(23.7.21) トヨタ自動車の最後のプレゼント 東北地方で小型HV車の開発
なでしこジャパンの快挙には驚いたが、今回トヨタの豊田章男社長が発表した小型ハイブリッド車の東北(宮城県、岩手県)での一貫生産の発表にはさらに驚いてしまった。
「トヨタはそこまで日本のために尽くそうとするのか」という感謝の気持ちと、「しかしそれではトヨタの経営が持たなくなるのではなかろうか」と言う心配の気持が入り混じっている。
日本がすでに製造業の生産拠点としては最悪の環境にあることは何度もブログに記載している。
① とどまることがない円高によってトヨタは1円上がることによって年間数百億単位での損失が発生すること。
② 国内市場は年々縮小しており、生産したものが国内では売れないこと(トヨタは約6割を輸出に回している)
③ 生産インフラのうち特に電力不足が深刻でフル稼働体制をとることができないこと。
④ 日本人の賃金は相対的に高く企業は十分な人員を雇えないこと。
通貨も国内市場も生産インフラもトヨタにとっては悪材料ばかりであり、通常の経営判断であれば小型HV車を東北2県で生産するのは考えられない。
しかもトヨタはリーマン・ショック後は世界のトヨタから滑り落ちて収益ではとても高収益企業とは言えず、かつアメリカではプリウスの事故にともなう賠償裁判が待っている。
トヨタの小沢副社長は「80円前後の昨今の一段の円高を見ると、収益を預かる立場として日本でのものづくりを続ける限界を感じる」と正直に述べているほどだ。
それなのにあえて東北2県に組立工場(これは関東自動車工業の組み立てラインを転用)と専用エンジン工場を約20億かけて新設するとの決断は、豊田章男社長の決断以外の何者でもない。
豊田社長は「日本での年間300万台生産体制を維持する」と何度も約束していたし、今回の決定はその決断の一環だろう。
だがしかし、これはトヨタが示すことのできる最後の日本へのプレゼントになりそうだ。
為替相場は今後とも傾向的に上がっていきトヨタはさらに苦境に追い込まれるからだ。
なぜ円高になるかとの理由は何度も同じことを書いて恐縮だが、EU圏内のリーマン・ショックの後始末はこれからで、さらに経済は悪化するからで、またアメリカはサブプライムローン関連の焦付き債権を大手金融機関は償却することに成功したが、中小金融機関は次々に倒産しており経済全体としては悪化傾向にあるからだ。
日本が相対的に安全と思われているのは、竹中平蔵氏が辣腕をふるってバブル崩壊後の不良債権を一掃させ、さらにリーマン・ショックの影響が相対的に軽微だったことによる。
「世界経済に異変が生じたらまず金への投資、それから通貨であれば円だ」と言うのが市場の常識だ。
これでは円高が収まるはずがない。
しかし円高には絶対的なメリットがある。
メディアは円高になると、「日本輸出産業が苦境に陥る」と毎度おなじみの報道をするが、しかし一方輸入産業は大幅な利益を計上できるし、もし輸出入がイーブンであれば影響はゼロと言うことになる。
しかも東日本大震災以降は輸入超過なのだから、現状では日本国内への影響はプラスに作用し、原油や食料の値上がりをこの円高が抑えてくれている。
世界中に吹きまくっているインフレを日本人がさほど感じないのはこの円高のせいだ。
こうした円高の前では、私は前回のブログで日本は製造業中心の輸出主導型経済から脱皮して、金融業やIT産業にシフトしない限り生き残りはできないと述べた。(http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/23718-ca73.html)
これに対し読者のふくださんが以下のようなコメントを寄せられた。
「① 製造業で得られた資本を、他の成長分野へ転用できれば良いとは思いますが、実際問題として、資産デフレによって、いまや余剰資本が存在しないと認識しているのですが、認識は間違っているでしょうか?
② また、米国にしても欧州にしても、先進国は成熟期に突入したので、国際競争力のある成長分野へ資本を投下したとしても、緩やかな衰退をするのが必然ではないか、と思っています。
③ 緩やかに衰退していっても、まだまだ後進国よりは豊かなので、成長の必要性があるのかどうか、分からなくなってきています」
100%質問に対する適切な回答にはならないが、おおよそ以下のように考えている。
① 製造業が資本投下する場所は、通貨が安く、国内市場が拡大し、インフラが整備され、賃金が安い場所が最適になる。
今までは中国がそのような場所と思われていたが、中国元は今後上昇傾向にあり、かつ賃金が上昇しているので最適な場所といえなくなってきた。
今後はインド、インドネシア、ベトナム、フィリピンあたりが進出先となるが、こうした国はインフラ整備が十分と言えないところが多い。
なお、資産デフレについては「不動産価格の値下がり」のことを言っているのだとしたら、日本の主要な製造業はこの20年間に償却が終わっている。今頃まで不良資産を抱えているようでは企業として存続できない。
② ポイントは従来の製造業に見切りをつけて成長産業にシフトできるか否かにかかっている。西欧諸国と日本は過去のしがらみが大きく、シフトはほとんどできない。唯一アメリカがヘッジファンド等の金融業にシフトし、またアップルやグーグルやマイクロソフトやフェイスブックといったIT産業を立ち上げることに成功した。
そうした意味で西欧と日本の衰亡は早く、一方アメリカはかなりの期間世界経済の中心でいることができる。なお国ではないが成功している地域はあり、それはシンガポール(http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/23625-nhk-9bb2.html)。
③ 日本の唯一の強みは金持ちだということで、この資金をどれだけ有効に使うことができるかにかかっている。現状は日本の金融機関は財務省と金融庁の完全支配に置かれ、国債の買い上げ機関としてのみ存続しているようなもので、自由な取引ができないため斜陽産業になっている。
金融業が本来の力を発揮すればまだ日本経済に展望が持てるが、実際はこのまま静かに衰退していくと思ったほうがいい。
④ GDPの低下が個人生活に及ぼす影響は、無駄な消費をやめてできるだけ自分で家のメンテや菜園づくりをして楽しむことになる。金はないが時間が自由になるので、手間隙かけて遊ぶということが基本的な生き方になる。
ふくださんの質問に答えてみたが、どうだろうか。私個人としてはGDP拡大路線に完全に見切りをつけて生きているので、GDPの縮小がどうこうと言う気持ちはない。
毎日地区の清掃活動を2時間程度行い、午前中にブログを書き上げ、午後はマラソンや水泳をして遊び、その他の時間では好きなテレビや歴史書を読んで暮らしている。
特に費用がかかるわけでなく、食べ物に対する欲求はほとんど生じないし、衣類はスポーツウェアで十分だ。
働くよりは自由な時間を楽しんでおり、定年退職者なのだからそれでいいと思っている。
こうした生活態度を中世的生活と呼ぶが、日本全体としてそうなっていきつつある。
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コメント
輸出には消費税の事情で「内部留保」があり、億円単位とのことです。
これを充てて振興に役立てているという見方もできそうです。
投稿: 横田 | 2011年7月21日 (木) 16時09分
回答ありがとうございました。
私は、現役の製造業サラリーマンですが、製造業の企業単独で業態変更できるような体力のある会社は無いのではないか、と思います。
米国でIT産業が発達した背景には、ベンチャー企業を育てるエンジェルが存在すること、自国向けのアプリケーションが当たれば、自国だけでかなりの売上規模になりますし、英語が公用語になっているために、海外展開しやすいというアドバンテージがある、と思います。
日本人だって頑張ってるけど、米国に比べると不利なことが多いので、過去のしがらみのせいだけでは無いと思いますよ。
資産デフレのことですが、これは製造業の不良債権の話ではなくて、日本全体の資産として、高値で購入した土地やら債権が値崩れしてしまい、資産価値の総量で大きくロスしてしまったことで、投資のための資本に余裕がなくなってしまっているのではないか、という推論です。
余剰資金がジャブジャブあるなら、新しい産業に投資できるはずですけど、そういう投資話を聞かないので、余裕がないんだ、と感じています。
自由な時間を楽しむためには、生活資金が必要ですが、多くの国民が失業してしまったら、国として、どのような補償をすべきか、何かお考えでしょうか?
(山崎)最後の質問については又別途、ブログを作成して回答いたします。
投稿: ふくだ | 2011年7月21日 (木) 21時20分