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(23.7.9) 世界が江戸化しつつある。再生エネルギーの時代

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 原発
から再生エネルギーへの転換が急速に進もうとしている。
すでにドイツ、スイス、イタリアは原発に依存するエネルギー政策を否定して、再生可能エネルギーへ大きく舵を切った。
日本では菅総理が一人で再生可能エネルギー政策に邁進している。

 識者の多くが再生可能エネルギーだけで生活はできず、かえって化石燃料の使用が増えて地球温暖化に悪影響が出ると警告している。
確かに現状の産業構造や生活態度を変えないのであればエネルギーが不足し、天然ガスや石油の使用料が増えるだろう。

 しかしこと日本に限って言えばそうした心配はなさそうだ。現在日本の製造業は東日本大震災の影響も有って日本を部品供給の基地にしておくことに疑念を感じ始めた。
多くの大企業、中小企業が公然とであれ密かにであれ日本から脱出している。
日本が製造業の基地で輸出立国だった時代は今急速に終わろうとしており、実際東日本大震災の後は貿易収支は赤字が続いている。

 一般にこの貿易収支の赤字は一時的なもので秋以降急激に貿易収支は黒字化するといわれているが、かつての日本がそうであったような黒字化は見込まれないだろう。黒字と赤字が交互に発生するような状態が続き、最終的には貿易収支の赤字が定着するはずだ。

 日本は円高の影響で輸出基地としてはもっとも適さない場所だったのにも関わらず、無理に無理を重ねながら製造業を維持してきた。
そのうちの一つのファクターに世界一高品質の電気があったが、福島第一原発の事故以降日本の電力事情は急激に悪化している。
企業に15%の使用削減を要請しているが、一方で海外に24時間いつでも電力が利用できる環境があれば自動車産業であれ、半導体産業であれ日本を脱出するのは当然だ。

 製造業が脱出し、その結果日本人の生活水準が引き下がるのは不幸と思う人が多いが、必ずしもそうではない。反対に生活水準を引き下げても幸福な生活をおくった時代が日本には有った。
江戸時代である。
通常私達は江戸時代を暗く年がら年中農民一揆が起こっているような時代としてとらえているが、それは明治政府の意図的な悪意有る中傷と、戦後はマルキシズム歴史学が江戸時代を貶めて評価していたせいである。

注)江戸時代の前が安土桃山時代で、海外貿易の伸張によるGDPの極大化を目指したり、植民地獲得競争(朝鮮出兵)に乗り出そうとした時代だった。
一転して江戸時代は鎖国政策をとり国内市場だけで自給自足を図ろうとした。


 考えても見てほしい。江戸260年間においては日本は対外戦争はおろか対内戦争も起こらず、武士は戦争がないためすっかりサラリーマンになってしまい、幕末には旗本は戦うこともできなくなっていた。
平和といえばこれほど平和な時代はない。

 百姓一揆も起こることはあったが、それよりも静かに耕作をしていた時代のほうが圧倒的に多いのであり、もし一揆ばかりが日常であれば誰も農作業をしないのだから日本人全体が死に絶えてしまう。

 それぞれが分に応じてつつましく生きており、そして再生可能エネルギーの使用と言う点では最高度に発達していた。
当時のエネルギーは木炭だが、これは林を適度に維持すれば再生が可能であり、取れた食料は捨て去るようなこともせずすべて食し、衣料なんかも何度も仕立て直しては使い、人糞は肥料として利用されていたのだからこれほどエコな時代はない。
当時の江戸は世界一清潔な都市だったという。

注)ヨーロッパの都市では糞尿を通りに捨てていた。

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 現在のGDP万能、経済成長一辺倒の時代がいつまでも続くことはありえない。
特に日本のような高度に発展した先進国では、後は無駄に無駄を重ねる以外にGDPを増加させる手段はない。
道路は行き渡っていても無理やり高速道路を造って熊や狐の遊び場にしたり、飛行機の飛ばない飛行場を作ってピーターラビットの楽園にしたり、漁船がほとんどない漁港を整備したり、思いっきり豪華な公民館を造っても利用者がほとんどいないので、閑古鳥が鳴いている設備は全国に溢れんばかりに有る。

 また食料についてもスーパーやコンビニでは期限が切れたといってはすぐに廃棄するが、本当に食べれるかどうかは自分で調べてみれば分かるので個人の判断に任せれば多くの食料が無駄にはならない。
第一捨てるほどの食糧生産をするのが間違っているので、少し足りないぐらいのほうが食料を大事にする。

 電気は夜も昼も煌煌と照らすのがナウだと思われていたが、東日本大震災の後はすっかり様相が一変した。
無駄な電力消費を止めれば、夏場の電力の15%カットでもやっていける目処が立つくらい、不要なものの生産にあくせくしていたことが分かってきた。
そんなことをするくらいなら江戸の住民がそうしていたように暑い時期は寝そべって夏をやり過ごすのが合理的だ。

 より裕福になろうというような考えさえなければ、今のままで十分すぎるほど裕福なのだから、後は無駄をどんどん省いて有余る時間を好きな趣味に費やすのが粋な生き方だ。
私などは時間ができるとマラソンばかりしているが、こうした趣味に生きる生き方が江戸時代の真髄だ。

 再生可能エネルギーの範囲でのんびりと暮らすのがいいので、何もわざわざ苦労するために原発を維持したり天然ガスを輸入したり原油の輸入であくせくすることはない。
こうした江戸化した時代にヨーロッパと日本が入ろうとしており、時間差はあるがアメリカもそうなるだろう。
人は豊かになればそれ以上豊かになるよりも時間を自由に使って趣味に生きるほうが幸せなのだ





 

 

  

 

 

 

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評論 世界 地球温暖化」カテゴリの記事

コメント

方向性については賛成ですが、江戸時代モデルに転換するには、壊さないといけないことがたくさんあると思います。

製造業が海外へ工場を移転するたび、日本の労働者の所得が減少していっていますが、この分を国として、どのように補償していくのか、が大問題です。

個人的には、ベーシックインカム制度のようなものを導入しない限り、国民は痛みに耐えれないような気がします。

投稿: ふくだ | 2011年7月 9日 (土) 21時08分

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