリカから来た皇帝 セウェルス

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 私の長い間の悩みはローマ史をトータルとして理解できないことだ。なにしろ期間が長い。たとえば帝政になった紀元前27年から東西にローマ帝国が分かれた395年まででも約400年、さらに西ローマ帝国が滅びた476年までであれば約500年も有る。
帝政の前の共和制の時代だって300年近くあり、東ローマ帝国の滅亡は1453年だからここまで含めると日本の歴史ぐらいの長さになってしまう。
だから、さっぱり分からないのも無理はない。

 私の場合古代ローマといえばほとんどがハリウッド映画しか浮かんでこず、ベンハークレオパトラハンニバルや、最近ではグラディエーターのイメージしかない。
小説では「背教者ユリアヌス」という辻邦生の小説を読んだことがあるが、ローマ史の中での位置づけはあまりよく分からなかった。

 一方ヨーロッパの知識人は何かと言うと現状を古代ローマと比較して考える癖があり、「ローマでは」と言うのが口癖でありローマ史に対する知識は相当なものだ。日本でも塩野七生氏のようなローマ史研究の第一人者がいて「ローマ人の物語」というような本を書いているが、なにぶん大部なので読む気力がわかない。
どうにかしてローマ史を知る手がかりはないものだろうか
悩んでいたらNHKが最適な番組を放映してくれた。
異端の王 アフリカから来た皇帝 セウェルス」と言う番組だ。

 ローマ皇帝になったアフリカ人がいたというのだ。場所は今のリビアカダフィ大佐の国だ。
当時と言っても2世紀の後半だがローマが最盛期を迎えた頃セウェルスはローマの属州だったリビアのレプティス・マグナと言う街に生まれている。
当時アフリカはローマの穀倉地帯で、ローマに小麦とオリーブを供給する基地だった。ローマの小麦の3分の2はアフリカから送られてきた。

 セウェルスはここレプティス・マグナで地方の名家の息子として生まれた。日本で言えば地方の豪族の息子と言うイメージだ。
当時ローマは100万都市であり、全世界の人口の4分の1、約5000万人を擁していた世界帝国だ。
都市には上下水道の設備や公衆浴場・集会所・コロセウムがあり、そして何よりローマと地方を結ぶ道路網が整備されており、案内役の青柳氏によると18世紀の産業革命前までは古代ローマの生活がどの時代の生活よりもレベルが高かったという。

注)過去の歴史を見ると一人当たりGDPで古代ローマ時代で最高になり、その後中世になって急激にGDPは縮小している。GDPは歴史的に見ても常に上昇するとは限らない。

 セウェルスが生まれたレプティス・マグナと言う町は1300年の間5m近い砂に埋もれていたそうで、発掘された都市は非常に雄大なものだがそれでもローマ市の20分の1、人口5万程度の規模に過ぎない。
現在の日本のイメージで言えば東京に対して新潟程度のイメージであり、地方都市出身のセウェルスが花の都ローマで一旗あげたいと思った気持ちはよく分かる。

 当時のローマは世界帝国だから属州の有力者もローマの元老院議員になる資格はあった。元老院議員の資格は25歳以上の裕福な市民で行政経験があるものだったそうだ。
18歳でローマに出てきたセウェルスは道路の維持管理のような市役所の職員のような仕事を7年間行い、晴れて元老院議員になった。セウェルスの親戚にすでに元老院議員がいたからその引きがあったのだろう。

 だが地方の名門の出であっても中央のローマ市民でないセウェルスはその後、20年余り地方の行政官のどさ周りをしている。
なにか平安時代の藤原氏以外の中小貴族が国司として地方周りをしていたがそれと同じだ。中央政界には通常はローマ市民しか進出できない。

 しかしローマの政情がセウェルスの野望を遂げるチャンスがめぐってきた。セウェルスが元老院議員になった頃はちょうどローマの最盛期の五賢帝の最後の皇帝、哲学者だったマルクス・アウレリウスの時代だったが、180年にアウレリウスが死ぬと息子のコンモドゥスが皇帝になった。
このあたりの事情については映画「グラディエーター」に画がかれていたので知っていたがコンモドゥスは一種の精神障害者であり、政治を省みることなく自分に反対するものを残忍な方法で殺す等、父親とは正反対のとんでもない男だった。

 このためコンモドゥスは部下に暗殺(それ以外に政権交代の方法がない)されるのだが、その後ローマの政治は現在の日本のように末期的な状態になってしまった。
もっとも問題なのはローマには食料が届かず(ローマ市民には無料で小麦が配られていたが北朝鮮のように配給ができなくなった)、辺境地帯ではブルタニアやドナウ流域やシリアで蛮族が一斉に進入してきた。ローマをつぶすチャンスが訪れたのである。

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 こうした危機の時代セウェルスパンノニアと言うドナウ川流域現在のオーストリア付近)で総督をしていたのだが自分が率いている5万の軍団をバックに皇帝争いに名乗りを上げた。
同じく皇帝争いに名乗りを上げたものにブルタニア(現在のイギリス)の総督アルビニスシリア総督ニゲルがいた。信長が本能寺で死去した後の羽柴秀吉、柴田勝家、徳川家康との戦いのようなものだ。

 このときセウェルスはローマに一番近い位置にいたこともあるが、軍団をローマに進駐させ(これはローマ市に軍団を入れてはならぬという規則に違反している)、元老院議員を脅しあげて皇帝になり、反対するシリア総督ニゲルとブルタニア総督アルビニスを打ち破って皇帝の地位を築くことに成功した。
193年、セウェルス46歳の時である。

 セウェルスの治世はその後20年間に及ぶが、ローマ市民から「帝国の再建者」と呼ばれるように、5賢帝の時代のローマが最高だった時代の再現を図ることに成功した。
特にローマの食糧事情が悪化していたのをアフリカの穀倉地帯を整備して再びローマ市民に小麦の配給を復活させ、コロセウムで剣闘士同士の殺し合いや猛獣との闘いのような娯楽を提供し、兵士の待遇改善によって辺境地帯を警備する軍団の士気を高め、そして何より軍人に結婚を認めてそれまで兵士は結婚できなかったことへの不満の解消を図った。

注)ローマ市民にとってはパンとサーカスを保障してくれる皇帝が最高の皇帝である。どさ回りが長かったため辺境を守る兵士の気持ちも分かり、ローマ帝国を守る底辺の人々の待遇改善をはかった。

 こうした措置によってローマ軍は往時の屈強な軍団によみがえり宿敵パルチア王国現在のイラク・イラン地方にあった)を破り、さらにブルタニア(イギリス)に遠征して野蛮人を平定しようとしていた時にヨークで病気で死去した。享年64歳だったという。

 セウェルスのような田舎者がローマ皇帝になれたのはローマが衰退期に入り、とくにコンモドゥスのような政治を省みない皇帝が続き、ローマの経済が崩壊したためであるが何か日本の現在の状況とよく似ている。
こうした時は異端の王が必要で、NHKは皮肉をこめてこの放送を放映したのではないかと思われるほどだ。

注)菅総理も異端の王であり、現状を無視して原子力行政をひっくり返せるのはこうした人しかいない。

 しかしセウェルスの死後皇帝になった息子のカラカラローマの公衆浴場にその名前を残している)は暗殺され、再びローマは衰退の歩みを止めることができなかったという。
私はこの番組を見て2世紀後半から3世紀はじめ頃のローマ帝国をようやくイメージすることができた。

 実際のローマ帝国はその後まだ200年余り、395年東西に分かれるまで続いているのだから、この時代は帝国の最盛期をやや過ぎた時代だったが、なにかローマ史理解の足がかりができてとても嬉しい気持ちがした。


 

 

  

 


 

 

 

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(23.7.14) 失敗記 私の頭は狂ってしまったのだろか? 健康保険証紛失事件

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 私が今まで生きてきた中でこれほど魔か不可思議な事件はない。
先日体調が悪くなって医者にかかろうと健康保険証を探したが、不思議なことにどこにもない。
私は通常財布の中に銀行カードと一緒にしまっているので、財布を何回もチェックしたが見当たらない。

 ふと置き忘れる可能性にある場所は決まっているので次にそこをチェックしたがここも見当たらない。
おかしいな、どこかに忘れてきたのではないか????」

 懸命に記憶をたどると最後に医者にかかったのは近くの耳鼻咽喉科であることを思い出した。よく見るとこの耳鼻咽喉科の診察券もない。
そうか診察券がないところを見ると、あの耳鼻咽喉科に置き忘れてきたんだ
さっそく自転車を飛ばして耳鼻咽喉科に行った。
3週間前にここで見てもらった山崎ですが、保険証と診察券を置き忘れてないでしょうか

 窓口ではさっと書類を確認し「私どもでは忘れた保険証があればその日のうちに電話をして取りに来ていただいております。お客様の保険証はありません
確信に満ちた態度だ。
しかし私は疑った。実は数年前にこの耳鼻咽喉科で保険証を返してもらわなかったことがあったからだ。
そのときは窓口の担当者と「返した、返さない」で押し問答して最後にどこからか保険証を担当者が見つけてきた。
また、あの時と同じではないのだろうか????」疑ったが拉致があかない。

 諦めて家に帰り仕方がないので健康保険組合に再発行の依頼をすることにした。
本当はあの耳鼻咽喉科にあるはずなのに、しっかり見つけてくれないから・・・・」ブツブツ。
再発行の手続きをして分かったが再発行のための依頼書に押印するのはともかく、さらに「保険証を取得した第三者が悪意を持って使用して保険組合に損害を与えた場合は弁済をする」と言う念書まで提出しなければならない。そして手数料は1000円だという。
まったく、必ずあの耳鼻咽喉科にあるはずなのに・・・」不満が鬱積した。

 再発行を依頼する前にもう一度耳鼻咽喉科の職員によく調べさせよう。おそらくカルテの間に挟まっているに違いない。
しかし尋常な頼み方では駄目だから調べさせるために若干の嘘も已むおえまい。

 「そちらの病院から電話をいただいて、保険証が残されていたので取りに来ていただきたい」と言われましたと嘘をつくことにした。
出てきた担当者は非常に真面目な人で、本気にしてあれこれ調べまくった結果上司と最終的に打ち合わせをして「本当に私どもからの電話だったのでしょうか?」と聞いてきた。
さすがに、そこまで調べてもらってないのでは仕方ない。諦めた。

 正式な手続きを踏むことにして保険組合へ再発行の依頼をしたが、実はそれ以上に厄介なことがあった。
この保険証を使用して拾った人がサラ金から金を借りる場合が想定され、そのための手続きとして警察と各融資機関に保険証の紛失届けを出さなければならないのだ。
クレジット会社の団体、銀行協会の団体、消費者金融の団体に紛失届けを出して登録をしてもらわなければならない。

 紛失届けはインターネットでダウンロードできるのだが、本人申請の確認のためにパスポートや運転免許証のコピー、警察への届出番号、住民票等の提出がいる。
そして手数料は郵便小為替で1000円だ。
その日は警察に行ったり、区役所に行ったり、郵便局に行ったりして一日仕事になってしまった。
なんでこんなことをしなければならないいんだ」怒りがこみ上げてきた。

 しかしこうして苦労した結果、保険組合から再発行された保険証が送られてきてようやく医者にかかれるようになったのだが、保険証を財布に入れようとして我が目を疑った

 入れようとした場所に前の保険証と耳鼻咽喉科の診察券があったのだ。
嘘だろう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私が何度も何度もひっくり返して隅の隅まで確認した財布に間違いなく保険証がある。
一体、俺は何を見ていたのだろう。財布の中に最初からあったんじゃないか、耳鼻咽喉科の担当者を疑って2回も調べさせたり、警察や区役所や郵便局にいったり来たりしたのはなんだったんだ・・・・・・・・・・・・・・」愕然とした。

 いまだに信じられない気持ちだ。昔私の近所に年配の女性がいて「○○さんが私の財布を盗んだ」と来た人を必ず疑っていた。
近所では「あの人のうちに行くと泥棒にされるから行ってはいけない」密かにお触れが出たものだ。

 そのときは笑っていたがどうも人事でなくなってきた。私の頭がどうかしてしまい他人を疑いだした。年を取るとこうしたことが日常的に起こるのだろうか。信じられない思いだ。


過去の失敗記は以下参照
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/cat8992478/index.html

 

 

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(23.7.13) ヨーロッパ経済は火の車 イタリアが火を噴いた

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 ヨーロッパ経済は火の車だ。とうとうユーロ圏第3位の経済規模を持つイタリアに火の手が上がった。
今まではギリシャ支援で手一杯だったのに、さらにイタリアまでがEUECBヨーロッパ中央銀行)の支援を受けるようではEUもユーロも持たない。

注)EU27カ国の中でユーロには17カ国が加入している。イタリアのユーロ圏でのGDP ウェイトは約17%。GDPに対する債務割合は120%。

 特に最大の支援国になるドイツが頭にきておりレスラー財務相は言い放った。
欧州の高債務国に対する追加支援策は不要だし、イタリアは自ら財政赤字抑制策を実施すると確信している
もう、ギリシャにもイタリアにも金は出さないという意味だが、それではユーロは立ち行かない。

 ドイツは妥協して民間金融機関が保有しているギリシャ国債の期限延長に応じるなら支援しても良いと言い出した。

 これに対しフランスはこのギリシャ支援の枠組みの中に、ギリシャ国債を持っている金融機関を含めるよう再提案した。そうしないと金融機関が期限延長に同意しないと思っているからだ。
理由はギリシャ国債を一番持っている金融機関とはフランスの大手金融機関だからだ。
ここは何とかドイツをなだめてお金持ちに資金を出してもらおう」フランスもせこい。

注)すでにギリシャへは1100億ユーロ(約12兆円)の支援を決めているが、さらに1200億ユーロ(約13兆円)の支援が必要とされている。現在この追加の支援をどのような形で行うかドイツとフランスがもめている。

 ギリシャ支援の枠組みが一向に決まらないのを見て、市場は次はイタリアだとターゲットを定めた。イタリアはギリシャの次に国家債務が大きい
ギリシャでさえ救えないのなら、イタリアは絶対に駄目だ・・・・
イタリア国債の利回りはこのところ急上昇して5.71%10年債)になり、ドイツ国債とのスプレッド(ドイツ国債から何%離れているかの値)は3%も広がってしまった。
またCDSクレジット・デフォルト・スワップ)はこれも3%で、かつてのギリシャ国債と同じようなトレンドを歩み始めた。

注)イタリア国債保有者が保険のためにCDSを購入すると実際の利回りは5.71%-3%=2.71%程度になるのでドイツ国債並みになる。これならドイツ国債を購入したほうが安全と言う判断になる。

このままでは、ユーロは崩壊する。EUの救済基金を倍増して1兆5000億ユーロ(約165兆円)規模まで膨らませる必要があるのではないか・・・・」EUの担当者が言い出した。

 実はユーロ圏の問題がここまで先鋭化した背景にアメリカの格付会社の態度表明がある。
ギリシャ支援で民間金融機関が期限延長に応じれば、選択的デフォルトとみなす
これにはドイツもフランスも頭にきた。デフォルトを避けようとしているのにデフォルトだなんて認定されては支援の意味がない。
ヨーロッパがアメリカの格付会社の格付で金融政策を左右されるのは適切でない。ヨーロッパは独自の格付会社を設立すべきだ
EUの担当者がほえたが、しかし犬の遠吠えになりそうだ。

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 なぜこうまでヨーロッパの財政危機が深刻かと言うと、リーマンショックに伴う金融危機を各国の財政支援でとりあえず抑えてきたが、状況は何も変わっていないからだ。
サブプライムローン問題も、不動産融資問題も不良資産を金融機関から各国の財政に移し変えただけで、こんどはその不良資産が国の財政を圧迫している。

注)通常金融政策においては防波堤理論と言うものがある。
中小企業の資金繰りが苦しくなると親会社を中心とする大手企業が資金繰りを助け、大手企業が苦しくなった場合は金融機関が助ける。ここでとどまっていれば問題は民間部門で方がつくが、金融機関で持ちこたえられなくなると、最後は国家が資金繰りをつける。
そして国家が破産すると後はIMFのような国際機関の出番になる。

 そしてリーマン・ショックから3年たって、財政状況の弱い国から国家破綻が顕在化しており、アイスランド、アイルランド、ギリシャ、ポルトガル、そしてとうとうイタリアスペインの国家財政に波及してきた。
こうした国々は日本と異なり国債消化を市場を通じて行っているので、悪い噂が出れば誰も国債の購入をしなくなりたちどころに資金繰りに窮する。
仕方なしにEUやIMFが支援することになるのだが、見返りは緊縮財政だからこんどは国民が黙っていない。
ギリシャがそうであるようにストライキで大騒ぎになってしまう。

 今思えばリーマン・ショックまではヨーロッパにとって夢のような時代だった。GDPは毎年確実に上昇し、EUは拡大し、ユーロ圏も拡大して貿易は毎年のように伸びていた。
個人は競って住宅投資や有価証券投資に邁進して、毎年金持ちになっていた。

 しかしリーマン・ショックで車輪が逆転して今は毎年のように(ドイツを除けば)経済状況は悪化している。
日本が不動産バブルが崩壊した1990年以降まったく成長が止まったように、今ヨーロッパ全体としてはリーマン・ショック後(日本の後を追って)成長の止まった社会になりつつある。

なおギリシャ経済については以下の記事を参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat44468201/index.html


 

 

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(23.7.11) 文学入門 国語元年 井上ひさし

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 今回の読書会のテーマ本は井上ひさし氏の「国語元年」である。レポーターは私でこの本(シナリオ)を選択したのも私である。
この本を読書会で読もうとしたのは前回の読書会のテーマ本、山口仲美氏の「日本語の歴史」のなかに、「日本の話し言葉が東京の山の手言葉に統一されるまで、大正の始めまでかかった」と記載されていたからだ。

 当初明治政府は共通会話に熱心に取り組み、学務局を設置して統一の話し言葉の制定に取り組んだが、すぐにその困難なことを悟り学務局を廃止してしまった。明治7年のことである。
このシナリオはそうした時代背景のもとで、全国話し言葉の統一を命じられた文部省4等書記官南郷清之輔の実らない苦労と、その結果としての精神の崩壊を描いている。

 もっとも井上氏の脚本はどれも愉快なものだから、出場人物はかなりハチャメチャでこの南郷家に全国各地の方言を持った人々が集まり、いわば日本の方言の縮図となっている。ノリは「ひょっこりひょうたん島」だ。

 主人公の清之輔は婿養子で、元々は長州藩の足軽の子で松下村塾出身であるが、気が弱く緊張癖があって、幕末の動乱時期は何も手柄をたてていない。しかし長州藩が明治政府の要職を占めるようになり本人は友人のつてで思いよらぬような重職についてしまう。
文部省4等書記官とは今で言う文部省の課長クラスであるが、こと話し言葉の統一に関しては局長級の権限を与えられる。当然言葉は長州弁をしゃべっている。

 養子先の南郷家は薩摩藩出身で、当主の重左衛門は西郷隆盛と縁があり薩摩をこよなく愛している。
清之輔の妻になったも薩摩弁を日常ではしゃべり、子供の重太郎も薩摩弁である。清之輔はこの家では立場が弱く、長州弁を妻にも子供にも強要できない。

 この家の女中頭は元旗本の妻女で江戸の山の手言葉をしゃべる加津であり、その他昔からいた女中は江戸下町言葉をしゃべる。奉公人の二人は東北地方の津軽弁遠野弁であり、居候の学生は名古屋弁、そこに語学アドバイザーとして押しかけた京都の公家公民公家言葉、泥棒に入って居ついた虎三郎会津弁、そしてこの物語の語り手になる最近やってきた女中のふみ山形弁という設定になっている。

 この国語元年は1985年にNHKの「ドラマ人間模様」の時間枠で放映されたそうだが私は見ていない。その後も舞台劇として劇場で演じられているので知っている人も多いようだ。
このシナリオは300ページ近くもあり、1ページに約500文字が記されているので、四百字詰原稿用紙で約375枚程度になる長編だ。

 私もかつてシナリオを書くトレーニングをしたことがあるので分かるのだが、四百字詰原稿用紙で50枚の作品に約3ヶ月かかった。ましてやこの作品では現在の標準語の横にルビで方言まで記載されており2倍の分量になる。
当然ドラマでは出演者はその方言をしゃべることになる。
井上氏の方言研究は本物で参考文献が37冊も掲載されていた。読むだけでも大変だっただろう。

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 あらすじ
は山形から女中のふみがこの南郷家にやってきたところから始まる。ふみの山形弁はここではまったく通じることがなく、さっそく言葉の上での行き違いが始まる。
ここ南郷家では薩摩弁が幅を利かせており、主人公の清之輔の長州弁は肩身が狭い。
叔父からは常に薩摩弁をしゃべるように強制されている。

 ところがある日清之輔が一気に立場を逆転することが可能な好機が訪れた。文部省の田中閣下から清之輔に全国話し言葉統一の仕事をするよう拝命を受けたからだ。
松下村塾の劣等生で戊辰戦争ではまったく役立たずだった清之輔の汚名挽回の好機だ。清之輔はおお張り切りでこの仕事に没頭する。

 当初は長州弁を基礎に話し言葉の統一を図ろうとするが叔父の重左衛門から大反対をされる。絶対に薩摩弁を使えというので大喧嘩が始まる。
そこに国学の師と称する公家の公民が勝手にやってきて清之輔のアドバイザーとして居候を決め込む。
この公民は酒を飲むこと以外には興味がないのだが、人の懐に飛び込んで相手を篭絡することがうまい。清之輔はすっかり公民を師と仰ぐ。

 公民のいい加減なアドバイスにしたがって清之輔は訛りの観察に着手する。そうすると東北地方の人は「」と「」を区別しないことに気づく。そして東京の下町言葉では「」と「」の区別ができないことを理解する。
これは発音が明瞭でないために起こる問題で、各人が口形練習をして明瞭な発音をすれば全国話し言葉の統一は可能になると清之輔は考え、家人全員にこの口形練習を強要する。

 そんな時盗人の虎三郎がこの屋敷に忍び込む。金銭を盗んでいこうしたが実際は金を落としていくような間抜けな強盗である。
この強盗から清之輔は話し言葉にそんなに苦労するなら、全国一律の書き言葉を話し言葉として採用したらどうかとアドバイスを受ける。
さらにいくら口形練習をしたとしても国ごとに名詞が違っていてはいくら発音が明瞭になっても互いに意志が通じない。たとえばスイカを名古屋ではモモと言うので薩摩の人にはわからない。

 やはりどこかの言葉を共通口語にしようとしたが、どこの言葉を採用するかでもめる。元会津藩士虎三郎に「会津訛りを共通口語にしなければ子供を殺す」とおどされ、清之輔は上司の田中閣下に「会津訛りを共通口語に」と伝えて大目玉を食う。
なんで賊軍の会津訛りを共通口語として採用するのか!!!!」田中閣下は名古屋弁である。

 田中閣下に怒られたことで清之輔は方針を変え、共通口語を維新の功労あった藩の言葉をそれぞれ採用する案に傾く。この案をもって役所に颯爽と出向いていくが虎三郎が夜半、田中閣下の家に押し入り「なぜ会津訛りではいけないか」と脅し上げていたため、虎三郎と清之輔はグルだと怪しまれてしまい、10日間の休職に追い込まれる。

 休職中も統一言葉の作成に没頭し、清之輔は官軍の言葉だけで標準化が図れると確信したが賊軍にだけ有る言葉についてどのようにするかが問題になった。清之輔はこの賊軍の土地の言葉、たとえば「ニシン」を新しい言葉で置き換えてしまえばいいと考える。
こうしてようやく案ができたのだが、こんどは叔父から大反対される。
薩摩弁は当然採用したのだが悪意有る言葉だらけだったので叔父の重左衛門が怒り狂って、清之輔の労作を破り捨ててしまう。
10日間寝食を忘れて作成した案がこうして無駄になってしまう。

 清之輔は段々と精神に異状をきたすようになり、最後は自分で言葉を作ってしまおうと決心してそれを実験し、この言葉ならうまく行くと思って役所に出仕した。
しかし「そのような言葉使いはできない」と田中閣下から永久休職を告げられ、清之輔がいた学務局も閉鎖されたところでこのシナリオは終わる。
清之輔はその後精神病院に入院し、20年間この病院にいて明治27年に死亡すると言う話だ。

 さて、この井上やすし氏の国語元年をどのように評価したらよいのだろうか。実際の日本の話し言葉は東京山の手(江戸の武士階級)の言葉がほぼそのまま採用されることによって現在の話し言葉になっている。
言葉は無理に統一しようとしても失敗したのはエスペラント語の歴史を見ても分かる。

 世界の共通語は現在はアメリカ英語だが、その前はイギリス英語で、さらに遡るとフランス語スペイン語が標準で有った時代もあった。
古代ローマでは当然ラテン語だった訳で、ここ極東では中国語だった。

 結局経済的にも政治的にも中心になる国の言葉をその周辺が採用するパターンで、これは日本国内においても変わりがない。
東京が日本の中心になったため山の手言葉が標準語となったといえる。
この国語元年はとても面白いシナリオで読んでいて飽きないが、結論はすこぶる明確で、自然と政治的・経済的に便利な言葉が共通語になると言うことだろう。

なおこの読書会の主催者河村義人さんの読後感想文は以下の通りです。私の感想文とはだいぶ異なりますので参照してください。
http://yamazakijirou1.cocolog-nifty.com/shiryou/


なお、私がシナリオライターになろうとして苦労の末失敗した記事は以下参照
http://yamazakijirou1.cocolog-nifty.com/oyuminoshikinomichi/2011/02/1948-8609.html

 

  

 

 

 

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(23.7.11) ストレステスト失敗 熱中症でダウン

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 昨日(9日)から今日(10日)にかけてウルトラマラソン体力がどの程度耐えられるかのストレステストを実施した。
江戸川の河口の葛西臨海公園から江戸川と利根川の合流地点に有る関宿まで走り、又引きかえしてくる片道60km、往復120kmのJOGである。
時間は24時間以内で、葛西臨海公園を朝の7時半にスタートした。

 私はこの夏に「トランスエゾ1100km」と言う競技に参加予定をしている。この競技は2週間にわたり毎日ほぼ80km程度走っては予定された宿で休み、また翌日走ると言う競技で、北の宗谷岬から南の襟裳岬までの間を往復する。
往路と帰路は道が異なっており、北海道の夏を満喫できる実にすばらしい競技だ。

 私が今回ストレステストを行おうとしたのは、この競技を完走するのに十分な体力があるかどうかを事前に確認するためである。
江戸川24時間120kmを走れれば十分な体力があるとしてOKのサインが出せる。
菅総理が行おうとしている原発のストレステストと同じ趣旨だ。

 スタート直後は雲空でまずまずの天候だったが、9時ごろからすっかり晴れ渡り、信じられないことにこの日関東では梅雨が空けてしまった
長距離ランの一番の大敵は太陽である。直射日光にガンガン照らされるとそれだけで体力が消耗する。

注)長距離走のベストコンディションは気温が低く風が強くないことで、小雨などは最適な部類に入る。

 この江戸川は土手に沿って自転車ロードが整備されており、もちろんJOGや散歩をする人も多い。「男はつらいよ」の寅ちゃんが柴又葛飾に帰ってくるときに必ず通るあの土手の上の道である。
いやだなー、青空一面で雲がまったくないじゃないか、こりゃ消耗するぞ・・・・・・」

 土手上の道路は基本的に木陰がない。上に道路や鉄道が走っている橋げたの下だけが暑さを防げる場所だ。
最初の15kmあたりまでは何とか走っていたのだが、急激に身体が重くなって動けなくなってきた。身体に熱がたまってそれを放出できないので一種の熱中症のような症状になる。この状態になるとどのように努力しても走れない。
人間も原子炉も同じようなもので熱がたまるとメルトダウンする。

 実はこの練習走についてTwitterで状況報告をしていた。いつものTwitter姉さんや謙会長や走友会のメンバーに応援してもらおうと思ったからだ。
だがしかし応援してもらうどころではなくなってきた。気温はぐんぐん上昇し各地で35度前後の気温になったそうだが、土手上のアスファルトの道は一体何度なのだか分からないくらい熱い。

 自転車に乗っている人は風を切って走るのでずいぶんいたが、JOGをしている人や歩く人は日が高くなるにしたがってほとんど見かけなくなってきた。
ましてや私のような長距離走をしている人は皆無だ。風もほとんど吹いてなかったので熱が発散できない。

 20kmあたりから完全にグロッキーになってしまい、橋の下の木陰で体温を下げるために寝転んだ。犬が体温を下げようとベロを盛んに出しているがあれと同じだ。
橋げたの下は風の通り道になっているのでそこだけが天国のような場所だ。

 最初は10分程度で起き上がったのだが、段々と寝ている時間が長くなる。橋げたのしたのコンクリートは蟻の通り道になっており、蟻が手足に食いつくのだがそれでも身体を動かすことができなかった。
12時前後は1時間単位で橋げたを見つけては寝ていた。
これではまったくJOGにならない。走っているより寝ているほうが長いのだ。

こりゃだめだ、まったく走るような環境じゃない、諦めよう
リタイアを決めたのだが、ここ江戸川のリタイアポイントは30km程度に有る三郷か45km地点の川間しかない。それ以外の場所では近くに交通機関がないのだ。

 30kmを越えてからまったく走れないので歩いては橋げたの下で寝ていた。水は途中の自動販売機やグランドの横に設置してある水道水があるので十分足りるのだが、それでも汗の量が半端でないので次々に水の補給をしなければならない。

 ほぼ12時間程度かけてようやく川間に到着した。45kmを12時間なんて信じられないような遅さだが、寝たり歩いたりでは当然だ。
こうしてトランスエゾのストレステストは見事に失敗してしまった。原発だったらすぐに炉を停止しなければならないような状況だ。
今年のトランスエゾは走りきることができるだろうか。不安感が心によぎる。

 

 

 

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(23.7.10) 井沢元彦 逆説の日本史 17江戸成熟編

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 私は井沢元彦氏の「逆説の日本史」のファンである。このシリーズはすべて購入して読んでいるが、最新の「17 江戸成熟編」「アイヌ民族と幕府崩壊の謎」を読んでみた。
この本は元々は週刊誌の週刊ポストに連載されているものを年に1回程度のペースで取り纏めシリーズの単行本として発売されている。

 なぜ私がこのシリーズのファンになったかと言うと、それまでの日本史がひどすぎたからである。日本の歴史を体系的に学んだのは高校の日本史においてであるが、今から思えばそれは日本の歴史ではなく、唯物史観で都合よく料理されていたプロパガンダだった。

 当時は学問の分野では左翼全盛時代で、私が学んだ高校の教師は共産党員だった。
共産党員としてはとても優秀な人で、学生を左翼運動に導くのに実に適格な指導をしており、私の友達の多くがその後共産党員になっている。

 授業は珍しく大学で行うようなセミナー形式で、しかも授業中に居眠りなどしようものならすぐさまつるしあげを行うような厳しい授業を行った。
あんた、寝ていたがこの○○について答えてみろ
答えられないと「立ってそこで反省していろ」と小学生に対するような罵声を浴びせるので、それ以降は誰も居眠りをしなくなったものだ。

 しかし日本史の授業そのものは最悪だった。日本人は昔から朝鮮民族を圧迫し、秀吉の朝鮮征伐、西郷隆盛の征韓論、明治政府の日韓併合、そして第二次世界世界大戦での中国人民への圧迫等、日本人は極悪非道な民族であること教えられた。
また国内においては武士は百姓を「生かさぬように殺さぬように」支配したトンでもない搾取階級だ、と言うのが日本史のエッセンスだった。

 日本史を学んで私は「こんな嫌な日本人であるのは止めてしまいたい」心底そう思ったものである。
私はすっかり日本史の授業が嫌になり、二度と日本史を学ばないことが精神衛生上最高の方策だと思うようになっていた。

 それから数十年、この井沢元彦氏の「逆説の日本史」を読んだときには驚いた。
井沢氏の方法論は日本の歴史を体系的にに追うことと、当時の世界の水準と常に比較対照し世界史レベルの中で日本はどうであったかとに比較する方法論を採用していた。
常に世界史の中の日本と言う比較歴史学になっていた(世界史的な視点で見ると、特に日本人が極悪非道と言うことにはならない)。

 さらに私が過去に学んだ歴史は唯物史観で歴史を切るというもので、「下部構造が上部構造を決定する」と言うもので、経済現象ですべての歴史が理解できるというものだった。
一方井沢氏の方法論は日本人の心の奥に潜む怨霊(おんりょう言霊(ことだまといった精神構造が歴史を動かしていくファクターになっており、「上部構造が下部構造を決定する」という側面を強調していた。

注)井沢氏は必ずしも上部構造だけが歴史の要因とは言ってはおらず、たとえば武士の誕生は農地の支配の仕方が基本的ファクターだと述べている。正確には上部も下部も相互に作用するというのが正しいのだが、それまでの歴史学が下部構造一辺倒だったため、井沢氏の主張は上部構造に力点がおかれている。

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 今回のシリーズでとても面白かったのは、「ユートピアとしての江戸論」で、この中で以下のようなクイズを出していた。
日本、エジプト、中国、韓国、タイを舗装率を高い国順に並べよ」と言うものだがうまく答えられるだろうか。
正解は「タイ、韓国、中国、エジプト、日本の順」なのだ。

 なぜ日本の舗装率が低いかと言うと「馬車の文化がなかったから」と言うのがその回答になっている。最近は自動車文明の只中にあって、舗装していない道路を探すのが難しくなってきているが、近代までは馬車を主要の交通手段にしていた国の舗装率が断然高かったヨーロッパは古代ローマの時代から主要道路は舗装率100%だった)。
そしてその影響が現在まで及んでいて日本の舗装率が低いのだという。

 日本だけが馬車の使用を禁じたのだが、これは江戸幕府が主要な川に橋を架けなかったのと同じで、馬車などがあると道路が整備され、その高速道路を使ってすぐに江戸に攻め込まれてしまう危険性が高くなるからだった。
そのためわざとと言う遅い乗り物を強要したのだという。

 江戸時代とは便利さを捨てて安全を重視した時代で、菅政権が福島第一原発の事故に懲りて「原発については電力供給よりも安全性を重視する」といっている心と同じともいえる。
私が昨日も書いたように日本は江戸化し始めているのだ

注)江戸化については昨日の記事を参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/2379-a891.html

 

 

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(23.7.9) 世界が江戸化しつつある。再生エネルギーの時代

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 原発
から再生エネルギーへの転換が急速に進もうとしている。
すでにドイツ、スイス、イタリアは原発に依存するエネルギー政策を否定して、再生可能エネルギーへ大きく舵を切った。
日本では菅総理が一人で再生可能エネルギー政策に邁進している。

 識者の多くが再生可能エネルギーだけで生活はできず、かえって化石燃料の使用が増えて地球温暖化に悪影響が出ると警告している。
確かに現状の産業構造や生活態度を変えないのであればエネルギーが不足し、天然ガスや石油の使用料が増えるだろう。

 しかしこと日本に限って言えばそうした心配はなさそうだ。現在日本の製造業は東日本大震災の影響も有って日本を部品供給の基地にしておくことに疑念を感じ始めた。
多くの大企業、中小企業が公然とであれ密かにであれ日本から脱出している。
日本が製造業の基地で輸出立国だった時代は今急速に終わろうとしており、実際東日本大震災の後は貿易収支は赤字が続いている。

 一般にこの貿易収支の赤字は一時的なもので秋以降急激に貿易収支は黒字化するといわれているが、かつての日本がそうであったような黒字化は見込まれないだろう。黒字と赤字が交互に発生するような状態が続き、最終的には貿易収支の赤字が定着するはずだ。

 日本は円高の影響で輸出基地としてはもっとも適さない場所だったのにも関わらず、無理に無理を重ねながら製造業を維持してきた。
そのうちの一つのファクターに世界一高品質の電気があったが、福島第一原発の事故以降日本の電力事情は急激に悪化している。
企業に15%の使用削減を要請しているが、一方で海外に24時間いつでも電力が利用できる環境があれば自動車産業であれ、半導体産業であれ日本を脱出するのは当然だ。

 製造業が脱出し、その結果日本人の生活水準が引き下がるのは不幸と思う人が多いが、必ずしもそうではない。反対に生活水準を引き下げても幸福な生活をおくった時代が日本には有った。
江戸時代である。
通常私達は江戸時代を暗く年がら年中農民一揆が起こっているような時代としてとらえているが、それは明治政府の意図的な悪意有る中傷と、戦後はマルキシズム歴史学が江戸時代を貶めて評価していたせいである。

注)江戸時代の前が安土桃山時代で、海外貿易の伸張によるGDPの極大化を目指したり、植民地獲得競争(朝鮮出兵)に乗り出そうとした時代だった。
一転して江戸時代は鎖国政策をとり国内市場だけで自給自足を図ろうとした。


 考えても見てほしい。江戸260年間においては日本は対外戦争はおろか対内戦争も起こらず、武士は戦争がないためすっかりサラリーマンになってしまい、幕末には旗本は戦うこともできなくなっていた。
平和といえばこれほど平和な時代はない。

 百姓一揆も起こることはあったが、それよりも静かに耕作をしていた時代のほうが圧倒的に多いのであり、もし一揆ばかりが日常であれば誰も農作業をしないのだから日本人全体が死に絶えてしまう。

 それぞれが分に応じてつつましく生きており、そして再生可能エネルギーの使用と言う点では最高度に発達していた。
当時のエネルギーは木炭だが、これは林を適度に維持すれば再生が可能であり、取れた食料は捨て去るようなこともせずすべて食し、衣料なんかも何度も仕立て直しては使い、人糞は肥料として利用されていたのだからこれほどエコな時代はない。
当時の江戸は世界一清潔な都市だったという。

注)ヨーロッパの都市では糞尿を通りに捨てていた。

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 現在のGDP万能、経済成長一辺倒の時代がいつまでも続くことはありえない。
特に日本のような高度に発展した先進国では、後は無駄に無駄を重ねる以外にGDPを増加させる手段はない。
道路は行き渡っていても無理やり高速道路を造って熊や狐の遊び場にしたり、飛行機の飛ばない飛行場を作ってピーターラビットの楽園にしたり、漁船がほとんどない漁港を整備したり、思いっきり豪華な公民館を造っても利用者がほとんどいないので、閑古鳥が鳴いている設備は全国に溢れんばかりに有る。

 また食料についてもスーパーやコンビニでは期限が切れたといってはすぐに廃棄するが、本当に食べれるかどうかは自分で調べてみれば分かるので個人の判断に任せれば多くの食料が無駄にはならない。
第一捨てるほどの食糧生産をするのが間違っているので、少し足りないぐらいのほうが食料を大事にする。

 電気は夜も昼も煌煌と照らすのがナウだと思われていたが、東日本大震災の後はすっかり様相が一変した。
無駄な電力消費を止めれば、夏場の電力の15%カットでもやっていける目処が立つくらい、不要なものの生産にあくせくしていたことが分かってきた。
そんなことをするくらいなら江戸の住民がそうしていたように暑い時期は寝そべって夏をやり過ごすのが合理的だ。

 より裕福になろうというような考えさえなければ、今のままで十分すぎるほど裕福なのだから、後は無駄をどんどん省いて有余る時間を好きな趣味に費やすのが粋な生き方だ。
私などは時間ができるとマラソンばかりしているが、こうした趣味に生きる生き方が江戸時代の真髄だ。

 再生可能エネルギーの範囲でのんびりと暮らすのがいいので、何もわざわざ苦労するために原発を維持したり天然ガスを輸入したり原油の輸入であくせくすることはない。
こうした江戸化した時代にヨーロッパと日本が入ろうとしており、時間差はあるがアメリカもそうなるだろう。
人は豊かになればそれ以上豊かになるよりも時間を自由に使って趣味に生きるほうが幸せなのだ





 

 

  

 

 

 

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(23.7.8) 菅総理の最後の戦い  再生可能エネルギー法案の成立か国会の解散か

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 こういうのをこけの一心愚者も真面目に仕事をすれば通ずるという仏教用語)と言うのだろう。菅総理が満身創痍の中で打ち出した「退陣3条件① 第2次補正予算、② 特別公債法案、③ 再生可能エネルギー法案)が成立しない限り絶対に退陣しない」という決意は本物のようだ。

 日本の総理大臣は外国の大統領と比較するとほとんど権限を持ってないようなものだが、ただ一つ絶対的と言う天下の宝刀が有る。
衆議院の解散権で「俺の退陣3条件を満たさない限り、衆議院を解散して民意を聞」という手が残されている。

 そんなことをされて一番困るのは民主党で今選挙を行えば地すべり的敗北を喫し、特に前回民主党ブームで当選した新人議員はほぼ全滅することは確かだ。
だが菅総理としては小沢氏に付き従う新人議員など邪魔以外の存在でしかなく、また鳩山派などはまったく居なくなってほしいぐらいだから、負けを覚悟で総選挙に打って出る可能性は残されている。

 選挙の争点が「再生可能エネルギー法案に賛成するか否か」と言うことになれば、多くの有権者が法案に賛成することが予想されるので、まったく勝ち目がないという状況でもなく政党の再編成原発推進グループと自然エネルギー推進グループ)も起こるかもしれない。
そうした読みがあったのだろう、菅総理は突然原発のストレステストを指示した。

 これに一番驚いたのは海江田経済産業相で、海江田氏は経済産業省の意向を受けて、九州電力玄海原発の再稼動のための説得を佐賀県知事玄海町長に行ってきた。
知事と町長の了解をようやく取れたと思ったら、ストレステストが必要だと菅総理が言い出した。
俺の立場はどうしてくれる」海江田氏は怒り心頭だ。

 今原子力発電は風前の灯になっており、稼動しているのは54原発のうち17基で3割にすぎない。
しかも稼働中の17基についても今後1年以内に定期検査に入る予定になっており、現在停止中の原発が再稼動しないと1年以内に原発の稼動はゼロになってしまう。

 経済産業省としては電力の30%を占めていた原子力発電がゼロになっては大変なので、何とか再稼動にこぎつけようと原子力安全・保安院をたきつけて「安全宣言」をださせ、再稼動に前向きだった佐賀県の玄海原発を稼動させようと躍起となっていた。

 これを腹立たしく思っていたのが菅総理で、「安全宣言」も菅総理の許可を得ずにされてしまったことから、なんとしても経済産業省の原発路線を止めようと最後の賭けに出たのがストレステストである。
原子力安全・保安院は経済産業省の手先だ。そんなところの安全宣言など信用できない。ヨーロッパ並みのストレステストを実施する」菅総理が一人でいきまいた。

 今菅総理に残されたカードは原発を停止し再生可能エネルギーだけで国民生活が可能な社会を築くことだ。
ドイツ、スイス、イタリアが原発を捨てた。日本は原発事故を起こしてこんなに苦労しているのに、原発推進なんてありえない。全部止めて再生可能エネルギーで代替しよう

 実は原発再開と再生可能エネルギーの開発は両立しない。原発があれば無理して再生可能エネルギーの設備を建設することもないし、第一コスト的に対抗できない。
特に問題なのは送電設備で、風力発電所を建設したとしても電力会社が送電線を引いてくれるかどうか分からないことだ。
送電線の建設資金がかかりすぎます。そんなことをするくらいなら休止中の原発を再稼動させたほうが安上がりです」必ずそうなる。

 菅総理の言う「再生可能エネルギーで生活する社会」を建設するためには是非とも原発を停止してしまわなければならない。
もちろん電力の30%占める原子力発電がなくなれば、日本の産業に多大な影響を与えるが、菅総理はそれでもいいと判断している。
俺は歴史に名を残したい。21世紀最大の日本の決断だったといわれたい

 総理は現在孤独の最中にある。海江田経済産業省は辞任するつもりだし、今までは何とか菅総理を支えてきた岡田幹事長も菅総理を見放した。
松本前復興相などはほとんどやけっぱちでわざわざ菅総理の足を引っ張っていた。

 菅総理に残された手段は「衆議院の解散権」しかない。
再生可能エネルギー法案可決か衆議院解散か」最後の賭けにでようとしている。


注)菅政権に関する記事については以下にまとめてあります。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat43144406/index.html

 

 

 

 

 

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823.7.7) 刑事コロンボのピーター・フォークさんが亡くなられた。

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 私の大好きだったテレビドラマ、「刑事コロンボ」の主人公を演じていたピーター・フォークさんがなくなられた。享年83歳だった。

 刑事コロンボがアメリカで放送開始したのは1968年だが、日本ではNHK1972年から放送を開始している。総本数は69本だそうだが、私はそのほとんどのシリーズを見ている。何か日本の「男はつらいよ」のアメリカ版みたいなテレビドラマだ。

 1972年は私がサラリーマンになって2年目頃のことであるが、そのドラマの作り方の新鮮さに度肝を抜かれた。それまでの刑事物やスリラー物は犯人は当初誰だか分からず、それを刑事や探偵が追い詰めていくという構図がほとんどだった。

 しかしこの刑事コロンボでは最初に犯人が完全犯罪をねらって周到な殺人を犯し、アリバイ工作もばっちりと固めているのだが、それをコロンボが些細な相手のミスを見つけて精神的に追い詰めていき、犯人がボロを出して自滅すると言う構図をとっていた。

 このシリーズが大ヒットした理由に「犯人は大抵がアメリカ社会の上流階級であり、それをさえない中流以下に見えるコロンボが追い詰めるという構図」が、特にそうした立場に有るアメリカ人の溜飲を下げたからだともいわれていた。
確かにそうした面はあったかもしれないが、本当の面白みは完全犯罪を暴いていくコロンボの手腕だったと思う。

 捜査方法のなかで犯人と想定される人物にしつこく付きまとって質問を繰り返し、相手がイラついて怒りに任せて犯行を自供してしまうような場面は特に秀逸で、人間心理の研究に役立つ。

 私がこのシリーズの中でもっとも好きな一本は第19作目の「別れのワイン」で日本では1974年に放送され、その後何回か再放送されている。
今回ピーター・フォークさんの死去を悼んでNHKが「人気の高かった番組」の再放送をしたが、そのうちの1本の中にこの「別れのワイン」が入っていた。

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 「別れのワイン」がなぜ評判の1本になったかは理由がある。
他の作品に出てくる犯人は大抵が強欲な人か、過去に傷を持つゆすられていた人で当初から完全犯罪を目指す。
しかし「別れのワイン」の主人公はワイン生産に一生をささげている誠実な企業家で、一方殺された主人公の弟は金使いの荒いプレーボーイで、金のためにこのワイン工場を売り払おうとしているトンでもない男との設定になっている。

 主人公の兄は25年間に渡りこのワイン工場の社長をしていたが、実際のオーナーは殺された弟で、弟は地味な商売をするのが嫌で、この工場を兄に任せて本人は自動車のレーサーやスキューバダイビングを楽しんでいた。
そして工場に現れては兄に金の無心をしていたが、今度は「工場を他の安ワインを製造している会社に売り渡す」といったために、兄が衝動的に弟の頭を殴打する。

 弟は気を失っていただけだったので、会社に有る最高級ワインの貯蔵庫に手足を縛って弟を閉じ込め、空調をとめることによって窒息死をはかり(死ぬのに2日間ばかりかかった)、その間兄はニューヨークに出張してアリバイ工作をする。
そして窒息死した弟にスキューバ・ダイビングの装備を着せて海に放り投げることによってアリバイが成立したことになっていた。

 「別れのワイン」がとても感動的なのは殺人者の兄が誠実な企業家で殺された弟が強欲であることと、コロンボが犯人を追い詰めていく過程でコロンボ自身もワインの専門家顔負けの知識を有して犯人と対等に渡りあうやり取りに有った。
最後はコロンボが主人公を高級レストランに招き、特別高級なワインを注文する。
それが40度を越える猛暑の中に置かれていたため酸化してしまっているワインであることを、犯人である主人公が見抜いて怒りに震える場面がこの映画の見所で、これで主人公が犯人と分かってしまうと言う筋立てだった(普通の人は酸化がわからない)。

 このワインは実は主人公の酒蔵に有った一品で、それをコロンボがくすねて(これは犯罪ではなかろうか)、高級レストランのワイン担当と示し合わせてそれを主人公に飲ませるトリックだった。
弟を窒息死させるために酒蔵に手足を縛っておいて空調を止めたために、その間に40度を越す高温の日があって主人公のもっとも大事なワインコレクションがすべてが酸化し無駄になっていたからだ。
失意の主人公がそれを海に捨てているところで、コロンボが現れ自供する筋立てになっていた。

 主人公のワインを愛する気持ちがひしひしと伝わってきて、コロンボも主人公に対して尊敬と易しさを持って接しており、私もこの主人公に感情移入した。
最後にコロンボと主人公がコロンボの用意した最高級ワインを「別れのワイン」として飲むシーンで終わっていた。

 私が見たアメリカ映画のシリーズでは、この「刑事コロンボ」が一番好きだ。
就職してから引退した今までこの映画はいつも楽しませてくれた。
ピーター・フォークさんのご冥福を祈りたい


なお最近書いた他の映画評論「岳」は以下参照。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat44036154/index.html



 

 

 

 

 

 

 

 

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(23.7.6) サル山のボス猿は誰か? 落ちた猿になった松本復興相

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 思わず失笑してしまった。岩手・宮城の両県知事を訪問した松本復興相が高崎山のボス猿合戦をし、結果的にボスの座を追われてしまったからだ。

 ことのおこりは宮城県庁を訪問した松本復興相を宮城県の村井知事が出迎えず、後から応接室に入ってきたことに腹を立て、暴言を吐いたことに始まる。
「(
自分なら)立ってお迎いするよ
お客さんが入ってくるときは、自分が入ってからお客さんを呼べ。自衛隊ならそんなことやるぞ」言い放った。
村井知事は自衛隊出身である。

 メディアは一斉にこうした松本復興相の高圧的な態度を非難し、「国と地方自治体の間には上下関係はない」と松本氏の態度を非難した。
確かに建前上は国と地方自治体との間には上下関係はないが、実際は地方自治体の長は国の担当大臣や所管官庁に日参して、地方交付税等の予算獲得に血なまこになっており、与えるものと与えられるものの上下関係は存在する。

 松本氏は当然復興相としての与える立場にあると思っていたのが、信じられないことに村井知事がそうした上下関係を無視して、遅れて応接室に入ってきたのだ。
そのため精神の安定感を欠いた松本大臣は言い放った。
お前は誰が高崎山のボス猿か知らないな。なら教えてやろう

 終始松本氏が村井知事にぞんざいな言い方をしたのはボス猿としての威厳を示したかったからだ。
「(漁港の集約をしたければ)県でコンセンサスを得ろよ。そうしないと我々は何もしないぞ。ちゃんとやれ」とますますヒートアップした。

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 日本人なら誰でも知っているが、日本社会ではどこでも微妙な上下関係が存在する。
たとえば会社であれば課長と部下と言う明確な上下関係以外に、課長間でも実力課長とそうでない課長との間、部下の間でもベテランと新米、能力の有る者と無能な者との間に、いわば目に見えない上下関係が網の目のように張り巡らされている。
そしてこれを無視したり破ったりするとその社会からひどい迫害(大抵の場合は無視されて干される)を受ける。
よくテレビドラマでするお局様と新人女性社員との確執もこの範疇だ。

 人間も社会的動物だから、他の社会的動物(猿やジャッカル等)が必ずそうするように順位付けを行い、順位が確定すると安定した社会関係が得られる。
特に日本では順位によって言葉使いが異なるから、いち早く順位付けをしなければならない。
通常日本人は3種類の言葉を使い分ける。

① 目上の人に対する丁寧語。
② 同僚に対する打ち解けた言葉
③ 目下の人に対する命令語、またはぞんざいな言葉


 順位付けが終われば使用する言葉も決まり、その言葉によって態度も決まるので安定した人間関係が構築される。
猿で言えばお尻を差し出し、毛づくろいをするのと同じだ

 しかし両者がボス猿合戦をするとことが面倒になってくる。実力で雌雄を決しなければならない。
村井知事は気骨有る知事だから無論自分の方が松本大臣より上だと思っている。
だから応接室に遅れて入ってきた
これもサラリーマンなら誰でも知っているが会議が開催されて、一番最後に入ってくる人がボス猿だ。

注)私がかつてサラリーマンだった時部長より常に遅れて会議室に入ってくる課長がいた。部長は酒の席で「この部の本当の部長は○○課長だ」とこぼしていた。

 松本大臣は自分がボスとして扱われないので、怒りが頂点に達し精神が不安定になってしまった。そこで、ボスの威厳を示そうと躍起になったのが今回の訪問での言葉遣いである。
俺がボス猿だ、毛づくろいをしろ、毛づくろいだ!!!」怒鳴りまくった。

 さすがに村井知事は大人で「お互いの立場を尊重する時は命令口調でないほうがいいと思う」とコメントしたが、本音は「あのバカ猿が・・・・・」と言うところだろう。
そして世間では「松本氏はボス猿にあたいしない」と轟々の非難がでたため、さっそく菅総理から首になってしまった。

 松本氏はボス猿合戦で「落ちた猿」になったのである。


別件)「おゆみ野四季の道」「おゆみ野四季の道 その2」のカウンター10000を加えました。











 

 

 

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(23.7.5) 中国の不動産バブルは崩壊前夜

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 バブルは崩壊するまでは驚異的な経済発展と呼ばれ、崩壊した後でバブルと呼ばれる。

一番の問題はすべての人がバブルっているときは不動産価格も株価も信じられないようなスピードで上昇するから、これが崩壊するなんて誰も思わない。

 1980年代後半の日本がそうした状況で、当時のある株の指南書はそれまでの上昇率を単純に延長して日経平均は7万円になるだろうと予想していた。
現在1万円以下で低迷している日経平均が当時は7万円になると思われていたのだ。

注)私もこの本にだまされて株を購入したものだ。

 また不動産価格も一日単位で上昇し、私の父が家を購入した先の不動産会社のあんちゃんが「山崎(父のこと)さん、あなたは幸せものだ。1日遅れれば5百万円は高く払わなくてはならなかったんですよ」とはしゃいでいたのを思い出す。
そして千葉市には土気にチバリーヒルズと言う高級住宅地があり、当時約10億円で販売されていたがバブル崩壊直後は1億円になったと噂されていた。

 今中国で発生している不動産価格の上昇も当時の日本とそっくりだ。
大前研一氏によれば、中国には現在約8千万室の空き室があり、お金を持っている人は不動産を2軒、3軒持って値上がりを期待しているのだそうだ。
すでに不動産価格は中国の平均年収の80倍にまで上昇し、フランスの5倍日本の8倍の比ではない。

 日本のバブルがはじけたのは年収の15倍程度になり、政府・日銀が不動産融資を大幅に絞ったのが原因だが、現在中国でも人民銀行預金準備率を昨年の17%程度から21.5%まであげて市場からマネーの引き上げを行っている。

 不動産価格はここにきてようやく上昇率が鈍り始め、中国国家統計局の発表では、この5月の全国70都市での不動産価格の推移は、低下9都市、維持11都市、上昇50都市だそうだ。
これまで上昇の一途をたどってきた不動産価格が一部の都市であれ低下したのは金融引締めの効果が現れてきたといえるが、これに驚いた国務院が「人民銀行の引締めは急激過ぎる」とクレームをつけていた。

注)日本でも日銀が引締めに入ると、政府筋がよく緩和を要請する。

 中国人民銀行が引締めをしなければならない理由は不動産価格の高騰の他に、消費者物価の上昇が収まらないことがある。消費者物価全体では5月は5.5%の上昇だが、食料品だけに限れば11.7%、そして豚肉の上昇は40.4%だという。
日本人なら豚肉が上がれば牛肉や鶏肉や魚で代替するが、中国人は何はなくても豚肉だから豚肉の上昇は消費者の怒りを買う。
家は高すぎて買えないと思っていたら、もう豚肉も食べられないのか。家も豚肉も政府のお偉方だけが独占している」

 豚肉の上昇は一種のピックサイクルで2008年に豚の病気で出荷量が激減し、豚肉が高騰した。そこで養豚業者が豚の飼育を一斉に始めたが、こんどは出荷量が多すぎて2009年に大暴落をしてしまった。
それに懲りて養豚から撤退者が続出し、今品不足に陥っているという。
しかしこれも品不足で足元を見た業者が値を吊り上げているので、「品不足+投機資金の流入」が本当の姿だ。

 人民銀行は不動産価格と豚肉価格を下げるために引締めを堅持しなければならず、おいそれと緩和する訳にはいかない。
こうしてあれほど強気だった中国のGDPも昨年からの四半期ベースで徐々に低下してきており、市場関係者は中国経済は減速局面に入ったと評価している。

注)四半期ごとのGDP 10年1四半期 11.9%、2四半期 10.3%、3四半期 9.6%、4四半期 9.8%、11年1四半期 9.7%

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 今市場関係者の最大の関心は中国経済が減速するとしてそれはハードランディングソフトランディングかの1点に絞られてきた。
不動産価格や消費者物価に注目する人はハードランディングを予想する人が多く、一方GDPの推移や新車販売台数や鉱工業生産指数に注目する人はソフトランディングを予想する。

 よく中国の不動産バブルが崩壊しない理由として、「金融機関からの借り入れが少なく自己資金でまかなっている」からと説明する人が居るが、それはあくまで1軒目の家屋のことで、何軒も自己資金で購入できる人は多くない。

 やはり人民銀行の引締めは相応の打撃を不動産市場に与えるはずで、不動産価格の推移には最高度の注意が必要になってきた。
日本もアメリカもヨーロッパも不動産市場の崩壊で長期低迷に陥ったのだから、中国だけが例外と言うわけにはいかない。

 現在の世界景気は中国が支えているようなもので、原油価格も鉄鉱石価格もレアメタルも食料も中国の好景気が続くとの前提で高値推移している。
もし中国のバブルがはじければリーマンショックのあとと同様に、コモディティ価格は暴落する。
原油や鉄鉱石や石炭や食料価格は今神経質に上下動を繰り返しており、一時のような直線的値上がりはなくなった。
市場は中国の景気動向に釘付けだ。

 バブルは崩壊して初めてバブルと分かるので、それまではバブルっているどの国でも、自国だけは「神の恩寵のもとに居ると舞い上がっているものだ。
中国は一体どうなるのだろうか。
不動産バブルの崩壊前夜だとは誰でもわかるのだが、それがいつかは誰にも分からない。

なお中国経済に関する過去の記事は以下にまとめてあります
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat43974941/index.html




 

 

 

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(23.7.4) 東京電力解体極秘プラン  毎日新聞のスクープ

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 福島第一原発の事故に伴う賠償金を誰が払うかで、東電と政府が綱引きを行っている。
東電の勝俣会長が「原子力損害賠償法」の「巨大な天災地変の免責条項」を楯に、「東電が賠償金を支払う義務はない」と詰め寄ったが、この件の責任者である仙石官房副長官から「それなら東電を解体する」と逆提案されてしまったと毎日新聞が報じた。

 確かに法的には東電に賠償金を支払う義務はない。今回の東日本大震災は誰が見ても「想定外」で、福島第一発電所の予備電源がすべて水に浸かり稼動しなかったのは東電の責任とは言いがたい。
しかし「だから東電には責任がない」と言うことになると、誰に責任があるかと言う問題になってくる。

 考えられる責任の所在は以下の通り

① 誰も責任がない。想定外の事故で責任のとり様がない。
② 東電の責任とする。絶対に原発事故は起こらないと明言していた。
③ 政府(行政)の責任とする。数千年に1回は起こる巨大地震の対応を東電に指示しなかった。
④ 東電と政府の責任とする。両者は想定外を想定していなかった。

 現状はで東電も政府も被害者救済に当たろうとしているが、その中身となると同床異夢だ。
この6月に「原子力損害賠償支援機構法案」を閣議決定したまではいいが、法案は与野党対決国会で成立の目処が立っていない。
そしてこの法案の中身はできるだけ電力会社に拠出金をださせそれを賠償に当てようというもので、不足をすれば政府が公的資金を出すというものだ。

 当然いくつかの問題がある。

 東電以外の電力会社は拠出金を出すことを嫌がっている。
「原発事故は東電の問題で、その他の電力会社の責任ではない」
「まあ、出してもいいが一番多く出すのは東電で、その他は付き合い程度だ」
「賠償額がいくらになるか見当がつかないのでいくになるか見当もつかない」

等である。

 また東電にしても経営問題があるから、「原子力損害賠償法」を楯に拠出金の支出を渋る。
「責任は東電にないと、法律に書いてある」
「出すとしても経営に支障が出るような大金は出せない」
「電力各社が経営状況に応じて拠出金を出せばよいので残りは政府出資にさせよう」


 一方政府としては赤字国債を発行するための法案一つ国会を通すことができない状況で、自民党は子供手当ての見直しがなければ法案に賛成しない。
被害者の損害賠償しようにも法律は一切通らず、金はないので原発の被害者に保障ができない。
だから当面は東電が一時金を出せ」
「基本は東電がすべての保障をすべきで政府は出すのはおかしい」
「東電が渋るなら東電を解体して解体資金で賠償をしよう
」と言うことになってきた。

 この最後の案が東電の発送電分離案で、発電会社、送電会社、配電会社に東電を分離し、現状の資産7兆円のうち約5兆円を民間の他の会社に売り払ってその資金で損害賠償に当てろと言う案である。
毎日新聞のスクープはこの分離案が政府首脳の間での確認事項になっているのに、分離するための法改正が当面成立の目処が立っていないと言う。

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 なぜ政府首脳、分けても菅総理がこうした分離案に傾くかと言うと、政府に支払う金がないこともあるが、今のままでは絶対と言っていいほど再生可能エネルギーへの転換ができないからである。
一番のネックは送電網にあり、この送電網を電力会社が押さえている限り、風力発電や太陽光発電は日の目を見ない。
風力発電所を新規参入の会社が建設しても、東電が送電線を引っ張ってくれない限り消費者に電気を送ることができないからだ。
NTTの回線網とソフトバンクの闘いと同じことがここでも発生する。
電気は作ったが、どこにもって行けばいいの????」

 東電は送電線網を管理しているので、本音は再生可能エネルギーをつぶそうとしている。うまくつぶせば原子力発電を維持することもできる
そして何より経済産業省は東電の味方で、賠償額はすべて電気料金に反映して16%程度値上げするのが適当との試算までしている。
経済産業省にとって東電のような立派な企業がなければ天下り先がなくなってしまうし、それに現在の電力体制を築いてきた自負も有る。
どうせ菅政権はレームダックだ。賠償金は消費者に押し付けてしまおう

 どうにもならないというのはこういうことを言うのだろう。
福島の原発被害者に被害の補償が遅々としてすすまず、政治は脳死状態で何も決められず、東電は解体の危機のなかで汚染水の処理だけに集中し、経済産業省は東電を維持して天下り先の確保をすることしか頭にない。

 日本と言う国が静かにメルトダウンしているとしか言いようのない状況だ。

なお、東電の経営問題に関する過去の記事は以下参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/2349-2d4a.html


 

 

 

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(23.7.3) IMF前専務理事ストロスカーン氏をはめたのは誰か? 冤罪の構図

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 IMFの前専務理事ストロスカーン氏(62歳が女性好きだったのは事実としても、5月14日の氏の逮捕は明らかにアメリカ政府とフランス政府のできレースだったようだ。
被害にあったと訴えたギニア出身のホテルのメイド(32歳)は薬物密売やマネーロンダリングにも関連した札付きの女性で、いわばプロの女性であり、そうした女性が性的暴行を受けることなどありえないからだ。

注)2008年にストロスカーン氏は部下の女性にセクハラを強要したとしてIMFの内部調査が行われた。

 ストロスカーン氏とこのメイドは合意の下に性的関係を結んだのだが、なぜか急にこのメイドは「ストロスカーン氏から性的暴行を受けた」と訴えでた。
ニューヨーク市警はストロスカーン氏が飛行機に乗り込んでいたところを逮捕したのだが、この逮捕の判断が市警の判断であるはずがない。

 ストロスカーン氏はIMFの最高職である専務理事であり、そのようなトップの人を逮捕するのにアメリカ政府の同意がなかったことなどありえない。
誤認逮捕にでもなればニューヨーク市警のお偉方を始め関係者の首が飛ぶ。
しかも訴えでた女性の身元や過去などすぐに分かるのだから、この女性が裏の社会の女性であることはすぐに把握できたはずだ。

 だからストロスカーン氏の逮捕はアメリカ政府が元々仕組んだか、あるいはストロスカーン氏の行状から見ていつかは女性スキャンダルが起こることを想定して見張っていたかのどちらかになる。

 問題は「なぜアメリカがストロスカーン氏の失脚を狙ったか」と言うことだ。
IMFはもともとブレトンウッズでの戦後処理の一環として発足した銀行だが、最大のポイントは出資比率によって投票権が当てられるので、過去は出資比率の大きいアメリカの独断場だった。
その後日本の経済発展によって日本の出資比率が向上したが、それでも1位アメリカ、2位日本の順であり、日本はアメリカのイエスマンだから投票権での問題は発生しなかった。

注)現在アメリカと日本の出資比率をたすと約25%程度だが、最近は中国をはじめとする新興国の比率が高まっている。かつてのようなアメリカの意志がそのままストレートに通るような体制でなくなってきていた。

 問題が発生したのはトップの専務理事を西欧出身者の固定ポストにしたことで(一方世銀はアメリカの固定ポスト)、専務理事がアメリカのイエスマンであれば問題がなかったのだが、ストロスカーン氏はそうした玉ではなかった。

 ストロスカーン氏はフランス人だが、フランス社会党の出身で2007年11月から専務理事を務めている。任期は5年だから2012年11月まであるが、この2012年に行われるフランス大統領選の社会党の有力候補だった。
対抗馬は現大統領の保守派のサルコジ氏で、世論調査では常にストロスカーン氏がサルコジ氏を圧倒していた。

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 もしストロスカーン氏がフランス大統領になればEUの盟主で、ドイツのメルケル首相と共にEUならびにユーロ圏の維持拡大に責任を持つ立場になる。
一方ユーロ圏は現在国家存亡の危機にあるギリシャや、ポルトガルやスペインといった倒産前国家が目白押しで、こうした国家群をEUと共にIMFは積極的に支えてきた。

 だが、こうした国々はヨーロッパ組のシマで、アメリカ組のシマの話ではない。もし崩壊しそうな国家が日本のようなアメリカ組であればIMFは積極的に融資を行うと共に、その国家のあり方を市場経済中心に組みなおして、アメリカ資本が自由に活躍できる体制に変えることができる。
IMFはアメリカ的市場経済を世界に広げる先兵だからだ。

 しかしストロスカーン氏はアイルランドやギリシャやポルトガルの支援を積極的に行ったが、すべてユーロ圏のためで、アメリカが望むようなアメリカ資本のために動いたのではなかった。
特にギリシャ支援は最悪で、ギリシャを国家として存続させるだけの理由(ユーロを崩壊させないため)で次々に大金をつぎ込んでいる。
ストロスカーンは駄目だ。あいつはユーロ圏の手先で、次のフランス大統領になることしか頭にない。だがあいつは助ベーだからどこかで尻尾を出す。そのときはスキャンダルにして辞めさせよう」アメリカ政府は虎視眈々と機会を狙っていた。

注)10年5月、EUとIMFはギリシャに1100億ユーロ(EU800億ユーロ、IMF300億ユーロ)の支援を決定した。さらに今年に入り追加の支援1200億ユーロが必要と想定されており、ストロスカーン氏の指示でIMFはギリシャに追加融資を行なおうと動いていた。

 今回プロの女性との情事をつかんだアメリカ政府が、女性に金を渡して「強姦されたと訴え」ださせたのだが、当然アメリカ政府はフランスのサルコジ大統領の許可を取ったはずだ。
都合のいいことにストロスカーン氏はサルコジ氏の宿敵だ。ストロスカーン氏がゴシップでつぶれればサルコジ氏の再選が有利になる。
後任にサルコジ政権のラガルド財務相を専務理事にしてくれるなら、ストロスカーンを逮捕していい」との裏約束があったのだろう。

 アメリカの思惑通りストロスカーン氏を辞めさせることができたので、用のなくなった件の女性を捨てることにし「プロだったので裁判をしても維持できない」と担当検事が白々しい弁解をした。
あわてた裁判所はストロスカーン氏の自宅軟禁の措置を解いて完全な自由の身にした。

 フランス人は女性好きで、フランス本国であったらゴシップにもならないが、アメリカではハニー・トラップの餌食になってしまう。
IMFを西欧の復活のために利用しようとしたストロスカーン氏の野望はこうしてアメリカ政府の謀略の前に潰えてしまった。

なおギリシャ経済の分析は以下の記事を参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat44468201/index.html

 

 

 

 

 

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(23.7.2) NHKワールド・ウェーブ 南シナ海は中国の海か? フィリピンとアメリカの合同軍事演習

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 中国は日本との間で尖閣諸島の領有権問題で常にもめているが、現在は南シナ海の南沙諸島が主戦場になっている。
地図を見てみると分かるがこの南沙諸島はフィリピンのパラワン島の近くにあり、ベトナムからも近く中国からはもっとも遠い。

 ところがこの南沙諸島周辺に中国の監視船が遊弋するようになり、それまでフィリピンやベトナムの漁民が自由に漁業をしていた場所から実力で追い出しをはかり始めた。
ここは中国の領海だ。直ちに漁業をやめて立ち去れ
もたもたしていたフィリピン漁船は威嚇射撃まで受けている。
またベトナムの資源調査船は中国の監視船に追い出されてしまった。

 島の領有権は実は余りはっきりしない。孤島のような島で人が住んでいない場合は近くのいろいろな国の漁民が勝手に漁業をしていたのが実態で、どこの国も領有権を主張できる根拠は有る。
したがってこうした島は実効支配した国が勝ちで、実際南沙諸島はフィリピン、ベトナム、中国等がそれぞれ部分的に実効支配してきた。

 ところがここ数年中国海軍の近代化が急速に進み、それまでフィリピン海軍の旧式駆逐艦でも対抗できた中国海軍との力関係が完全に差をつけられてしまった。
監視船でさえフィリピン海軍の駆逐艦より装備がよい。

 この実力差を背景に中国は南沙諸島からフィリピンとベトナムを追い出しにかかっている。南沙諸島の海底には石油を含む無限の鉱物資源が眠っていると想定されており、ここを支配した国が21世紀の大国になれる。中国の経済発展のためには絶対に譲れない場所だ。

 中国から追い出しをされて、あわてたフィリピンはそれまでよそよそしかったアメリカとの関係の修復に走り始めた。
フィリピンは19年前に民族主義の高まりのうねりの中で、屈指の軍事基地だったアメリカのスービックとクラークの2大基地を閉鎖している。
数年前まではアロヨ政権は中国と軍事演習までしていた。
しまった。敵はアメリカでなく中国だった。軍事基地閉鎖は安全保障上大失敗だ!!!」
やや遅きに失したが現在のアキノ政権はアメリカの力を借りて中国との領有権問題に対抗する姿勢を明確にした。

 今回のアメリカとフィリピンの合同軍事演習は「不審船の追跡訓練」だが、不審船とは中国の監視船のことである。
アキノ政権としては単独ではとても中国に対抗できず、アメリカの協力を得て多国間協議をすることでかろうじて対等のテーブルにつけるという状況だ。
オバマ政権は明確にフィリピンの主張を認め、軍事援助も辞さない態度だ。
アメリカの後押しを得てフィリピンは強気になり、「南シナ海を今後は西フィリピン海と呼ぶ」と中国の心を逆なでにした。

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 一方中国としてはアメリカが出てくると南シナ海を中国の海にすることができないので、「これは2国間の問題だ」とアメリカをけん制している。

 中国の海軍力の増強はすさまじく、中国周辺でこの海軍力に対抗できる国は日本しかない。昨年の尖閣諸島での漁船当て逃げ事件でも日本の海上保安庁ががっちりガードを固めていることが判明したので、今はもっぱら手薄の南沙諸島に勢力を注入している。
弱いとこから領土を奪い、強いところとは当面握手をしておこう」中国古来からの戦略だ。

 中国は世界の国家の中でもっともソフィストケートされていない国家だ。非常に露骨に軍事力を使用するが、それだけに国家の本質が分かりやすい。
中国の海洋への膨張はすさまじいが、国家とはこうしたものだと思う。
今まで周辺諸国は「中国の発展は世界の発展だ」なんて悠長に構えていたが、南沙諸島で火が吹き始めるとフィリピンもベトナムもインドネシアも悠長に構えているわけにはいかなくなった。

 中国の膨張主義政策を実力で阻止できるのはアメリカしか居ない。フィリピンがそうであるように今後はアメリカとの軍事演習を強化して、中国の軍事膨張主義に対抗していくことになるだろう。
現在アメリカを中心とした日本、韓国、台湾、フィリピン、ベトナム、インドネシアの包囲網が形成されつつあるが、この合従連衡は成功するだろうか。

 くしくも中国共産党創立90周年記念で始皇帝胡錦濤は宣言した。
軍事力と経済力の強化が、中華帝国の繁栄の礎となる!!!」
現代版秦帝国の軍事膨張主義を押し止めなければ周辺国家の明日はない。

なおベトナムの対中国政策は以下の記事参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-594d.html

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(23.7.1) BS世界のドキュメンタリー 豊かな国の医療危機 アメリカの医療保険制度

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 BS世界のドキュメンタリーで昨年放送され評判になった番組の再放送をしていた。
今回はアメリカの医療保険制度の問題点をえぐり出したものだが、思わず目を疑ってしまった。とても信じられないような内容だったからだ。

 この番組では3人のアメリカ人の実例が紹介されていた。

 一人は62歳の修士号を持っている男性の無保険者で、2年まえにリストラされる前は不動産専門学校の教員をしており、年収は800万円だったという。
さらにその前は大学の出版局の部長をしており年収は1000万円だったそうだ。

 リストラ前は会社保険に入っておりまったく医療で悩むことはなく、かつ老後に備え4軒の別荘9000万円の借入をして建設し、貸し別荘業を営む予定だった。
ところがリーマン・ショックで住宅価格が暴落し、借入金の返済ができず2軒の別荘を銀行に差し押さえられてしまった。
同時にリストラされて職場と会社保険を失い、自身は白内障を悪化させたが病院には行けず、現在の収入はバイトで行っている郵便局の郵便物のディリバリー作業だけで時給は720円だという。
「(貸し別荘業は閑古鳥が鳴いているしこれで食事とガソリン代をまかなっているんだ。とても保険料は支払えないよ」とこの人は言っていた。

注)アメリカの保険制度は民間会社が経営している保険に加入している人が約60%、公的保険(低所得者と高齢者が対象)に加入している人が約25%、そして無保険者が約15%となっている。

 私は驚いてしまった。この男性の人生と私の人生はほとんど同じようなものだ。学歴(私は大卒)も同じようなものだし、同じようなサラリーマン生活を経験して年収(私の年収は正確に言うと恥ずかしいので言わないが)も同じようなものだ。
違いといえばこの人は別荘を4軒たてて老後に備えたが、私は年金生活だけで暮らそうとしたところが違う。

 そして決定的に違うところはアメリカでは会社保険がなくなると個人保険に入るか無保険になり、日本では国民健康保険に入るか以前の会社が福利厚生の一環として退職者に提供している退職者医療保険現役の職員が払う健康保険料と国民健康保険料のちょうど真ん中程度の保険料で国民健康保険料より安い)に入ることになる。

 日本では無保険になることはないが、アメリカでは無保険になる人が多く6人に一人は無保険だという。
この男性の場合は過去に肩の関節の大手術をしたことがあり、個人保険の料率が高すぎてとても入ることができないのだそうだ。

 この男性は医者にかかれないため、ボランティアの医療団体が定期的に行っている無料診察を受けていたが、医者から「手術をしないと白内障で1ヶ月以内に失明する」といわれていた。しかしこの人は無料の手術でなければうけられないのだという。
世界で最も豊かな国アメリカでこんなことがあっていいのだろうか」この人の述懐である。

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 もう一つの例は61歳の女性で、6年前に乳がんの手術を受け、その後定期的に検診と薬の投与を行っている人だった。
この人は民間の保険に入ってはいたが収入の関係で最低保障の保険に入っていた。
月118ドルで手術と入院の費用は保険対象だが、その後の定期検査や医薬品の投与は保険対象外だという。

 この人の医療費は6年間で1200万円かかり、そのうち保険でまかなえたのは400万、残りは自己負担となって、クレジット会社からの借入で薬代をまかなっていると言っていた。
私が驚いたのはこの人の過去の経歴で、かつてはベストセラーの本を書いており、かつとても裕福な家庭に育ったインテリで「人生(過去に)いい時期があって本当に良かった」と述懐していた。

 日本では手術後の医療も当然保険対象で私の場合も3割負担でどこの病院でも見てもらえるが、アメリカでは入っている保険の内容によって相違があり、安い保険に入っていると保険対象にならず、術後の対応に苦労することになるという。

 最後の事例はアメリカの典型的な低所得者層で、夫が失業中で失業保険10万円で生活している黒人の4人家族の例だった。
子供が病気がちなのだが保険がないため医者に行けず,カリフォルニア州が提供している公的保険低所得者向け保険)の申請をしており、これに入れるかどうかが子供の医療ができるか否かにかかっていた。

 この女性の子供は運よく公的保険の対象になり、子供だけは無料で医者にかかれることになり、2日間熱が下がらなかった幼児は中耳炎と診断されていた。
私は「良かったじゃないか」と胸をなぜ下ろしたが、アメリカではこの公的保険の拡大に大反対が沸き起こっているのだという。

 オバマ大統領の公約の一つである国民皆保険制度は当初は日本と同様に公的保険にアメリカ国民全員を入れようというものだった。しかしティー・パーティーを中心とする草の根の反対運動が起こり、この公的保険による皆保険制度が骨抜きになってしまった。
実際建前上は2014年以降皆保険にはなるのだが、民間保険が中心であり公的保険の拡充は相成らぬという形で修正されている。

 アメリカ人の約半数は、「公的保険の拡充は怠惰な貧乏人のために、働いている人の負担で医療費をまかなうので自助の精神に反するし、民間保険で払える範囲内で医療を受けろ」と主張している。

 私のように日本に住んでいて医療費は3割負担でどのような病院(東大病院にも行ける)でも自由に受けられるものから見ると信じられないような医療制度に見える。
アメリカの医療改革は骨抜きにつぐ骨抜きで最終的にどのようなものになるのかさっぱり分からない。

 私は医療制度に関する限りは日本人で幸せだったと思っているが、その分地方自治体の財政がこの医療費負担で火の車になっているのはアメリカよりもひどそうだ。
医療保険制度はどこの先進国にとっても対応が難しい問題だということをこのドキュメンタリーを見てしみじみと感じてしまった。

なお日本の国民健康保険については以下の記事を参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/23623-8e6b.html

 

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