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2011年5月

(23.5.31) 日本版ケース・シラー指数の誕生と不動産価格

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 世に不動産価格ほど訳のわからないものはない。
一応土地については指標なるものがるのだが、目的によって使い分けられており実勢価格とは異なる。大雑把に言って4つの価格帯がありその利用方法は以下の通りだ。

① 実勢価格 そのときの取引事例
② 公示価格 公共工事の収用価格  実勢価格の約90%
③ 固定資産税評価額          実勢価格の60%~70%
④ 路線価   相続税の評価額    実勢価格の70%~80%


 基準は実勢価格にあるのだが、この評価もかなり難しい。土地価格はその立地条件や大きさや権利関係に左右されるから、それをならして横並びで評価するのはかなり難しいからだ。

 私の不動産鑑定士の友達がよく笑って言っていたが「不動産評価なんてのはお客の要望しだいよ。借入のための評価だったら目一杯高くするし、購入目的だったら低く評価して安く買えるようにしてやるのさ」といった具合だ。

 それでも土地の評価は何とか基準があるのだが、住宅についてはまったくなかった。
ところがこの4月26日に東証住宅価格指数が公表され、ようやく日本にも住宅の不動産価格がわかるようになった。

 この東証住宅価格指数はアメリカのケース・シラー指数の日本版で、アメリカでは最も重要な指標としてこの指数があるのだが、これは一戸建ての中古住宅価格を20都市で指数化したものだ。

 日本の場合は5箇所東京、埼玉、千葉、神奈川、首都圏総合)の指数で、アメリカとは異なり中古マンションの価格指数である。
なぜ中古マンションかと言うと売買事例が中古住宅より多く日本に適しているからだそうだ。

 今回東証から発表された指数を見て、やはりと言おうか当然と言おうか日本の住宅価格が1993年をピークに傾向的に下がっていることが確認された。
詳細に見るとリーマンショクの直前はミニバブルがあったのだが、その時以外は低下の一途と言う状況だ。
大雑把に言って1993年価格の3分の1と言うレベルといえる。

注) 実は私はバブル崩壊の前後、東京の京王線沿線に有る堀の内に都住宅公社が販売していたマンションを購入する予定で契約をしていた。
93㎡で約7000万円だった。
ところがバブルがはじけて価格が低下し始めたので、私は都住宅公社にかけ合った。
周りの住宅の価格が低下していて7000万円は高すぎます。値引きをしてください
いえ、都では絶対に値引きはいたしません

 仕方なく私は手付金(
100万前後だったと記憶する)を捨てて、このマンションをキャンセルしたのだが、その後の経緯がすさまじかった。入居者が次々にキャンセルしたらしく、残ったマンションを最後は定価の3割で売り出したのだ。まさに3分の1である
これには当初の購入者が切れて裁判沙汰になってしまった。私もキャンセルしなかったら約7割の含み損を抱えて裁判を起こしていたことになる。


 また地域別に見ると東京のマンション価格の低下は千葉や埼玉に比べればマイルドだ。東京都心は相対的に人気があり、私の住んでいる千葉は残念ながら人気がない。

 日本でバブル崩壊後住宅価格が低迷する最大の原因は、少子高齢化人口が逓減しているからだ。
人口が少なくなれば相対的に住宅はあまってきて買い手市場になるのは当然で、今後も人口が減少する限り不動産価格は低下する。

 そうした中でリーマンショック前や、東日本大震災前に東京を中心にミニバブルが発生したのは、主として外国人ほとんどが中国人)がマンションの購入に向かったからである。

 中国レッドチャイナ)では不動産は国家の所有物だから、一定期間国家から借りているだけという原則がある。このためいつ公共工事のために土地やマンションを収用されるかわからないので、金持ちは海外に不動産を密かに保有して財産を守るようにする。
当初はアメリカやイギリスに投資していたが、日本の不動産が値下がりしたため中国人にとって魅力の有る物件になってきた。

注)また中国政府は昨年から不動産売買に関する規制を強化しており、特に金融機関からの融資を絞っている。このため中国国内の不動産価格は頭打ちになり、一部は低下し始めた

 この東日本大震災までは、中国人が積極的に東京のマンションを購入していたが、3月11日以降は放射能の風評被害が出ているので、このところ購入が手控えられている。
今後の動きは中国の経済状況と日本の風評被害の収束条件にかかっているが、日本の不動産価格の上昇は中国人次第になっていると言ってよい。

 日本人だけに限ればもはや十分すぎるほど住宅を保有しているので更新需要以外の需要は期待できない。特に地方は人口が逓減しているので価格の上昇はありえない。

 日本版ケース・シラー指数は毎月発表されるが、バブル時期のように毎月上がっていくなんてことは夢の又夢で、前月と同じであったらホット胸をなぜ下ろすといったところだろう。

なお、ケース・シラー指数をグラフ化したものは以下の論文に掲載されている。
http://www.keieikikaku-shitsu.com/report/393/

また本件と関連ある記事は以下の通り
「資産デフレはどこまで続くか 土地公示価格の低迷」

http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/22321-4d29.html


(別件)映像のトレーニング用動画 下野街道
http://www.youtube.com/watch?v=LfD1oY2FYw4

 


       

 
  

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(23.5.30) ドナルド・キーン氏の百代の過客 日本日記文学の系譜

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 ドナルド・キーン氏が日本人の国籍を取得して日本に住んでくれることになったことは先のブログに記した。
原発問題が深刻化して日本から逃げる外国人が多いなかで、このキーン氏の決断は何よりも日本人に対する熱い友情の証だ。

注)ドナルド・キーンさんありがとう
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/23429-e510.html

 私はドナルド・キーン氏の名前は良く知っていたがキーン氏の著書を読んだことがなかった。それではキーン氏の決断の重さに対して申し訳が立たないので、さっそくアマゾンから「百代の過客」を取り寄せて先日から読んでいる。

 当初私はこの本の題名から松尾芭蕉奥の細道の解説書だと思っていたがまったく違っていた。
日本文学の系譜が日記文学にあり、その足跡を平安時代から江戸時代までたどった日記文学の解説書だった。収録された日記数は80弱でこれを読めば日本の日記文学はほぼ網羅されている。
百代の過客」をこの本の題名にしたのは、そのなかで松尾芭蕉奥の細道日記文学の金字塔だったからだ。

 この本は1984年朝日選書として出版されたが、元々は朝日新聞に連載された評論を取りまとめたものだ。キーン氏は英文で書きそれを金関寿夫氏が日本語訳を行っていた。

注)キーン氏は日本語でも書けたが英語のほうが書きやすかったのでそうしたとあとがきで述べている

 これまで私は日本文学の系図の中に日記文学と言う系図があることを知らなかった。それも当然でキーン氏のこの本が上梓されるまで日本人で日記文学なるものを系統的に取り扱った学者はいなかったからだ。
氏の業績は高く評価され、この「百代の過客」は読売文学賞日本文学大賞を受賞している。

 キーン氏がこの本を書くまでの常識は、日記文学は平安朝の女性特有の文学であって、その後の歴史になんら影響を与えなかったというものだった。
特に鎌倉から江戸時代の日記については深い研究がされておらず、文学者や歴史学者の関心はもっぱら平安時代の女性日記に集中していた。
蜻蛉日記、和泉式部日記、紫式部日記、更級日記等であり、紀貫之はわざわざ土佐日記を女性の筆致で書いているほどだ。

 私は古文を読むのがとても苦手だ。どれを読んでも解説書がないと何を書いてあるのかさっぱりわからない。
源氏物語など最初の桐壺の巻だけで根をあげてしまったし、清少納言枕草子などは見るだけで頭が痛くなった。
徒然草は解説書を丸暗記したようなものだ。

 それなのにアメリカ人で戦中に情報将校として日本語を学んだ氏が、日本の古典を苦もなく読み込んで、日本文学の真髄を捕らえてしまった。信じられないような快挙と言える。

 この本を読んで私が最も感動を覚えた日記は奥の細道でも更科日記でも土佐日記でもなく、「建礼門院右京太夫集」だった。
建礼門院とは平清盛の娘で安徳天皇の母親であり、壇ノ浦で入水自殺をして失敗し、京都の寂光院でひっそりと余生を過ごした皇后の名である。
そして右京太夫とはその建礼門院に仕えた女房の役職名で本名はわからない。
平家全盛時代からその没落を京都の御所で見ていた女性だ。

 この右京太夫の恋人が平資盛すけもり)だったが、この日記は平家が源氏に追われて都落ちしていき、資盛自身も壇ノ浦で海の藻屑に消え去ったことを知って悲嘆にくれた女性の心が素直にあらわされていた。
右京太夫は資盛を案じていたが、その死を知って歌った歌は心を打つ。

かなしとも又あわれとも世の常にいうべきことにあらばこそあらめ
あまりにも悲しく、また資盛様がおいたわしく、この気持ちを言葉で表すことはとてもできない

 この右京太夫の気持ちが嘘偽りでなかったことは、藤原定家が編纂していた和歌集に右京太夫の歌を収録することにした時に示されている。
その時定家は右京太夫にたずねた。
「(今は源氏の世だから平家とのつながりが明らかな建礼門院右京太夫の作者名ではまずいのではないか?」
しかし右京太夫は答えている。
昔のままの名前で出してください

 平氏の皇后の女官だと明確にわかる名前は政治的立場としては危うい。しかしそうした危険を冒しても資盛に対する真心の愛情と、建礼門院に対する深い敬愛の情も感じられるこの右京太夫の対応には心が打たれた。

 この人は今から900年も前の人だが、とても近しい魅力の有る女性だ。
そしてこうした女性がいたことを私に教えてくれたドナルド・キーン氏に深く感謝した。

 なお、文学関連の記事は以下のURL参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat43898465/index.html


 別件 映像関連のトレーニング画面。2年まえに行ったサンチャゴ巡礼の画面です。
http://www.youtube.com/watch?v=u-_w7kI3XpU



 

 

 

 

 

 

 

 

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(23.5.29) 東日本大震災と世界経済への影響

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 世界経済が明らかに変調をきたしている兆候が随所に現れている。
ことの発端は日本が東日本大震災に見舞われ、ようやく日経平均11000円台に戻ろうとしていたのに、瞬く間に9500円台につるべ落としの陥落をしたことに始まる。

 当初は日本だけの問題と捉え、中国やアメリカやEUの経済にはほとんど影響がなく、「蜂に刺された程度」と思っていたが、段々とリーマン・ショック並みの影響が出ることがわかってきた。
日本経済は中国に抜かれたとはいえ世界第3位の経済大国で、世界のGDPの8%程度のシェアでその減速は影響が甚大だ。

 最近OECDは日本の11年度のGDP伸び率は▲0.9%と警告を発したが、市場ははるか前から警戒態勢に入っていた。

 一番大きな影響がでたのは原油価格で止まるところを知らない上昇をしていたのに1バーレル115ドルあたりで急降下しはじめ、今は100ドルを挟んで一進一退の動きだ。
鉄鉱石価格も一時の鎌首を持ち上げたような急上昇は終わり、これも一進一退を繰り返している。

注)原油価格の推移は以下参照
http://ecodb.net/pcp/imf_usd_poilwti.html#index01


  鉄鉱石価格の推移は以下参照
http://ecodb.net/pcp/imf_usd_piorecr.html#index01

 株式市場では中国の上海総合もすっかり元気をなくし低下の一途をたどっているし、欧州も何かおかしい。かろうじて堅調なのはアメリカだけだったが、最近はアメリカも下降に転じた。

 あれもこれも日本の東日本大震災の影響が現れているからで、日本経済が低迷するのは当然としても、日本から部品を調達していた中国やアメリカの自動車産業や液晶産業が部品不足で生産縮小に追い込まれている。
日本は世界の部品の供給基地だったことが再確認された訳だ

 ヨーロッパではスペインとイタリアの財政問題が火を吹き始めた。ベラルーシはロシアの縄張りだが財政危機からひどいインフレに見舞われ誰が助けるのかと言う状況になっている。

 アメリカ経済は日本やEUに比べると相当ましだが、ここにはサブプライムローンの重石がどうしても取れない。不動産価格が上昇しない以上アメリカの消費拡大には限界があるし、地方銀行の倒産も続くだろう。

注)アメリカの住宅価格の推移は以下参照
http://jp-us-economy-data.seesaa.net/article/198038922.html

 そして最後のアンカーと言われてきた中国にも暗雲がただよい始めた。日本からの部品供給不足による生産低下や消費者物価の上昇がどうしても収まらない。
中国政府の消費者物価の目標値は4%だが、はるか前から5%を越え、食料だけで言えば10%程度の上昇で庶民の生活を直撃している。
中国人にとっては食べることが人生なのだから食料価格の上昇は死活問題だ。

 さらにあれほどひどい上昇をしていた中国の不動産価格も停滞から低下を始めた。中国当局としては引締め効果がでたと喜ぶべきだろうが、一方で中国GDPの底上げをしてきたのがこの不動産売買だから、景気は低下に転じてしまう。

 こうした現状を見て11年度世界経済の見込みは楽観と悲観が交錯しているが、私の見方は悲観だ。
そもそも元凶の日本経済は11年度OECDの見通しより悪くなるだろうし、EUはギリシャ、ポルトガル、スペイン、イタリア問題に忙殺されるだろう。
アメリカが堅調なのは投資銀行とIT産業のおかげだが、投資銀行は金融引締めになれば瞬く間に赤字に転落する。

 中国は不動産価格が頭打ちになっており、これが急降下し始めれば日本のバブル崩壊と同じような状況になるだろう。
そうした意味で2011年は世界経済の変調期になると私はおもっており、その引き金が東日本大震災だから日本発原発・ショックと言うことになるはずだ。

日本経済の予測の記事は以下参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat43696146/index.html

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(23.5.28) 世紀のドタバタ劇 海水注入を止めたのは誰か?

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 こういうのを世紀のドタバタ劇と言う。
福島原発事故原因をめぐって政府と東電が責任のなすりあいをしていたが、決着はなんともお粗末なものだった。

 問題視されていたのは福島第一原発1号機海水注入を55分間止めた犯人は誰かと言うもので、犯人扱いされていたのは菅首相、斑目(まだらめ)内閣府原子力安全委員長、それと東電本社である。

注)3月12日、淡水の注入ができなくなったため午後7:04分に海水の注入を始めたがその20分後に海水注入を一旦停止し、再開したのは55分後になったと報告されていた。

 問題の所在は「海水注入を止めたために1号機はメルトダウンし、水素爆発を誘発した」というものでこの注入停止が「決定的な判断ミスだ」と自民党の谷垣総裁菅総理を追及していた。

 菅総理は「私がそのような判断をするはずはない」と否定し、斑目委員長「(海水を注入しても)再臨界の可能性はゼロではないと言ったが、再臨界の危険性があるなどと断定はしていない」と懸命に逃げていた。

 東電本社は「海水注入は首相が判断する感じがあり、その判断がない中で注入できないと言う空気を官邸にいた副社長が伝えてきたので、本社と工場の間での電話会議で中断を決定した」と言うものだった。

「犯人は誰か」国会はこの中断の責任追及で紛糾したが、実際は海水注入は中断されていなかったと、最近になって東京電力が訂正発言をした。
第一原発の吉田所長「(何も知らない連中の大騒ぎにあきれて)所長権限で海水注入を継続していた」と言うのである。
東電の内部規則では海水注入の権限は吉田所長に有る。

 メルトダウンと水素爆発は海水注入を停止したから起こったのではなく、停止しなかったのにもかかわらずそれまでの空焚きの結果起こったと言うのが実情のようだ。

 しかし収まらないのは犯人扱いされた菅首相斑目委員長だ。
ほれ見ろ、俺がなんと言おうと現場は言うことを聞かないのだから、海水注入の中断はなかったんだ」と居直ってみたが、なんともしまらない結論だ。

 実際今回のような大震災に遭遇すると想定外のことばかり発生して、現場は大混乱に陥る。
私はシステムの責任者だったからこうした状況はよく分かるが、たとえばトラブルが発生しATMや送金ができないことは分かってもその原因を特定するのは並大抵のことではない。

 最も信頼できるSE(システム・エンジニア)が懸命に試行錯誤してようやく原因がわかるのだが、その間そのSEに近づこうものなら怒鳴りちらされてしまう。
今はそれどころじゃ、ないんだ、。あんたはあっちに行っててくれ
私がそのシステムの責任者であってもそんな具合で、能力のないものは相手にもしてくれない。その間現場は怒号が飛び交っている。

 こんな状態で本部に報告することは、「今対処してます」ぐらいだから本部は何が起こっているのかさっぱりわからない。
今回は菅首相の下に適切な情報が入らなかったと言うことだが、それが当たり前で、報告があるのは問題が解決してからに決まっている。

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 今回はその解決もできなかったため途中で未確認情報が飛びかい、「一号機の海水注入を止めたのは誰か」という犯人探しにまで発展してしまった。
福島第一原発の吉田所長としては、「何も知らない連中の指示など待っていたら、チェルノブイリになってしまう」と思って決断(手続き上は問題ない)したのだが、東電本社が菅首相のヒステリーにおびえた結果過剰反応してしまったというのが実情のようだ。

 一般的にサラリーマンから昇り詰めた大企業のトップは権力に弱い。上の覚えがめでたくないと社長や副社長や役員にはなれないからだ。
こうした人が最高権力者の菅総理から怒鳴られればどうなるか想像がつく。
清水社長は病気になって会社に出られなくなってしまったし、副社長は「菅総理が怒っているので海水の注入は停止したほうがいい」なんて本部に連絡してしまう。

 私の想定では福島第一原発の吉田所長はとても有能なのだが、上司に媚を売らなかったために地方の原発の所長として追いやられていた人だろう。
こうした人は権力に媚を売らないから独自の判断で物事を決める。
本部の腰抜けが菅総理の言葉に一喜一憂して、海水注入を停止しろなんていっているが、そんなことをしたら大変なことになる。いいから海水を注入し続けろ」といった具合だ。

 おそらく吉田所長の判断のおかげで1号機のメルトダウンはかなりの程度抑えられたはずだ。こうしたつわもの所長がいたおかげでこの程度で収まったと言うところだろうが、しかし東電本社はひどい恥をかかされたので吉田所長を処分するといきまいている。

 想定外の状況下では想定外の所長が必要だ。
しかし国会も政府も東電本社も吉田所長に完全に馬鹿にされいっぱい食わされたものだから、「この恨み、なんとしても晴らす」という状況だ。
かくして想定外の津波が思わぬ人生模様を教えてくれた。

なお菅総理の性格分析は以下のURL参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/2359-8fed.html


 

 

 


 



 

 

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(23.5.27) OECDの正直な経済予測 日本経済▲0.9%

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 ようやくまともな経済予測が出てきた。OECDが5月25日に発表したエコノミック・アウトウックで日本経済の11年度の成長率を0.8%から▲0.9%に引き下げたからである。

 OECDが発表する以前のIMF日本銀行の経済予測は東日本大震災の影響を過小評価し、IMFが1.4%、日本銀行が0.6%といづれもプラス成長を予測していた。
私はプラス成長予測に呆れ返って、「日本経済が必ずマイナスになる」(この記事の下欄のURL参照)との記事を掲載したが、正直者のOECDがまともな予測をしてくれた。

 しばしば日銀IMFはありえない楽観的な数字を公表するが、それは政治的な意図の元にするためで、一方昔から正直な数字を出すことで有名なOECDはやはりマイナス数字を公表した。

 OECDがマイナス予想に転じたのは日本政府が発表するその後の経済実績がほとんどリーマンショックを上回るほど惨憺たる数字だからだ。
たとえば3月全国鉱工業生産指数82.9前月比15.3の減少である。これがどんなにすさまじい数字かというと8年のリーマン・ショック8.6減少のほぼ2倍になっていることから分かる。

 さらにショックだったのは4月の貿易統計速報)の貿易収支4637億円の赤字だったことだ。日本の貿易収支は基本黒字で、赤字になるのは原油高等でたまたま赤字になる月に限られる。
ところが今回東日本大震災の影響で30年ぶりに4月としては赤字になり、しかもその赤字幅は過去7番目に高い。

 赤字の原因は自動車を中心とする輸出産業がサプライチェーンの崩壊で国内生産が停滞したためと、一方で輸入が石油や原材料や食料価格の上昇で16ヶ月連続で上昇したためである。
輸出産業の復興は秋口以降で、一方輸入原材料の高騰は相変わらずだから上期の貿易収支は赤字になることがほぼ確定した。

 そしてこれがとても重要なことだが、貿易収支が赤字になればそれだけ日本のGDPを押し下げることになる。

注)GDPに計測される貿易収支は(輸出-輸入)のネット純輸出かネット純輸入になり、前者であればGDPに加算、後者であればGDPから減算される。

 日銀は下期から輸出産業が立ちなおって、通期で黒字になると言っているのだが、私の予想は「輸出産業は立ち直らない」であり、その結果GDPはOECDの予測より悪化すると思っている。

 なぜそういえるかと言うと日本の輸出環境はリーマン・ショック以降劇的に悪化したからだ。
リーマン・ショック前まで政府・日銀は実質ゼロ金利と金融緩和で日本円を安く維持し、対ドルで120円、対ユーロで170円程度の輸出産業にとってはわが世の春の環境にあった。

 それがリーマン・ショック以降、アメリカとEUが日本並みに低金利と金融緩和策をとった結果、対ドルで80円、対ユーロで115円程度の円高になってしまった。ドルもユーロも3分の2に下がったのだからすさまじい
これで輸出産業に競争しろと言うほうがどうかしている。

 それでもトヨタなどは全生産量の30%は日本国内で生産するとけなげな努力をしていたが、東日本大震災が最後の一撃を加えてしまった。
サプライチェーンが崩壊し、一時は生産がまったくできなくなったからだ。

 日本は輸出産業にとっては地獄のような場所だ。円高で韓国や中国の同業他社とはとても競争できず、しかもサプライチェーンは一時的とはいえ崩壊し、さらに電力供給は夏場は15%の制限を受ける。

注)中国の元、韓国のウォンはアメリカのドルにペッグしているため日本の円に対してほぼ3分の2の引下げになっている。

 2011年4月貿易収支は赤字になったが、これは従来のような一時的な赤字とは異なる質的な変化だ。
日本は輸出産業が稼いだドルを再投資してその収益金(配当や利息)で食っていた国だ。
しかし今後はその貿易収支が良くてトントン、場合によったら赤字になる国に変わる。

 その結果GDPは傾向的に低下する国になるだろう
私はそれが当然だと思っているが、GDP成長派にとっては精神的に苦痛な日々だろう。
しかしGDP成長派がいかに公共投資を拡大しても無駄で、いらない道路や飛行場や港湾等を作えば後でメンテナンスに苦しむだけだから、実情を受け入れた方がはるかに苦痛は少ない。
また金融緩和は輸入財の高騰を後押しするだけだから自ら首を絞めているのと同じだ。

注)金融緩和で市場に放出された資金は日本国内には投資先がないため海外に流れて原油や鉄鉱石や食料価格を上昇させる。

 20世紀GDPの世紀は日本では1990年前後のバブル崩壊で終焉し、そして東日本大震災で最後のダメ押しをされてしまった。
日本が輸出産業主導で成長する時代はすでに過ぎているのである。

注)日本のGDPは1990年前後のバブル崩壊以降、名目ではほとんど伸びていない。2000年の前半に日本のGDPが延びたとされるのは実質GDPのことで、物価が傾向的に下がっていたのでその分実質GDPは上昇した。


経済成長予想の記事は以下のURL参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat43696146/index.html

 

 

 
 

 

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(23.5.26) 坐骨神経痛闘病記

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 再び坐骨神経痛の治療を再開することにした。私と坐骨神経痛との付き合いは長くその治療は失敗の連続だ。
10年以上前からなんとなく右足がおかしかったのだが特にこの症状が悪化したのは、トランスエゾ1100kmに参加した2004年のことだ。

注)トランスエゾ1100kmは2週間にわたって北海道の田園地帯を走る競技で身体をケアしながら走らないと身体を痛める。当時は身体をケアする必要性を知らなかった。

 レースから帰ってきて通勤電車に乗ると猛烈に右足が痛んだのを覚えている。最初は何が起こったかまったく理解不能だったが、あまりの痛みで脂汗が出てきた。

 その後これは坐骨神経痛から来る痛みだとわかって、自力整体に取り組んだり、ちはら台に有る整骨院で治療をうけたりしたが、今から3年ぐらい前に治療をやめた。
症状がよくもなく悪くもなく改善しなかったことと、痛さと共存する道を選ぶことにしたからだ。

 坐骨神経痛では最初歩く時や走るときに痛みが走るが、体が温まるにしたがって痛みが引いていく。
まあいいや、痛いのは最初だけだし、我慢すれば何とかなる

 以来この痛みと共存してきたのだが、最近また我慢できないほど痛くなることが多くなった。
まずいな、症状が進んでしまったみたいだ、何とかしないと・・・」悶々としていた。

 そんな時、ちはら台走友会のメンバーで自身が治療を受けて、とても効果的だった整骨院の話を聞いた。ちはら台にある「あさぬま整骨院」という。

 昨日(24日)行ってみたが、私の右の臀部と右の足のふくろはぎを触って先生が驚いていた。
ここまで硬くなる人も珍しいですね、通常は肉離れを起こすのですがそうしたことはありませんか?」
私は昔から右が効き足でなんでも右中心だったので、右足を酷使しすぎたようだが筋肉は強く肉離れにはならなかった。

治療には時間がかかりますよ、すぐには治りません。プロでも治すのが難しいでしょう」実に正直な接骨医だ。
それに若くておまけにハンサムで、ちはら台走友会の女性ランナーに人気があるのもうなずけた。

毎日治療に来るのが一番ですが・・・」と言われたが、とても時間的に余裕がないので1週間に1回として、その間は自分で臀部と足のマッサージと柔軟を繰り返すことにした。

 昨日から実に熱心にマッサージと柔軟を行っている。体がとても硬いので前倒などすると痛みで悲鳴をあげそうだ。
だが、がんばるぞ、何とか痛みが取れたら走力も上がるはずだ
臀部の痛さは走るときにひどいブレーキになって、まともに走れない。このブレーキを取るのが目標だ。

 この5月の始めに萩往還250kmを走ってまた体が一段と硬くなり痛みが増したのだろう。次は8月にトランスエゾ1100km(前回は完走しなかったので今回はリベンジで完走を目指している)が予定されている。そのときまでに臀部と右足のふくろはぎの痛みを何とかしてとっておきたいものだ。
やまちゃん、がんばれ、次は柔軟だ!!!」気合を入れている。


なお、過去の一連の坐骨神経痛との闘病記は以下を参照。
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/cat30198398/index.html

 

 

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(23.5.24) ようやく動画を扱えるようになった

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 私の長年の悩みはうまく動画の処理ができないと言うことだった。写真であればデジカメで写した写真をPicasaの編集機能を使用して編集し、それをアップロードすることでPicasa Webで不特定多数の人に見せられるが、動画はなんともうまく行かなかった。

 目標は動画をパソコンで処理してそれをYouーTubeで配信することだったが、動画を何で撮影するか迷っていた。
1年ほど前にソニーのハンディカムを購入してチャレンジしたがすぐに根を上げてしまった。
ビデオとパソコンとの相性が悪く、You-Tubeにうまく張り付かないのだ。
もうやだ、こんな面倒なことは止めた・・・・・・

 それからはや1年、最近デジカメの動画機能が非常に優れていることに突然気づいた。私がデジカメの動画を使用しなかったのはメモリーが小さすぎることと、バッテリーをすぐに消耗してしまうことで動画には向かないと勝手に思っていたからだ。

 しかし使用してみて驚いてしまった。私が使用しているのはフジフイルムのFINPIXと言う機種だが、メモリーは8GBでこれならかなりの動画をとっても問題ないし、最近のバッテリーの寿命は飛躍的に向上していた。
これはすごい、デジカメでいくらでも動画を撮れるのだ」感心した。

 先日、青葉の森でリレー大会があって私が所属しているちはら台走友会も参加したのだが、その時同僚のランを動画で撮影し、You-Tubeに貼り付けてみた。
よほど専門的なランナーでない限り自分が走っている姿をビデオでチェックすることはない。ほとんどの人が自分で走っている姿を初めてみた。
こんなひどい走りなのか・・・・イメージとかなり違う」と言った感想が多かったが、それでもとても新鮮なインパクトを与えたようだ。

 重いハンディカムと違ってデジカメは走りながらでも撮影ができる。私はたいていの大会でデジカメを持って走っており、今までは写真だけを撮影していたが、今後はビデオも多く撮るようにすることにした。

 ランナーが風を切って走っている様子や、サクラの花びらが散っている様子などの動きに対しては写真よりはビデオのほうがはるかに見ている人に感動を与える。
よっしゃ動きだ!!!これからはビデオを積極的に撮ろう」決心した。

 悩みはビデオの編集ソフトで、とりあえず友達から教えてもらったソフトを使用したが操作にてこずって使うのがいやになってしまった。
最適なソフトを見つけるのは並大抵のことではなく、試行錯誤しているがみつからない。

 それでも今回ランナーが走っている様子を写してみて悟ることがあった。

① ビデオはデジカメで撮影するのが手ごろ。特にマラソンのような走りながら撮影する場合はビデオカメラは重すぎる。

② 編集ソフトはうまく見つからないので、その場合は下手なビデオは消去すればいい(本当は手ごろな操作性の良いソフトがほしい)。

③ You-Tubeにはパソコン動画はすぐに張り付くが、ビデオカメラの動画は悪戦苦闘する(理由は明確でないがなにしろパソコン環境との相性が悪い)。

④ 音声の収録はとても難しい。雑音が入って聞きづらいがこれはデジカメでもビデオカメラでもおなじ。音楽演奏の撮影等では工夫がいる。

 
に青葉の森で映した梢がかぜでゆれている動画を添付しておく。写真ではまったく平凡な映像でも動きが有るとそれなりのインパクトを与えられる。「ああ、この日はこんなに風が強かったのか」と言った具合だ。
http://www.youtube.com/watch?v=gyXwdmo_ZF0

なお、You-Tubeに関する記事は以下のとおり
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/211024-youtube-.html

 

 

 

 

 

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(23.5.24) ハイビジョン特集 異端の王 ブラックファラオ

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 (この写真は哲学堂公園のガンジー、記事とは関係はありません

 世の中には私が知らないことがいくらでもあるのだとつくづく思ってしまった。
このたびNHKがハイビジョン特集で放送した「異端の王 ブラックファラオ」がそれである。

 古代エジプト3000年の歴史の中で、紀元前8世紀から7世紀にかけての約70年間に渡って、古代エジプトでは黒人のファラオが存在していたと言う。
しかもこのブラックファラオはそれまでのいかなるエジプトのファラオよりエジプト的で、エジプト人が見向きもしなくなったピラミッドの建設や、忘れられた神アメン神殿の再興を行い、エジプトに富と文化をもたらしたのだと言う。

本当かね、じゃブラックファラオとはどこの誰だい?」思わず身を乗り出した。
私はまったく知らなかったが、ナイル川の上流に古代エジプト文明より約1000年遅れて、BC2000年ごろにクシュ王国が誕生したのだそうだ。
このクシュ王国はアフリカ系黒人の国で、以後2300年の長期にわたってエジプトの上流、現在のスーダンの土地に王国を築いていたと言う。

 大国エジプトに隣接する小国クシュと言う関係は、この近くの歴史で言えば中国と朝鮮の関係に近い。
クシュが何もない砂漠のようなところであれば問題がなかったが、ここが古代世界最大の金の産地であることが災いした。
エジプトはBC1500年ごろ金を求めてクシュに戦争を仕掛けたちまちのうちにここを占領し、以後500年間植民地支配を続けたという。
目的は「金」

 今私達が博物館で見るツタンカーメンの黄金のマスクの金もクシュからの献上品なのだそうだ。
しかし歴史とはわからないものだ。500年間の支配の間にクシュ王国はエジプトの最高神アメン信仰の崇拝者になり(朝鮮が中国以上に儒教国家になったのに似てる)、一方エジプトは隣国のリビアとの戦争にあけくれてBC10世紀頃には総崩れになってしまった。
そしてその後300年余りナイル川下流域はリビア系エジプト、中流域が伝統的エジプト、そして上流域がクシュ王国と言う中国の三国志のような状態が続いたのだそうだ。

 そうした中でこのエジプトを救おうと立ち上がったのがクシュ王国の王ピイだという。ピイは優れたエジプト文明とアメン神の再興のためにまず伝統的エジプト王朝を滅ぼし、次いでリビヤ系エジプト王朝を滅ぼして、ナイル上・中・下流域すべて支配する黒人支配の王朝を築いたのだそうだ。

 当時のエジプト人はまったく古代に関心を払わず、ピラミッドも700年前から建造をやめ、神殿も打ち捨てられ、「アメン神て誰」と言うような状況だったと言う。
そこでピイは叫んだ
我らが神アメンをたたえよ。そしてピラミッドを作ろう

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 この番組のテーマは「歴史は異端の王によって動かされる」と言うことだ。
こうした事例は確かに多い。まったく無関係に見えるがNHKが放送している新撰組血風録司馬遼太郎原作)にも、異端の武士が幕末に最も武士らしく生きようとした姿が描かれていた。

注)番組を見てない人のために言うと、新撰組副長の土方歳三が隊士が士道にそむけば必ず切腹を言い渡して武士として死ぬことを求めていた。しかし実際は土方歳三を含めてほとんどが郷士や百姓や町人出身であり、旗本や藩士のような本当の武士は隊士にいなかった(ただし脱藩浪士はいた)

 このクシュ王国の王はいわば王政復古のような「古代に帰れ運動」をしたのだが、それを本気で行っていたことがすごい。
おかげでエジプト文明は再び輝きをとりもどしたのだが、その富(黄金)を求めて隣国の軍事大国アッシリアがエジプトに攻め込み、瞬く間にブラックファラオの軍隊を殲滅してしまったのだと言う。

 ブラックファラオは文化の復興には実に熱心だったが、軍事力の強化を怠り当時の最先端の武器である鉄製の刀剣の数で圧倒的にアッシリアに劣っていたからだと言う。
文化国家はいつも戦争に弱い。エジプトの都は略奪と放火にあい、ブラックファラオが70年間に渡って営々と築いてきたエジプト文明はあえなく崩壊してしまった。
そして第4代ブラックファラオ、タハルカは失意のうちに故国クシュに逃れていったのだと言う。

 番組では現在のスーダンの土地にその後も多くのピラミッドが建設されて、なおここがエジプト文明の後継者だったことを示していると説明していた。

 この番組は私がまったく知らなかったエジプトやスーダンの歴史を教えてくれたなんとも面白い興味ある番組だ。ブラックファラオもクシュ王国も、そしてスーダンのピラミッドのこともまったく知らなかったが、「異端の王」の話はとても想像力を掻き立て、新撰組を思い出してしまったほどだ。

 

 

 

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(23.5.22) 千葉・青葉の森のリレーマラソン

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 今年も千葉市で開催された青葉の森のリレーマラソンを走ってきた。青葉の森は我が家から10km程度のところにあるとても素敵な公園で陸上競技場や野球場が整備されているが、何よりランナーにとって嬉しいことに一周2kmの周回コースが取れる。

 青葉の森リレーマラソンとは、この周回コースでフルマラソンの距離を1周ごとリレーで5人から10人程度のメンバーで走りきる競技だ。
今年で9回目になるのだが当初は出場チームが少なく主催者側が参加を呼びかけていたのに、最近は反対に参加チームが多くなりすぎて、厳しい足きりを行っている。

 400チーム程度の応募があったようだが、220チームに参加を制限しているため、私が所属しているちはら台走友会も昨年までのシリアス組み楽しみ組みの2チームが参加の予定が1チームしか認められなかった。
しかたない今年は入賞を狙うよりもみんなで楽しもう」Y会長の提案だ。

 私はリレーがことのほか好きだ。通常は目一杯に走ることなどないのだが、このときばかりは限界に近い速度で走る。
最も限界と言っても毎年毎年速度は遅くなってしまい、第一足が開かない。
しかも回転も遅いのだからなんとも悲しくなるような走りだ。

 2kmを8分40秒前後で2回走ったが汗が滝のように流れ落ちた。
うんーん、今年は昨年よりも15秒程度遅くなってしまった、残念だ!」
よる年波には勝てなくなってきた。

 もっとも今月の初めに萩往還250kmを走った後で、完全には体調が復活していない状態なのだから、本当に走れただけでも僥倖なのだ。
足が開かないぐらいなんだ!!!」

 今回は楽しかった。ちはら台走友会のメンバーで初めてこのリレーマラソンを走った人もいるし、足に不調を訴えてたTwitter姉さんも走りきることができた。
気合があれば何とでもなるのがこのリレーだ。走り出すと痛みなどたちどころに忘れてしまう。

 ちはら台走友会のメンバーは他のクラブにも所属している人が多く、エースのOさんTさんは他のチームのメンバーとしてすばらしいスピードで走っていたし、女性の快速ランナーのOさんはリリーズと言う主婦チームを率いて力走していた。

 今年もまたリレーが走れたことを幸いとしよう。そのうちまったく走れなくなったら、「あの頃は俺も若かった」なんて思い出にふけることができそうだ。

なお、実際に走っているときにTwitterでツイートして有りますので、このブログのTwitterをクリックすると見ることができます。

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(23.5.22) 白旗をあげたみずほFG(フィナンシャル・グループ) みずほ銀行とみずほコーポレート銀行の合併

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 あまりにひどいシステムトラブルで恥の上塗りをしたみずほFGがとうとう白旗を揚げた。
なにしろ東日本大震災のさなかにみづほ銀行の決済機能とATMが動かず、仕方なしに約200億円の仮払いをしたが、4億円はネコババされて返済されなかった。

注)今回のトラブル経緯は以下の記事を参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/23321.html

 これで経営者の責任が問われないほうがおかしい。
みずほ銀行の西堀頭取が引責辞任することになったが、それだけに問題は止まらなかった。
ながく懸案だったみずほ銀行みずほコーポレート銀行の統合に踏み込んだからである。

 みずほFGができたのは2000年9月だったが、グループ統合は実はいやいやながらの統合だったのが災いした。
興銀、一勧、富士といったそれまで日本をリードしてきたトップバンクが統合に同意したのは、バブル崩壊による不良資産がそれぞれが1兆円規模にふくらみ、金融庁から規模拡大による生き残りを強く要請されたからである。
しかたない、金融庁の顔を立てて合併はしてやるが実質は元のままにしよう

注)金融庁はアメリカから金融機関の不良債権処理を迫られていたので、金融機関の統合を強く推し勧めることで生き残りをさせようとしていた。

 統合された金融機関は信じられないことに1行体制でなく2行体制で、持ち株会社のみずほホールディングス、そして中小企業融資のみずほ銀行、大企業融資のみずほコーポレート銀行と言う構成だった。
なぜ二行体制かと言うと、プライドの高い興銀が他の二行との統合を嫌がったからだ。
興銀こそは戦後日本の製造業を支えてきた由緒ある銀行で一勧や富士と一緒にされては困る
 
 仕方なく一勧と富士が合併してみずほ銀行を作ったが、両行は力が拮抗していたので妥協の産物としてみずほホールディングスみずほ銀行の社長を交互に出すことにした。

 三行がいかに合併に乗り気でなかったことは、三行の勘定系システムをそのまま残し、その上ににつなぎシステムを構築したことに明確に現れている。
合併なんてちゃんちゃらおかしい、実質は元のままよ。みずほ銀行は本当はみずほ一勧とみずほ富士さ

注)通常、吸収合併の場合はシステムは必ず吸収する側のシステムにそろえられる。同じ仕事を別々のシステムで行うことはまったく合併のメリットが出ないからだ。しかし興銀、一勧、富士の場合は対等合併だったためシステムの統合ができなかった。

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 これが2002年4月の第1回目の大トラブルの原因だったが、そのときは何とかみずほ銀行みずほコーポまでの合併に踏み込まなくても済んだ。
とりあえず一勧の勘定系システムをみずほ銀行のシステムとして採用することにしたからである。

 しかしここにきて再度のシステムトラブルを発生させただけでなく、二行体制の無理も明確になってきた。なにしろ収益がちっとも上がらないからだ。収益は三菱UFJ三井住友の後塵を拝し第3位が定位置になってしまった。
かつて日本を代表した3行の合併後の収益は他のメガバンクにどうしてもかなわないのだ。

 原因はみずほ銀行とみずほコーポ銀行との業務の重複にあった。一応みずほ銀行は中小企業と個人融資、みずほコーポは大企業融資と言うことになっているが、実際は一勧と富士の取引先がみずほ銀行に興銀の取引先がみずほコーポ銀行に移っただけだ。
そして両行で取引のあった取引先をできるだけ調整しようとしたが、取引先の意向や職員のサボタージュがあって最後は何がなんだかわからなくなってしまった。

 こうして興銀、一勧、富士といった戦後日本の経済を支えてきたトップ銀行が互いに足を引っ張り合ってまったく合併効果が現れず、一方でシステムトラブルが続発すると言う最悪の事態になってしまった。

 システムは人間の感情や行内政争に無関係に中立的なものだから、互いに足を引っ張り合ってシステム運用に手を抜けばトラブルが発生するのは当然だ。
これではみずほFGはつぶれてしまう。今までの行内闘争はやめて適材適所にしよう。それに無駄に二行体制を維持して人的・システム的に二重投資をし続けるのは止めよう」ようやく目が覚めた。

 2000年に世界の大銀行が出現したともてはやされたみずほグループは、実際は10年の歳月を行内闘争についやし、収益では日本で第三位、システムトラブルはトップ企業と言う汚辱のうちにようやく一行体制にうつることになった。

なおみずほ銀行の収益の分析については以下のURLを参照
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-8024.html

 

 

 

 

 

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(23.5.21) ためしてガッテン アンチ・エイジング 老化予防法

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 最近ひどい老化現象に悩まされている。耳が聞こえないのは前からだが、最近は目の焦点も甘くなって小さな字が見えない。髪はとうにはげているし残った毛は白髪交じりだ。
手の皮膚は細かなしわがいっぱいできてかつてのようなピンと張った皮膚でなくなってきた。
おまけに体が硬くなり前に身体を倒すこともできない。
走ってもスタートダッシュなどしようものならすぐさま肉離れになってしまうので、体が温まらない限りは全力で走ることもできない。

 そしてなによりも疲労が抜けなくなっている。毎朝2時間程度清掃した後は1時間程度寝込んでいるし、午後1~2時間程度のJOGをした後も1時間程度寝込んでいる。ブログを書いた後も寝込むのだからひどい。
俺もとうとう神様のお迎えが近づいたか・・・・・」ため息をついていた。

 こんな時にNHKのためしてガッテンアンチ・エイジングの方法を教えてくれると言う。肌も骨も血管も一挙に若く保つ方法だという。
本当かい、それが本当ならぜひ実践したいものだ」テレビにかぶりついた。

 最近の研究で皮膚の老化とは「たんぱく質の糖化」だと言うことが分かったという。
体内にあるたんぱく質と食事により摂取した糖分が結びついて糖化たんぱく質AGE正式名は終末糖化産物)が体内に蓄積することだと言う。

 余分の糖分がたんぱく質とくっつくとたんぱく質が茶色に変色し弾力性がなくなるのだそうだ。
皮膚のコラーゲンと結びつけば糖化コラーゲンとなるし、骨と結びつくと糖化カルシウムと言う具合らしい。

 だからとためしてガッテンでは糖分の取り方を注意すればいいのだという。
たとえば食事ではまず野菜を先に食べて後からゆっくりとご飯を食べれば糖分の吸収が遅くなって血糖値が上がらない。その結果、たんぱく質と糖分の結合が妨げられるのだそうだ。

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 どうやら糖尿病にならないような生活態度が最も大事で、野菜を先に食べて糖分を控え、十分に運動をすれば糖化たんぱく質はたまらないからいつまでも若くいられるのだと言う。

 「うぅーん」唸ってしまった。
私の場合は常時運動はしているが、なにしろ糖分が大好きだ。日常的にパンを食べているのはともかく、暇があれば大福や甘いお菓子を食べてしまう。野菜などはほとんど食べていなかったから先に食べろと言われても対処のしようがない。

 この番組では野菜を先に食べることによって糖化ヘモグロビン血液中のヘモグロビンが糖化されたもの)を抑えることができたとの実例を糖尿病患者を対象に検証していた。
ある患者さんはこの糖化ヘモグロビンの割合が9.0から7.8に劇的に下がったのだと言う。

 気になったので私も先に受けた人間ドックの検査結果を確認したが、糖化ヘモグロビンは5.6で適正値(5.1以下)より高かった。
そうか、いくら運動しても野菜を取らず甘いものばかり食べているので老化が進んでいるのだ」納得してしまった。

 先日(20日)から、まず食事では十分野菜を先に食べるようにしている。
なんとしても糖化ヘモグロビンの値を押さえて、老化を予防するんだ。不老長寿だ、がんばれ

 しかし若干不思議なのはしばらく前まで老化の原因は活性酸素による酸化だといわれていたことだ。活性酸素が細胞を傷つけることが問題とされていた。
うぅーん、今度は酸化でなく糖化か・・・・・・・・
おそらく老化の原因は一つではなく多くの要因があるというのが実態なのだろう。
そのうちにより強烈な老化要因が見つかりそうな気もするが、それまではせいぜい野菜を最初に食べることにしよう。

 

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(23.5.20) 原子力発電の終焉とシェールガス革命

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 NHKのワールドWave トゥナイトの特集「シェールガス革命」を見て、日本の原子力発電の時代が完全に終わったと確信してしまった。
福島第一原発のあと浜岡原発が停止され、さらに他の停止中の原発は再開するに当たって周辺自治体の同意が得られそうもない。
想定外を想定して対策を採れ」と言われてもとりようがないからだ。

 日本における原発が次々に閉鎖されるとして果たして次のエネルギー資源はあるのかと思っていたら、信じられないようなエネルギー革命が進展していた。
シェールガス革命」と言われるエネルギー革命がそれで、世界中に存在するシェール層と言う岩盤から天然ガスが産出できるのだという。

 シェール層と言われても何のことかわからないが、地下1000m~3000m付近まで厚く堆積している泥岩層でその隙間に天然ガスが閉じ込められているのだと言う。
従来はこの層から天然ガスを取り出すことは資金的にも技術的にも難しかった。
しかしアメリカが技術開発に熱心に取り組んだ結果、水圧破水法と言う技術が開発されて天然ガスの取出しが可能になった。

注)水圧破水法はまず垂直にシェール層までパイプを打ち込み、シェール層に届いたら今度はパイプを水平方向に伸ばし、その先から水と化学物質を噴出して岩盤を粉砕し閉じ込められていた天然ガスを採掘する方法。
従来はパイプを水平方向に伸ばすことができなかった。


 オバマ大統領は「今後100年間の天然ガス需要をまかなえる」と喜色満面で演説していたが、このシェールガスの埋蔵量は調査をするたびに急拡大している。
簡単に言えばシェール層があるところには天然ガスありと言う状況でアメリカ、カナダ、北ヨーロッパ、中国、ブラジル等今まで天然ガスの生産ができなかった地域でも埋蔵が確認されている。

注)日本にはシェール層と言う岩盤がないのでシェールガスの埋蔵は期待できない。

 現在シェールガスを実際に採掘して商業生産に載せているのはアメリカだけだが、すでにアメリカ国内の天然ガスの20%がシェールガスで、今後この割合は45%程度まで拡大できると言う。
おかげでアメリカは09年にロシアを抜いて世界最大の天然ガス産出国になって、輸出まで始めてしまった。

 この状況に驚いたのがロシアとカタールで、カタールはアメリカ向けに開発していたLNG液化天然ガス)を仕方なく西欧向けに変更したが、このためこの地域で独占的地位を占めていたロシアの天然ガスが駆逐され始めた。

 ロシアはあわてて天然ガスの輸出先を日本、韓国、中国と言ったアジアにシフトさせようとしているものの、中国はアメリカと共同で自国内でシェールガス生産に乗り出す可能性が高い。
大変だ、このままでは天然ガスは世界中に溢れてしまう」従来の産出国であるロシアと中東が大騒ぎをしている。

 おかげで天然ガスのスポット価格は劇的に下がり08年7月の14ドル100万BTS)から最近は4ドル程度になってしまった。これは2000年以前の価格に近い。

注)スポット価格は下がったが長期契約の場合は8ドル程度。

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 思えばこのシェールガス革命は日本にとって信じられないようなベストタイミングで進展している。福島原発事故で日本の原子力発電は実質的に息の根を止められたが、代わりにこのシェールガスを使用した火力発電所の可能性が大きく開けてきたからだ。

 シェールガスの開発が進めば進むほど、世界は天然ガスを基本エネルギーとして使用するようになり、石油と原子力に依存するエネルギー体系が崩れる。
なにしろ天然ガスは石炭に比べてCO2の排出量が2分の1程度のクリーンエネルギーと言われている。そして埋蔵量は無限大だ。

 アメリカ、カナダ、中国、そしてロシアにいじめられぱなっしのポーランドがこのシェールガス開発に熱心になっている。技術はすべてアメリカのものだから、アメリカはこのシェールガス革命を先導することで落ち目の覇権を維持できる可能性がある。
石油の時代が終わった、これからはシェールガスだ」という訳だ。

注)シェールガスが石油に完全に代替することはないが火力発電所の燃料としては代替できる。

 日本も商社がカナダでシェールガス生産に乗り出そうとしており、シェールガスの未来は明るい。
問題は環境問題で採掘現場に近い地下水がメタンガス(天然ガスの主成分だが人体に対する影響はない)で汚染されると言う問題がある。シェール層から天然ガスが漏れ出すためらしい。

 フランスはこの環境問題があるので原子力のほうがはるかに問題が少ないと言っているが、日本の例を見てもわかるように原発事故の方がはるかに問題だろう。

 どうやら21世紀の主要なエネルギー資源はこのシェールガスになりそうだ。嬉しいことにシェールガスは世界中にほぼ無尽蔵にあるのだから、中東やロシアの資源外交に左右されず、かつ価格も低位安定になりそうだ。

 日本は福島原発事故で原子力発電の息の根がほぼ止まったが、思わぬエネルギー革命の進展で電力供給のネックを回避する方法が見つかった。

注1)なお、シェールガス革命は10年、20年の歳月で起こる革命で1年、2年先の問題ではない。その間は徐々に原発が停止し、一方天然ガスを利用した火力発電所が徐々に増加していくと言う推移をたどる。

注2)シェールガスは原子力に代替できるが、だからと言って日本の経済がこれで上昇するとは思われない。原子力の穴埋めが漸くできると言ったレベルだろう。

なお、本件と関連した記事は以下の通り。
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/221022.html

 

 

 

 

 

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(23.5.19) 「岳」 よくがんばったね

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 評判の映画「」を見てきた。北アルプスでテント生活している島崎三歩という山岳救助ボランティアを主人公にした映画だ。
この映画の原作はビックコミック・オリジナルに2003年から掲載されていて、私はオリジナルのファンだから毎回読んでいた。
原作者は石塚真一と言う漫画家だ。

 漫画が掲載された当初の印象は「絵は下手だがよく登山のことを知っている人だ」と言うものだった。
日本のコミックは手塚治虫氏石の森正太郎氏さいとうたかを氏と言った世界最高峰の漫画家によって支えられてきたのだが、そうした人の描く漫画に比較するとなんとも画が下手くそなのだ。

 しかしこれは石塚真一氏の経歴を見ると理由が良くわかる。氏は高校卒業後アメリカの大学に約5年間在学していたが 、その間ロッククライミングに明け暮れ、帰国後漫画家のトレーニングを始めたのが28歳の時だと言うから驚く。
しかも漫画の教習本を購入して独学で漫画家を目指したと言う。

 実は日本の漫画界においては石塚氏があらわれるまでは山岳物はほとんどがヒットしていなかった。
理由は登山家の漫画家がいなかったからである
それまで描かれていた登山漫画は他にモデルがいてその自叙伝等を読んだ漫画家が絵にしていた。

 日本漫画界において始めて登山漫画を書ける作者があらわれ意義は大きい。私のような登山好きの人間でも十分に耐えうる内容になっており、2008年には漫画大賞を受賞している。

 この映画は原作をかなり忠実に再現している。登場人物もその性格付けも原作の通りだ。やや椎名久美という女性隊員のウェイトが高くなっていて、映画ならではの色取りを添えているのが違いと言えば違いだ(映画では美しい女性は必須の要素だ)。

 この映画の山の画面が実に美しい。私は何回も穂高に登っているので景色については知悉していると思っていたが、空撮された映像には目を見張った。
穂高はヒマラヤやヨーロッパアルプスに比較すると決して高い山ではない。
せいぜい3000m前後の山並みが連なっているだけだが、空撮や望遠レンズを駆使した映像は今まで見たこともないような迫力があった。
いやー、日本の山もなかなかのものじゃないか

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 この映画のテーマは長野県警の山岳遭難救助隊とボランティアの島崎三歩が協力して穂高周辺で遭難した遭難者の救助に当たるという内容である。
三歩はいつも穂高に暮らしているので誰よりも先に遭難者を救出してしまう。

注)アメリカ映画だとボランティアの三歩と正式な山岳遭難救助隊の隊長との確執があるのだが、日本映画らしく三歩と隊長は高校の登山仲間で実に仲がいい。

 穂高は夏山でかつ登山ルートを通っているかぎりは決して危険な山ではない。
今では50歳台から60歳台の老人が好んで登る山になっている。
しかし冬場は様相が一転してよほどの熟練者でないと登山をするのは危険だ。この映画の救助場面もほとんどが冬場のシーンになっていて、荒れ狂う穂高山頂付近での遭難者の救助場面が良く撮れていた。

 ロッククライミングのシーンはCGコンピュータ・グラフィックス)を駆使していたがなかなかの迫力だった。何か滝谷屏風岩を本当に登っているように見えるのだからたいしたものだ。
日本のCG技術の水準の高さに驚く。

 一つだけ残念だったのは真冬の氷点下のシーンでクレパスの底に遭難者と救助隊員が落ちてしまったと言う場面があったが、息が白くならないのには笑ってしまった。
山岳映画の冬場のシーンでは今までの映画で息が白かったのを見たことがない。白い息を吐くというのはCGでも不可能なのだろうか。そこまでいけば臨場感満点なのだがと残念に思った。

 映画では島崎三歩の果敢な救助を縦糸に、新人隊員椎名久美と言う女性隊員が救助隊員として成長していく横糸で構成されている。
三歩と久美の恋愛物と言うよりは、久美が三歩を目指してがんばると言う構成だ。
三歩は常に明るくそして救助をした人に対して「よくがんばったね」と声をかける青年で、この「よくがんばったね」が交響曲のテーマのように随所に語られている。
そしてもう一つ「山で捨ててはならないものはゴミと命だ」と三歩は言う。

 正直言えば映画そのものはそれほど感動的とは言えないが(漫画で事前に筋を知っているせいかもしれない)、穂高の美しさと救助の困難さやロッククライミングの醍醐味は良く伝わってきた。

 見ても損はしない実に美しい映像の山岳映画だ。

なお過去の映画評論は以下の通り
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/cat36842745/index.html

別件)カウンターを10000アップしました(「おゆみ野四季の道」「おゆみ野四季の道 その2」のカウンターを加算したもの)

 

 

 

 

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(23.5.18) サムエル・ワンジル選手のあまりに早い死

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 信じられないようなニュースがケニアからもたらされた。北京オリンピック男子マラソン優勝者のサムエル・ワンジル選手が24歳の若さで死亡したという。
ワンジル選手は日本ではなじみの選手だ。
仙台育英高校時代は高校マラソン界のエースで何度も仙台育英高校を高校NO1の地位に引き上げたし、その後はトヨタ自動車九州で実業団チームのエースランナーだった。

 ワンジル選手がトヨタ自動車九州を退部してケニアに戻ったのは北京オリンピックの1ヶ月前で、これにはびっくりしたが理由はマラソンのプロランナーとして生活していくことの決断だった。
実業団選手でいる限りは駅伝の練習が欠かせないことと、他のメーカー等とスポンサー契約を自由に結べないことと、自由にマラソンの賞金レースに出ることができないからだ。

 また獲得した賞金も実業団の選手である間は、個人的に自由にならない。
一部は実業団チームに資金提供することになるし、実業団に所属している間は実業団がその賞金を預かっている場合が多い。

 あれやこれやの理由があって、ワンジルはトヨタ自動車をそして日本を飛び出した。
北京オリンピックで優勝した後のワンジル選手の成績は驚異的で、ロンドンマラソンで1回、シカゴマラソンで2回優勝している。

注)ビッグレースの優勝賞金は1000万前後、世界新記録を出した場合は3000万前後のボーナスが出る。他に招待選手の場合は招待資金が渡される。

 ワンジル選手はこうして世界的な名選手となるにしたがって、名誉とお金につつまれていったらしい。
人は名誉とお金に弱い。若いワンジル選手もその例外ではなかったらしく、その後聞こえてくるのは女性関係のスキャンダルばかりになった。

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 銃で妻を脅した事件は妻から告訴されていたのだが、妻との関係が冷え切っていたらしい。
そして今回の死亡の原因も実にミスティアリアスだ。
新聞報道では妻以外の女性といたところを妻に発見され、2階のバルコニーから逃げようとして落下して死亡したという(他に逃げようとした妻を追いかけようとして二階から飛び降りたと言う説も有る)。

本当だろうか? ワンジルのような驚異的な運動神経を持っている人がたかが2階から飛び降りるぐらいで死亡するものだろうか? この程度の高さで死ぬのは老人ぐらいだ、何かおかしい・・・・・・・

 私はワンジル選手の主要な死因がバルコニーからの落下だとはとても信じられないが、死亡したことは確かだ。
宗猛氏ワンジル選手の死亡を聞いて述べている言葉がワンジルに対する最も適切な言葉だ。
日本できちんとやっていたら、いい形で人生を送れていたと思う。非常にもったいない

 確かに実業団の選手でいたら金や女色にまみれた生活からは程遠い人生が送れたはずだ。
日本の実業団の選手は修行者のように自己克己心が強い。

 ロンドンオリンピックの最有力候補だったワンジル選手はこうして非業の死を遂げた。名誉と金と女色におぼれた享年24歳の人生だった。
本当になんとももったいない人生だった。

なお、過去ワンジル選手に関連して記載した記事に以下のものがあります。
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/20828_90a7.html




 

 
 

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(23.5.17) 樹木医奮闘記 シラカシを助けることができるか?

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四季の道の秋の道ゾーン

 やはりと言おうか当然と言おうか緊急事態が発生した。
四季の道の秋の道ゾーンのシラカシやそれに似た樹木が次々に枯れ始めたのだ。
この秋の道のシラカシは昨年の冬から3月にかけて強剪定をした。
私はケヤキの強剪定がどのような状況になるのかはトレースしていたので知っていたが、シラカシについては知識がなかった。

こんなに切っても大丈夫だろうか?シラカシは丈夫なのだろうか?防腐剤ぐらいは塗ったほうがいいのではなかろうか?」
悶々としたがそのまま放って置いた。

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(強剪定とはこの用に大きな枝をばさばさと切っていく

 しかし春先になって驚くべき状況になってしまった。昨年まで有った葉を残して新芽が生えてこないのだ。しかも昨年までの葉っぱも息も絶え絶えで今にも枯れそうだ。
まずい、これではシラカシは全滅してしまう

 何度もこのブログで記載しているが樹木の強剪定は人間で言えば大手術で手足を切っているようなものだ。本来樹木には自己剪定の機能があり、放って置いても不要な枝や重くなりすぎた枝を適当に枯らして樹形を維持している。
だから人間の行う剪定はこの樹木の自己剪定に習ってできるだけ木に負担をかけない程度に抑えるべきだ。

 強剪定された樹木を見れば分かるが、きられた枝がむき出しになってそこから水分が蒸発してしまって若芽に水分が行き渡らない。このため昨年からある葉を残して新芽は全滅し、そのうちに古い葉も散ってしまうので木が枯死してしまう。
秋の道ゾーンのシラカシは今そのような状況になっている。

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この二本の木は葉をつけるともほとんどできなくなっている。おそらく枯死するだろう

樹木医として今このシラカシを助ける方法はないものだろうか
悩んだ末、防腐剤を切られた断面に塗る措置をとりあえずしておくことにした。
この措置でケヤキの木が甦っていたからだ。

 この防腐剤を塗る措置は、シラカシが強剪定された後すぐに行えばよかった。人間で言えば止血止めのようなもので、それだけで水分の蒸発が抑えられて木に対するダメージが少なくて済む。
まずったな、やはり昨年中に行っていればこんなことにはならずに済んだものを」悔やんだが後の祭りだ。

 しかししないよりはマシなので今日(16日)夏の道ゾーンのシラカシの切られた断面に防腐剤を塗っておいた。本当は上部の切断面にも塗りたかったが、あいにくととどかないので下部の大きな切断面に対する処置だけになってしまった。
これでシラカシは甦るだろうか?」そうなってほしいが私の見たてでは約半分のシラカシは枯死しそうだ。

 

 

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(23.5.16) 樹木医奮闘記 ケヤキは丈夫になったけれど

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今年の夏の道のケヤキ。樹勢が戻っている

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昨年のほぼ同時期の夏の道のケヤキ

 こういうのを喜び半分悲しみ半分と言うのだろう。
喜びはおゆみ野夏の道ケヤキが元気なことだ。
昨年「おゆみ野の街路樹を考える会」がたちあがり、その作業の一環として樹木医の中村さんに(千葉市のみどりの協会が依頼して)、夏の道のケヤキの現状を診断してもらった。

 私もこの調査に同席したのだが、中村さんに「夏の道のケヤキが強剪定されたあと元気がなくなり、ほとんど巨大サボテンのようになっている」ことを訴えた。

そうですね、1~2年程度剪定をやめて様子を見るのがいいでしょう」中村さんの診断だ。緑の協会はその診断にしたがって昨年は剪定を行わなかった。

 今年の夏の道のケヤキの芽吹きは昨年に比べると約半月早かった。若芽も十分茂って今年のケヤキは元気だ。元のケヤキの十分に末広がりに広がったスタイルまでは戻ってないが、それでも巨大サボテンではない。

 私が強剪定を繰り返すことに反対するのは樹勢がそのたびに弱るからである。芽吹きが剪定されていないケヤキに比較して遅くなり、そして秋にはささっと葉が散ってしまう。そして約100本に1本程度の割合で枯死する
木にも弱い木とそうでない木があるのだが、一律に強剪定するため弱い木が死んでしまうのだ。
よかった、今年はケヤキをみんな救うことができた

 とても満足しているのだが、再び今年強剪定をすると元に戻ってしまう。
そうなっては大変で通常は枝抜きや透かしと言った弱剪定の技法で、樹形を保ちながら少しずつ剪定する必要がある。
油断できないぞ、ケヤキ並木が元に戻るまで監視しよう」決心した。

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強剪定されたナンキンハゼ

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剪定されなかったナンキンハゼ 本来はこうなっている

 実は私が心配し悲しんでいるのは昨年強剪定された京成おゆみ野駅近くのとびっきり葉の美しいナンキンハゼが、5月中旬だと言うのに新芽がほとんど出てこないのだ。
道路を挟んで植えられている同種類の木は青々と茂っているのにである。
一難さってまた一難だ。
ナンキンハゼは秋になると美しく紅葉するすばらしい木だ。

 最近の樹木の剪定は乱暴すぎる。木にとって強剪定は外科手術と同じでこれをすると体力の弱い木はほとんどが枯死する。
理由は切り口から水分が蒸発して葉に水分が十分到達しないために葉が枯れ、結果として木が死んでしまう。

 特に今回はこの道路側のナンキンハゼが軒並み強剪定されて、ハゲ坊主になっている。
この木がみんな枯れてしまったらどうしよう」心が落ち着かない。

 元々樹木は自身が不要な枝を落として自己剪定をする性質がある。原生林や鎮守の森の樹木が有る一定の大きさ以上に大きくならないのはこの自己剪定の結果だ。
したがって黙っていても剪定はされるのだから、人が樹木を剪定する場合もこの樹木の性質に合わせた弱剪定をするのが適切だ。

 ところが最近は樹木の剪定はほとんどが強剪定だ。理由は弱剪定は技術がいることと費用がかかることである。
金がないいんだ、いいから切ってしまえ、枯れても文句の言うやつなんてイネイヨ」そんな感じだ。

 ケヤキは今年は救うことができたが、反対に京成おゆみ野駅のこの美しいナンキンハゼは息も絶え絶えになっている。
自称樹木医の私はこの状態に心を痛め、とても悲しんでいる。はたして他の方はナンキンハゼの状況に平静でいられるのだろうか?

なおケヤキ剪定問題の一連の記事は以下のURLを参照
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/cat15469332/index.html

  

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(21.5.15) 中国経済の光と影 中国の成長はいつまで続くのか?

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 世界中が中国経済の動向に一喜一憂している。21世紀に入り世界経済は中国経済に引っ張ってもらっていると言って良い状況だ。
特にリーマン・ショックでアメリカ、EU、日本が軒並み大不況に陥り、その傷跡から立ち直ることもできないのに、中国経済だけはショックを物ともせず10%前後の成長を続けている。

 自動車の国内販売台数はすでにアメリカを抜いており、造船業は世界一となり、GDPでは日本を抜いて世界第2位の地位に躍り出た。このまま推移すればいずれはアメリカを抜いて世界最大の経済大国になることが確実だと言われている。

 現状を見ると貿易収支も堅調に推移しているし、海外への直接投資も積極的だ。
ほとんど懸念材料がない中で、経済指標で唯一気がかりなのは物価指数だけだ。
4月の消費者物価指数は対前年同月対比5.3%UP生産者物価指数は同6.8%UPだった。

注)特に生産者物価指数の上昇が激しいのは石油や鉄鉱石や食料等の輸入価格の上昇による。

 中国政府の消費者物価の目標値は4%UPで、この数値を7ヶ月連続で上回っている。特に食料品の物価上昇はこの倍程度だ。
さすがに中国政府もこの物価上昇には頭を痛めており、金融引締めに転じて昨年末以来8回目の預金準備率の引き上げ(0.5%)を行い、準備率は21%に達している。

注)通常中央銀行は貸出抑制を行う手段として、預金準備率の引き上げと基準金利の引き上げを行うが、前者のほうが金融機関に対して強い強制力がある。特に不動産購入資金を抑制しようとする場合は効果が大きい。

 中国の目下の経済は相変わらず絶好調であり、物価上昇を除いて問題が見られないが、長期的に見ると3つの懸念材料がある。

① 人口が長期的には停滞し、老人人口が増大する。
② 不動産バブルによる不動産価格の上昇が止まらと、いつかは必ずバブルが崩壊する。
③ 最大の輸出先だったアメリカ・EU・日本野経済が停滞していて、貿易環境が悪化している。


 不動産バブルはどこかで崩壊するのは日本やアメリカやEUの経験から見て確実で、問題はそれがいつ発生するかと言うことだろう。
日本は1990年前後のバブル崩壊以降経済は長期低迷に陥ったし、アメリカとEUはリーマン・ショックのバブル崩壊で長期低迷に突入した。

 中国政府は預金準備率を引き上げて懸命に不動産価格を抑えようとしている。この準備率引き上げが効き過ぎれば不動産市場は崩壊し、効かなければ更なるインフレが継続する。
国内景気の牽引役が不動産価格の上昇で有る以上、「その日」は必ず来る。
ただそれがいつかは誰にも分からない。

 貿易環境についてはアメリカもEUや日本には多くは望めない。しかし一方で、アセアン等の新興国等に対する輸出は堅調で貿易収支は順調に推移している。
中国は輸出先の多様化に成功しており、この面からの経済崩壊の可能性は少ない。

 やはり日本の経験からみて経済成長がストップする最大の要因は人口の停滞と、老人人口の増大だろう。

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 日本においては2005年前後に人口は停滞から減少期に入り、65歳以上の老人人口の割合は20%越えてさらに上昇しつつある。
人口が減り、老人が多くなれば国内消費は低迷し、若い労働力がないのだから活力が衰え、GDPは良くて前年並み、政府の赤字国債頼みの公共投資がなければGDPは減少する。

 一方中国における人口ボーナスはいつまで続くのだろうか。最新の中国政府の推定では2030年ごろに14.6億人で中国人口はピークを打つことになっている。
後20年間は人口が増大するとの推定だが、これはやや予想が甘く実際はそれ以前にピークを打つ可能性が高い。

注)日本の厚生省も2005年前後に人口のピークが来るとはよもや思っておらず、将来人口のピークは相当程度遅い時期になると推定していた。

 経済成長が進むとなぜ人口が停滞するかの理由は、生活水準が向上すると子供は生産財(働き手)ではなくて消費財、それ馬鹿高い消費財になるからだ。
子供がいたら楽しく生活できないじゃない・・・
中国も今日の日本と同様に結婚年齢が上がり、実際には結婚しない若者が増え人口は急激に停滞局面に入る。

 さらに中国では急激に都市人口が拡大しており、農村部から人がいなくなっており少子化に拍車がかかっている。そして老人人国が確実に増大しており、最新の資料で60歳以上の人口が13%で日本のほぼ半分の水準になった。

注)日本の老人人口(65歳以上)の比率が13%であったのは平成3年ごろだから大雑把に言って中国は日本より20年程度若々しい国家と言える(ただし比較が中国60歳以上、日本が65歳以上と異なっている)。

 日本から見るとまだまだ若々しい国家だが、日本が停滞局面に入ったのがほぼ20年前だ。
老人が増えれば年金問題が表面化するし、人口が少なくなれば不動産に対する需要が頭打ちになる。
貿易は新興国を相手にまだまだがんばるだろうが、不動産バブルが崩壊し人口ボーナスがなくなれば、日本と同様に長期停滞局面に入るのは確実だ。

 中国が停滞局面に入るのはいつだろうか。明確なことは言えないが中国も老人病の入り口に到着し始めており、遠くない将来に日本の後を追うことだけは確かだ。


なお過去の中国問題の記事は以下のURL参照。
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/cat38004871/index.html 

 


 

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(23.5.14) 東日本大震災 収束工程表は大本営発表 その2  工程表のメルトダウン

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 東電が政府に尻をひっぱたかれて、いやいや発表した収束工程表に早くも齟齬が発生している。
工程表では向こう6~9ヶ月の間に原子炉の温度を100度C以下の「冷温停止」状態にする予定だったがとてもできそうもないことが分かった。

 最も作業が進んでいると言われていた1号機をいくら水で満たしてもちっとも水がたまらないからだ。
何かおかしいのではないか、もしかしたら1号機も2号機と同じように水漏れがあって、汚染水が流れ出しているのではなかろうか・・・・」

 今までは1号機の燃料棒が入っている圧力容器にも、その外側を覆っている格納容器にも損傷はなく、したがって水を流し込んで圧力容器と格納容器を水没させれば(水棺方式)、「冷温停止」状態になると予測されていた。
しかし圧力容器内にはいっこうに水がたまらず、その外側の格納容器にはいくら水がたまっているのか手がかりさえない。

注)すでに1万㎥の水を注入したのに、約8千㎥の圧力容器と格納容器の水位が上がらない。

 通常は空焚きになると2800度C程度まで温度が急上昇するのだが、圧力容器内の温度は120度Cで安定しているので東電は以下のように説明を変えた。
当初は燃料棒の溶融は55%程度と想定し、水で覆って温度を下げようとしたが水が圧力容器の底部にたまるだけになっている。
このような状態で圧力容器の温度が120度Cに保たれていることは、燃料棒がすべて溶けて底部に溜まり、そこに有る水で冷やされているからと推定される。

 また水を十分注入しても水位が上がらないのは圧力容器、および格納容器に穴があいておりそこから汚染水がもれだしている可能性が高い

 なんてことはない、1号機もそこいらじゅう穴があいていて汚染水問題が発生しており、たまたま燃料棒の温度が120度Cに保たれているのは、都合よく溶融して底にたまっているからだという。

 これじゃ「水棺方式」は取れない。まず水漏れを防いでさらに汚染水の除去に取り掛からなくてはならないからだ。

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 燃料棒の溶融は実に厄介だ
。これが溶融せずに残っていればクレーンを設置して燃料棒を取り出すことができる。しかし溶融して固まってしまった燃料棒は完全に冷やしてから砕きながら取り出すしか方法がない。
スリーマイル島の原発事故ではこの溶融した燃料棒の塊を完全に取り出すまで14年の歳月がかかっている。

こりゃ、だめだ。水棺方式は水漏れがあって穴を塞がなくてはならないし、燃料棒は固まって取り出すこともままならない。スリーマイルのように14年勝負だ

 最も対応が進みそうだった1号機が14年勝負になってしまった。そして2・3・4号機はまったく手付かずだ
これではいつ福島原発周辺の住民が戻れるか分からなくなってきた。
しかしそれは当然で工程表をいくら作らせても原発事故が早期に収束することはありえない。

 チェルノブイリと同じレベル7の原発事故ならば、その収拾期間もチェルノブイリと同じだ。
事故から25年、チェルノブイリ周辺30km以内は現在も立ち入り禁止になっている。溶融した燃料棒を取り出せないからだ。

 そこに住んでいた多くの住民は現在他の安全な場所で生活しており、わずかに放射線物質を恐れない老人が無許可で自給自足の生活をしているだけだ。

 福島原発事故も同様だろう。周辺30km以内の住民は結局は古里に戻ることなく異郷の地で暮らすより他に方法はない。
原発事故は一旦起こればほとんど収拾がつかない状況になってしまい、対処方法は安全な場所への避難以外にはない。

 今私達は覚悟をしなければならない。収束工程表をいくら作っても福島第一原発30km以内は不毛の地であり、二度と人が住むことができない土地になると言うことを!!

 20世紀の輝かしい文明の象徴だった原子力が21世紀の世界では、文明を崩壊させる技術になっている。
日本人は福島原発で痛いほどこのことを知らされた。
結局人々は最初は戸惑いながらも、最後は断固としてこの原子力技術を捨て去ることになるだろう。それが21世紀という時代精神なのだ


なお、収束工程表は大本営発表 その1は以下のURLを参照。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/23420-4b8b.html



 

 



 

 

 

 

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(23.5.13) トヨタが日本を去る日 製造業王国日本の黄昏

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 11年3期のトヨタの決算をみて、製造業が日本で成り立っていく条件はなくなったとしみじみ感じてしまった。
連結の営業損益は4682億円の黒字だが、国内単体では4809億円の赤字で、トヨタは国内で生産すればするほど赤字が増える体質になっている。

 かつてトヨタは世界のトヨタだった。なにしろ06年、07年と連結の営業利益が2兆円を越していたのだからあの頃がトヨタの最盛期だったことが分かる。
その後はトヨタにとって悪夢の連続だ。

 08年リーマン・ショックで世界の自動車需要が急激に落ち込み、かつて26兆円規模だった売上高は20兆円規模になり、営業利益が5000億円程度の赤字になってしまった。

 09年はアメリカ政府がGM再生のためにトヨタ・バッシングを行い、アメリカ市場からトヨタを追い落とすことに成功した。
おかげで売上高は20兆円を切って、営業利益は1500億円がやっとになってしまった。

 そして10年は回復の年と意気込んだが東日本大震災の影響で営業利益は4682億円に留まり、かつての優良企業がただの企業になってしまった。

 特に今回の東日本大震災によってトヨタはどの程度痛手を蒙るのかわからない状況になっている。
11年3期の決算に1100億円の震災損失を計上したが、12年3期についても震災損失を計上せざる得ないだろう。
なにしろ生産は50%の水準で、6月以降ようやく7割程度の生産規模になり、震災前の水準に回復するのは11月か12月にかけてだという。

 決算内容を見ると11年1月~3月にかけての第四・四半期は散々だった。
営業利益は前期比約半分461億円にとどまり、売上高も12%も落ち込んでいる。
GMを抜いて世界トップになったのは07年だが、今やGMとVWにも抜かれ世界第3位のメーカーになってしまった。

 なぜトヨタがこれほどまでに凋落したかの最大の理由はやはりリーマン・ショックだろう。それまで日本政府と日銀は低金利と金融の超緩和策を推し進め、おかげで円は120円前後の円安で推移した。
ところがリーマン・ショック以降アメリカEUも日本と同様の低金利と金融の超緩和策を採用し、互いに通貨安政策をとったために急激に円高が進んだ。

注)日本だけが超緩和の時代は円安に誘導できるが、アメリカとEUが超緩和策を取れば緩和の度合いの大きい通貨が相対的に安くなる。

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 120円程度のドルが80円程度の円高になり、170円程度のユーロが110円程度になり、約35%もの円高になってしまった。
これで競争しようと言うのがどだい無理だ。
トヨタの小沢副社長は「80円前後の昨今の一段の円高を見ると、収益を預かる立場として日本でのものづくりを続ける限界を感じる」と正直に述べている。

 作れば作るほど赤字の日本で東日本大震災は最後の一押しをしたと言ってよい。震災地区にあった部品工場からのコアの部品が届かなくなり、トヨタ自慢の看板方式が崩壊してしまった。
通常の状態では在庫を持たないことが利益を上げることになるが、工場が壊れて部品が供給されなくなれば在庫がないと致命的だ。

 そして原発事故によって原子力発電所は次々に停止させられており、中部地区の浜岡原発が休止に追い込まれ電力事情も逼迫してきた。
日本の生産環境は急激に悪化している。

 豊田社長はなお、日本での300万台生産体制の維持を公言しているが、それは不可能な選択だ。
小沢副社長が言うように国内生産の約6割(輸出相当分は日本での生産を諦めて、直接需要が発生している新興国等で生産するのが最も経済合理性がある。
だがトヨタの約6割生産移転で日本の製造業は決定的な痛手を蒙るだろう。
トヨタ以外にもホンダニッサンが輸出相当分の生産を海外に移せば日本の自動車産業は国内需要をまかなうだけの細々とした産業に変わる。

 円高、バッシング、そして大震災の3重苦でトヨタは日本で自動車生産を続ける体力を急激に消耗した。
結局は国内需要に見合った生産体制を残して残りは新興国に生産をシフトしなければトヨタ自身の生き残りができない。

 日本の製造業を支えていた自動車産業が今こうして日本から急激に海外にシフトしようとしており、ものづくり大国日本の黄昏がそこに迫っている。

なお、トヨタバッシングについては以下のURLを参照のこと
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/cat38892627/index.html

 

 

 

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(23.5.12) 東日本大震災 ようやく地震保険に加入した

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 やはり地震保険に加入することは必要だと思っていたがいま一つ踏み切れないでいた。火災保険については千葉県民共済保険に加入しているのだが、あいにくと県民共済は地震保険を扱っていない
そうなると他の損保会社と契約しなければならなくなるのだが、損保会社の地震保険は火災保険とセットでないと販売してくれない
なんだい、もう一度火災保険から入りなおさなくてはならないのかい・・・・

 さらに言うと地震保険はとても高い。火災保険の2倍程度になっている。現状の火災保険料約3万円が約9万円になってしまう。
これだけの高い保険料を支払って本当に価値があるのだろうか・・・」悶々としていた。

 しかも地震保険の実際の支払条件はかなり厳しく、全壊、半壊、一部損傷の区分があり、たとえば全壊になるためには家の傾きが3度以上傾かないと全壊の認定をしてくれない。実際は保険金を支払ってもらえないことが多いのだ。

 あれやこれやで今日まで放って置いたのだが、心配になって過去どの程度の確率で関東大震災並みの地震が発生したか調べてみた。
調べてみるといわゆる関東地方を襲った直下型地震は約100年に1回程度の割合で発生していた。

① 1703年 元禄大地震  M8.1  震源地  千葉県野島崎
② 1855年 安政大地震  M6.9  震源地  南関東直下
③ 1923年 関東大震災  M7.9  震源地  相模湾沖


 東日本大震災の余震でさえM7~8が想定されているのだから、私が生きている間に関東大震災並みの直下型地震が起こるのはほぼ確実だ。
これはもうそろそろ直下型地震が来るな・・・・・
ようやく地震保険に入る決心がついた。

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 インターネットで検索してみると信じられないことに地震保険単独で販売している会社があった。「日本震災パートナーズ」と言う。さっそくサイトを開いてみると私のように県民共済の火災保険に入っている人が多く加入していることが分かった。

 ただし保険金額の限度が厳しく私のような2人家族だと最大500万円までしか入れない。その分保険料は安く、2万円弱ではいれる。
いいじゃないか、たとえ500万でもないよりマシだ。残りは自己資金で何とかしよう」さっそくインターネットで契約を結んだ。

注)来年県民共済の期限が来た時に地震保険を扱っている全労災等に変更をすることにして、今回はこの措置でOKと言うことにした。
なお、日本震災パートナーズの保険は厳密な意味では地震保険ではなく、地震保険を補完する保険と位置づけられている。

 私が地震保険にナーバスになるのはここおゆみ野の昔の地形を知っているからである。ここは昔は小さな丘と小さな谷が入り組んだ地形だったが、それをUR都市機構がならして平坦な住宅地に変えた。

 今ではどこが山でどこが谷か明確になっていないが、ここに古くから住んでいる農家の場所は最も安全な山側の場所にあり、また農家がアパート用地として確保してる場所は山側の安全な土地だ。
一方後からやってきた住民の土地は谷川の埋立地が多い。

 私自身の土地について言えば、半分が削り取られ後の半分が埋め立てられている。直下型地震が起これば埋め立てられたほうに傾く確率が高い。

 今のままでは仮設住宅で一生過ごすことになりそうだ。やはり地震保険は必須だと言うことを再認識してしまった。
しかしまあ、今年はパートナーズの保険で良しにしよう、。来年はしっかりと地震保険に入るぞ」そう決心した。

 

 

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(23.5.11) 失敗記 銀行ATMの巻き

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 私は長い間金融機関の職員だったから金融機関のことについては何でも知っていると思っていたがひどい過信だった。まともにATMで銀行カードを使用できないのだ。

 現在私は千葉銀行をメイン銀行として利用しており、カードの利用に当たっては4桁の暗証番号を使用してきた。
しかしこの4桁の暗証番号はなんとしてもセキュリティーが弱い。よく生年月日などを使用していて簡単に不正利用されることがあるので、最近千葉銀行が盛んに推奨している指認証に変えることにした。ほぼ3ヶ月前のことである。
よし、これで俺のセキュリティーは万全だ。なんと言って暗証番号では時代遅れだ」嬉しくなった。

 ところが以来私のカードではまったく引き出しができなくなってしまった。いつも指認証に失敗するからである。
ATMの前で汗だくになって何とか認証してもらおうと、「人差し指でだめ、じゃー、中指、あれこれもだめ、じゃー左手だったかしら・・・・」なんてやっているものだから私の後ろには長蛇の列ができてしまう。見るとみんながいらいらしているのが分かる。
なんだ、こいつ指認証もまともにできないのか・・・・・・

もうだめだ、千葉銀行のATMでは引き出しができない
すっかり諦めてその隣に設置されている京葉銀行のATMから引き出していた。
京葉銀行のATMは指認証装置がついてないATMがあるので、4桁の暗証番号で引き出せるからだ。
なんてことはない、指認証に変えたことで千葉銀行のATMが利用できなくなってしまった。

 ところが京葉銀行のATMは、こっちはこっちで問題があった。
千葉銀行カードの差込方向が2つあって一方は銀行用、もう一方はクレジット会社(DC)用になっていたがこの違いを知らなかった。
私は長い間この2つの差込方向が同じで千葉銀行用だと思っていたのだ。

 そのためいつもランダムに入れるので、あるときは銀行からの引き出し、あるときはクレジット会社からのキャッシングになってしまう。

え-ーーー、何これ、銀行口座からの引き出しをしたいのに、何でクレジット会社からの借入になっちゃうの・・・・京葉銀行のATMを使用すると2回に1回はDCからの借入になってしまう。
そのたびにクレジット会社に返済しなくてはならなくなり、面倒なことこのうえない。

注)あまりにしばしばこの現象が発生するので、今日(10日)京葉銀行のATMでカードの入れ方をじっくり研究し、ようやく上記のような間違いがわかった。

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 京葉銀行のATMの問題は解決したのだが、指認証は3ヶ月間いっこうに解決しない。
なぜ千葉銀行のATMの指認証ができない。今日(10日)は絶対に原因を解明する」強い決心で今度は千葉銀行のATMの前に立った。
原因が分かるまでは後ろにどんなに長い列ができようとも一歩もATMを離れない決心だ。

 何度か試行錯誤をしながら、「はっ」と気づくことがあった。
指認証は指紋認証ではなく、静脈認証じゃないのか?
私はそれまで指紋認証とばかり思っていたのでガラス面に指先を押し付けて指紋を認証してもらおうとしていた。
しかし静脈認証だったら指を押し付けるのではなく軽く浮かしてスキャンしてもらわなくてはいけない。

注)私は知らなかったが、静脈認証は指紋認証より、よりセキュリティを強化するものとして開発されていた。指紋認証は他人の指紋を薄いゴムのようなものに印刷することでATMをだますことができ、セキュリティが弱いのだと言う。なお静脈認証は第2関節で行うので指先(第一関節)をいくらガラス面に押し付けても認証してくれない。

 指先を前面のインジケーターが示している場所にあて、指を軽くガラス面に浮かすとATMが始めて認証してくれた。
ああー良かった、これでようやく俺も千葉銀行のATMから現金が引き出せる」実にほっとした。

 私はこんなに苦労して静脈認証を会得したのだが、ふとこれは私だけの問題だろうかと疑問がわいた?
他の方は指認証が指紋認証でなく静脈認証であることを当初から十分理解しているのだろうか?
それとも私と同じように悪戦苦闘した末に静脈認証を理解したのだろうか。

 こうしたことはあまりデータがないのでさっぱり分からない。
どなたか自分の経験を教えていただけると嬉しいのだが・・・・・・・・


なお、失敗記シリーズは以下のURL参照。
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/cat8992478/index.html


 

 

 

 

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(23.5.10) 文学入門 有吉佐和子 恍惚の人

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 今回の読書会のテーマ本は有吉佐和子氏の「恍惚の人」だった。
日本外史に記載されている三好長慶の言葉「老いて病み恍惚として人を知らず」から題名を取った有吉佐和子氏のこの小説はあまりにも有名だ。
この小説が出版されたのは1972年のことだから今からおよそ40年前にあたる。 

 私がサラリーマンを始めた頃で当時は高度成長真っ盛りの頃であり、人々は老人問題よりもGNPが世界第2位になったことに酔いしれていた。
今の中国と同じような浮かれていた時代であり、日本の老人問題などはるか彼方の将来の問題と思われていた頃である。

 そうした意味でこの小説は時代を数十年先行した小説ではあったが、当時の主流の論壇からは無視された。人間の内面の掘り下げが浅く表面的な事件だけを追っていると言う評価だった。

注)有吉佐和子氏は常にそうした浅い作家と酷評されていたため、論壇に対抗して読者が好む小説を意図的に製作している。「読者が自分を認めている」と言う立場が氏の支えだった。

 この小説の主人公は昭子と言う職業婦人でかつ家事を一手にこなし(夫は手伝わない)、さらに茂造という老人が今で言う認知症にかかってからこの老人の世話をほとんど一人でこなすと言う一人三役のスーパーウーマンである。

 しかも茂造は認知症が発病するまでは昭子を苛め抜いていたと言う設定になっている。そのような立場の昭子が已むを得ない事情とは言え茂造の世話をし続けることの心の葛藤が本来あっていいのだが、この小説では十分に記載されていない。

 このため人間の内面を鋭くえぐるのが小説だとの認識の論壇主流派からは無視された。
葛藤なくして人間そんなことができるはずがない」と言うことだが、しかしこれは過酷過ぎる批評だと私は思う。
認知症と言う当時はそれほど一般化しておらず、家庭内に押込められていた老人問題を40年前に取り上げ、今日の老人問題に警鐘を鳴らしたのだからたいしたものだ。

 なぜなら老人問題は人間の内面の葛藤問題ではなく、より社会的な問題でありいってみれば誰がどのように看病するのが社会的にみて妥当かの問題だからだ。
したがって有吉氏が痴呆症の症状をできるだけ具体的に、そして誇張してまでも書いた理由も分かる。
こうした老人が出てきたらどうするの???」氏は世に問うたのだ。

注)私には認知症の茂造がなべ一杯の煮物を一人で食べてしまうとか、大学受験の孫よりも早く走ってしまうなどと言うことは物理的に不可能で、誇張でおおげさと感じた。

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 この小説では昭子と言う主人公が最後まで一人で茂造の世話をする筋だてなので、現在から見ると無理が有る。
職業婦人で主婦で看護人と言う立場は到底取れないというのが現在の認識で、それゆえ老人介護保険制度による社会的なケアが整備されてきた。

 しかし当時の認識としては社会的なケアなどと言うものがないから、主婦である昭子が全面的に茂造の面倒を見ざるを得ないと言う筋立てになっており、それでも昭子は精神的にも肉体的にも崩壊しないのだからターミネーターみたいなものだ。

 実は私は有吉佐和子氏の小説を読んだのはこの「恍惚の人」が初めてだ。氏は他に「複合汚染」や「華岡青洲の妻」と言ったベストセラーを連発していたし、何度も映画化されていたのだからもっと早く氏の小説を読んでいてもよさそうなものだが初めてだった。

 「恍惚の人」を読んだ私の正直な印象は「なかなかのストーリーテーラーで何かサマーセット・モームのような印象だが、登場人物自体はちっとも魅力的でない」と言うものだった。
本来はこの昭子と言う女性に感情移入できてもよさそうだがそうはならなかったのは人物の描写に失敗していたからだろう。

 だがそれは仕方がないことだ。これは先駆的な社会派小説で、40年前に現在の老人問題をほぼ適格に予測している小説だ。それだけでこの小説は十分すぎる役割を果したと評価してよいのではないかと私は思っている。

 

なお、読書会の主催者 河村義人さんと今回の発表者 磯部紀代子さんのレポートは以下のURLをクリックしてください。私のレポートとはかなり違った評価になっています。
http://yamazakijirou1.cocolog-nifty.com/shiryou/2011/05/23511-f139.html

 

 

 

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(23.5.9) 東日本大震災 原発行政の終焉と菅総理のヒステリー

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 「無茶が通れば道理が引っ込む」とはこうしたことを言うのだろう。
それまで国の安全審査で「まったく安全面で問題がない」と評価されていた静岡県の浜岡原子力発電所の稼動を、菅首相が突然「停止しろ」と要請したからである。

 これには中部電力もびっくりした。
何が問題なのでしょうか、国の基準を十分クリアーしているのに、総理は何をお考えなのでしょうか。法律を守ることがそんなにいけないことなのでしょうか」と、詰め寄ってみたが菅首相の意向を受けた海江田経済産業相は「停止しろ」の一点張りだった。

 それもそうだろう、まさか「菅首相がヒステリーを起こして、浜岡原発を停止させようとしている」とは口が裂けてもいえない。

 5月6日、菅総理は緊急記者会見を開き静岡県御前崎市に有る中部電力浜岡原発全機(3,4,5号機)の運転中止を突然中部電力に要請した。

 浜岡原発は東海沖地震が発生した場合、福島第一原発と同様に津波被害に耐えられず、原子炉が溶融する可能性の有る原発といわれてきた。なにしろそばに活断層があり、東海沖は地震の巣だ。

 そのため中部電力は過去何回も地震対策を強化してきており、それでも足らず、仕方なく1・2号機は廃炉にし、残りの3・4・5号機を守るために海側に15mの防潮堤を建設中だった。
中部電力は国の安全基準を満たすために努力してきたのである。

 ところが菅総理は文部科学省のデータを元に「30年以内にマグニチュード8程度の東海沖地震が発生する確率が87%」だから、「15mの防潮堤が完成する13年度末まで浜岡原発を全面停止」するよう要請した。
国の安全基準を無視してなぜ急に菅総理が運転中止を言い出したのかの理由は「恐怖感におびえたから」である。

 私には菅総理が何を恐れていたかは良く分かる。菅総理の任期中にもし東海沖地震が発生して福島原発と同様な事故が発生すると、放射性物質は風(西から東に向かって吹くことが多い)に乗って首都圏に到達する。
そうなると東京から人々が逃げ出し、東京がパニックに陥り廃墟の都市に変わってしまう。そのイメージに菅総理はおびえた。
そうなるとヒステリー体質の菅総理は法律も何もあったものではない。
法律なんてどうでもいい、大事なのは原発事故を二度と起こさないことだ。俺の言うことを聞いて原発を止めろ」怒鳴り散らした。

注)私には過去にひどいヒステリー体質の人物との遭遇があるのでヒステリー体質の人の行動がよく分かる。こうした人物は恐怖感にかられると無理難題をそれまでの経緯を無視してわめき散らす

 この措置に対してさすがに賛否両論が出た。
静岡県の川勝知事は「安全性の確保に対する地元の要望を最優先にした英断」と絶賛したが、当の地元の御前崎市長は「話が唐突過ぎて言葉がでない。原発交付金に依存する自治体をどうするのか」と困惑を隠せなかった。

 従来日本の原発は政・官・業・学の鉄の結束で推し進めてきた。
日本の原発は絶対安全で、発電効率が高く二酸化炭素を排出しないクリーンエネルギーなので、現在のシェア30%を40%引き上げよう」が合言葉で、そう口をそろえて国民を説得してきた。

 ところがこれが今回の東日本大震災でまったくの虚構だったことがばれた。
元々自然界に絶対安全などと言うものはないから想定外には対処できない。
そしてこの事故処理の責任を一手に負わされた菅総理があまりの対応の難しさに切れてしまった。
しかも菅総理がいくら真面目に対処しても対応が遅れたと国民も野党も非難ばかりだ。

何が安全なんだ、自民党のやつ、おれに事故処理を押し付けやがって、頭にきた。それならこっちも考えがある。原発など一機たりとも許さん
ヒステリーが爆発した。

 今回は13年末までに完成する高さ15mの防潮堤ができるまでは原発を稼動させないと言うことだが、おそらく防潮堤ができた段階で(菅総理が首相で有れば)再び難題を持ち出して原発再開を阻止するだろう。
想定外のことを想定して対策を打て
そんなことはできっこないから結局浜岡原発は廃炉になるしか方法はない。

注)私は菅総理がやめても浜岡原発は廃炉になると思っているが、それは地域住民が「想定外を想定して対処」を求める様になると思っているからだ。

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 私はこの文書で菅総理を皮肉っているのではない。そうではなくて歴史の転換期には通常の首相ではだめで、菅総理のように恐怖感にかられると、法律などまったく無視して浜岡原発の停止を求める、そうした一種独特のキャラクターが必要だと感じている。

 もし他の常識人が首相になっていた場合は、絶対に「政・官・業・学」が築き上げた「原発推進」の鉄の団結を打ち破ることなどできそうにない。
うるせい、俺は総理だ、俺の言うことを聞け」なんとヒステリックで断固とした雄たけびだろう。

 今回の菅総理の中部電力に対する要請は、本人がどのように考えているかを別にして、日本の原発行政の転換になり日本から原発が消え去る端緒になると私は思っている。
法律を無視して原発を停止させようとしているのだから、菅総理のヒステリーはまさに歴史的偉業を行っていると言えそうだ。

 

 

 

 

  
 

 

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(23.5.8) 東日本大震災 復興資金を赤字国債の日銀引受でまかなうことの考察

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 私は元銀行員で好んで経済記事を書くが、経済学者でも研究者でもなく市井の経済好事家に過ぎないと逃げをうちたくなった。
私の書いた記事に鋭い質問をしてこられる方がおられたからだ。

 福田さんと言う方がそれで、私が23.4.8に記載した「東日本大震災 復興財源はいかに調達するか それをやっちゃおしめいよ 国債の日銀引受」と言う記事に対し、以下のようなコメントをくださった。

http://www.ipe.tsukuba.ac.jp/~s0630079/takahashi.html
には、高橋是清がハイパーインフレを生じさせずに、国債引き受けでデフレ解消した、と記載されているのですが、これは誤りなのでしょうか?」

 日本においては(日銀の資料によると)昭和7年から国債の日銀引受が始まっており、これによって高橋是清が日本経済の建て直しに成功したとの評価がおこなわれているとの指摘である。

 私はとりあえず「昭和初期の成長期の経済と現在の老衰期の経済の差です。
たとえば若者に学問をさせるために親が借金してでも大学にいかすのは効果があります。一方私のような老人に奨学金を出して大学で学ばせても無駄です
」と回答したが、さらに福田さんは以下のような質問をしてこられた。


ご指摘の通り、供給サイドの一方的な財政出動はこれまでと同様に、経済効果は期待できないのでしょうが、震災復旧のための資金や、赤字財政の改善のために、一時的かつ限定的な国債引き受けが、即、ハイパーインフレにつながるものなのでしょうか

インフレターゲットによって、デフレを解消すれば、経済成長できるという主張は、行き過ぎとは思うものの、マネーサプライ自体、民間銀行の信用創造で膨張されたものならば、限度を設けた国債引き受けなら、弊害がないのでは、と思ったもので。

また、高橋是清の国債引き受けは、暗殺後も継続されたから、ハイパーインフレになった、という説が、正しい歴史認識のように感じます
と言ってこられた。

 実に鋭い質問だ。こうなると私も腰を入れて答えなくてはならなくなった。

 高橋財政では赤字国債の日銀引受も一時的な措置として採用している。なぜそれが分かるかと言うと日銀が引き受けた国債をできるだけ金融機関に売却しているからで、本来は市中消化をしたかったがそれができるまでは日銀が引き受けるとの立場だった。そして実際に高橋財政が機能している間は経済は回復していた。

 しかしその後戦争経済が進み、税金による調達だけでは戦費が調達できないためこの便利な日銀引受を拡大して行った。また日銀が引き受けた国債が膨大になるになるにつれて市中消化ができなくなり、日銀に国債がたまった分通貨の膨張が続いた。

 一方戦時中は政府が物価統制をしていたので表面的には物価は安定していた(ただし闇での物価高騰が始まっていた)。
戦後、政府の統制がなくなると一気に物価は上昇しハイパーインフレーションに突入した。

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 上記の歴史的な教訓は以下の通りだと思う。

 当初は一時的な政策として国債の日銀引受を行い、特にデフレギャップがあるときは一定の効果が発揮できる(高橋財政)。

 しかしそれは当初だけで、その後もこの方式を繰り返し続けると、本来返済が不可能な国債を日銀が持ちつづけることになり、その分は通貨の膨張につながる(戦時経済)。

 政府が強権で物価統制を行っている間は物価はおさえられているが、強権発動が終わると一気に物価は上昇し、ハイパーインフレーションになる(戦後経済

 
 さて、この教訓を今回の東日本大震災に当てはめてみるとどうなるだろうか(ただし歴史的位置が違うので単純には当てはまらない)。

① 震災復興によって整備されたインフラを使用して、東北3県で従来以上のGDPが拡大することはない。今回の震災を受けた場所の主要産業が業であり、多くの漁船が流され、漁業者が死亡しているので最大でも震災前のGDPに復帰するのがせいぜい。

② 公共工事を行う企業体の震災特需収入は日本経済に対し大きな乗数効果を発揮しない。後えば収入の50%を労賃、40%を企業所得、10%を株主配当と仮定して考察して見ると、

・労働者は生活必需品を購入するが、そうした商品需要が商品供給者に新たな投資を誘発することなく、余裕の設備で生産される(デフレギャップがあるため)。

・企業は収入を日本での公共工事用設備投資に回すことなく、海外進出の投資に回す(復興特需は一時的なものだから日本で設備投資をおこなうと無駄になる

・株主は海外に多くの投資機会を持っているので、国内投資にまわすことはない。

③ その結果政府が発注する金額を越えて、企業体による新たな設備投資が日本国内に発生することはほとんどなく、乗数効果はほぼ1にとどまる。

注)この乗数効果ほぼ1と言うのは論理的考察と言うより、過去20年間の日本経済の実情からの推察。政府が公共工事を拡大して何度景気回復策を行っても名目のGDPは20年間まったく一定だった。

④ 一方日銀引受の赤字国債については経済の拡大がないので税収入での償還ができなく、戦前と同じように日銀引受を繰り返すことになり、日銀の国債残高は急拡大する。

⑤ 市場がこの状態を危険と見た段階で、円は急落し輸入インフレが始まる。ここで政府が緊縮財政に入れば輸入インフレどまりで収まるが、更なる国債発行(日銀引受)をすれば、発行分だけ物価は上昇する
この状態はエリツィン時代のロシアと同じ)。

 繰り返しになりますが、一時的かつ限定的な日銀引受のつもりが、元々償還財源がないのだから恒常的な対応になり、その結果紙幣が国内にばら撒かれて結果的にはハイパーインフレーションになると言うのが私の見方です。

 

 


 

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(23.5.7) 萩往還マラニック大会250km完走記

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 こういうのを苦節15年というのだろう。1996年に初参加をしてから15年間に過去3回のトライをしたが、常に挫折を味わってきた。
そして4回目の今回ようやく完走することができた。

 このレースは山口県山口市の瑠璃光寺をスタートして時計回りに日本海の長門市、萩市を経由し、最後に萩と山口を結ぶ古道、萩往還道を通って再び瑠璃光寺まで戻ってくるレースである。

 距離は250km、その間400m程度の山越えを6回行い、特に萩往還道の最高地点は600mの山越えになる。
時間は2日間48時間)で、5月2日の夕方6時に出発し、4日の夕方6時が制限時間だ。

 単純に距離を時間で割ると時速5.2kmだから、歩くよりは少し早い程度の速度で走りきれば完走できる計算になる。 しかし実際はそうは行かない。2日間寝ないで走るのは並大抵のことではなく、途中の176km地点にある宗頭文化センターで寝込んでしまうランナーが多い。
実は私がそれで、この宗頭の二階に用意されている仮眠所でいつも寝込んでしまっていた。
まあ、いいや、ここまで来たんだから十分だ」睡魔が襲う。

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(瑠璃光寺5重塔

 しかし私も64歳だ。これ以上年を取るととても250kmを完走する力がなくなる。最後のトライとして万全の策を講じて挑戦することにした。
この種の競技に参加したことのない人にはイメージがわかないと思うが、大会距離の半分の距離、大会時間の半分の時間を練習で経験しておけば本番は気持ちで走りきれる。
これを「距離・時間半分の法則」という。

 昨年の後半から私は江戸川堤で24時間走を何回か行ってきた。
24時間で125km走れば本番制覇だ
この2月頃までは実にうまく調整が進んでいたのだが、3月11日の大震災ですっかり練習日程が狂ってしまった。

 私は最後の調整に佐倉フル、霞ヶ浦フル、千葉一周180km3日間)などを予定していたのに、すべて大震災で中止になった。
まずいな、調整のレースがなくなってしまった。萩往還も中止かな?」気落ちして練習が極端に少なくなっていた。

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 (日本海俵島付近の棚田

 だから萩往還が実施されると通知が来た時には気が動転した。
まずい、このままではまた失敗を繰り返す。何とか策を考えよう
思いついたのがTwitterでの実況で、このツイートを見てちはら台走友会のメンバーのTwitter姉さんに監視してもらうことにした。

 人間は誰かに見られていると思うと意地と沽券でがんばり通す。ましてやTwitter姉さんはうら若き女性だ。
姉さんに「まあ、山崎さんは日頃の大口とは違ってからっきし意気地がないのね」なんて思われては大変だ。
なんとしても男になるためにがんばるぞ!!!」気持ちを追い込んだ。

 また長年の経験から宗頭で寝ることなく、3日の夜の12時に出発すれば完走できることを知った。残り74kmを18時間でこなせばいいのだから時速は4.1km、歩く速度だ。
2年まえにこの萩往還を完走したちはら台走友会の謙会長からも「山崎さん、絶対に寝てはいけませんよ」と念を押された。

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 (日本海 立石観音のチェックポイント

 私の当初の予定では宗頭に3日の夜10時ごろ到着して2時間程度の休みを取ってから夜12時にスタートする予定だった。
しかし速度は完全に亀の歩みになり、宗頭には夜の11時にようやく到着だ。
余裕は1時間か、それでもないよりマシだ」宗頭では食事と風呂に入れる。

 宗頭を予定通り夜の12時に出発したのだが、ここから萩の近くの玉江駅までの20kmは私にとって死の行進になってしまった。このコースは真夜中の山越えと暗闇の海岸端を通るのだが、大会当局から必ず集団で行動するように指示されている。
道が分かりづらく、迷うとどこに行ったのか分からなくなる。

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 (萩の漁港


 私も10人程度の集団の一員になって行動していたのだが、寝不足(スタート後30時間たっておりこの頃が一番つらい)のために段々と意識が薄れてきた。暗闇では前のランナーが安全のためにつけているチカチカランプしか見えないのだが、これを見ているうちにいつもの幻覚症状が出てきた。
ランプが右に左に揺れて、その間から妖怪変化が出ては消えるのだ。
私は過去にこうした経験を何度もしているので「またかよ、いつもの妖怪かい」と思ったものの、そのうちに自分が何でここにいるのか分からなり、意識が混濁してくる。

俺は今なんでランプの跡を追ってるのかな?」「一体どこに行こうとしているのかな?」「ここはどこだろう?」すっかり夢遊病者の症状だ。
集団は玉江駅のエイドステーションで休憩を取ったのだが、私はそこで意識がなくなって寝込んでしまった。おそらく30分程度だろう。

 しかし寝込んだことで頭が回復した。隣のランナーに「ここはどこでしょう?」と聞いて、自分が今玉江駅にいて、萩往還のレースに参加していることをようやく認識できた。
Twitterをチェックするとちはら台走友会のTwitter姉さんをはじめ多くのメンバーから励ましのツイートが入っている。
そうだ、萩往還だ、がんばるぞ・・・・・・」気持ちがハイになってスイッチが入った。

 宗頭からの74kmは萩往還道という600mの山越えはじめ昇り降りが激しい。歩いてばかりいては制限時間に間に合わない。登りは歩いても平地と下りは走るようにがんばった。
走ると言っても亀の歩みのような速度だが、それでも走れるだけマシだ。

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 (萩往還道を降りてきた私、残り5kmの地点

 このレースには400名程度の人が参加したのだが、完走者は225名完走率は55%前後だったようだ。多くのメンバーは宗頭で撃沈した。
私は47時間2分24秒で164位だった。
真ん中より上位にいるのだから大したものだ。とても満足した。

注)私が出場したのは250kmでこのほかに140km、70km、35km、および徒歩の70kmと35kmがある

 このレースの経緯はTwitterで常時ツイートしていたのだが、玉江駅でツイートした後はスマートフォンの設定が勝手に変わってTwitterもメールも電話もすべてできなくなってしまった。
そのためここから55km間のツイートがまったくできていない。
Twittr姉さんをはじめみんなに心配をかけてしまった。
すわ、倒れて病院に運ばれたのか」そう思ったようだ。

 苦節15年、4回目にしてようやく萩往還を完走して念願の男になれた
完走できた一番の要因はTwitter姉さんを始めとするちはら台走友会のメンバーの応援だ。これなければ再び宗頭までの男になっていただろう。

 なお、今後萩往還250kmに挑戦して完走する人のためのポイントを以下に列挙しておく

① 250kmの半分の125kmの距離は休まず走れる走力を身につけておく。
② 24時間走を行って夜に強い体質を作る。
③ 宗頭は何があっても3日の夜12時には出発する。
④ 48時間程度なら寝なくても走れる。
⑤ たとえ何があっても諦めない。


 私がびっくりしたのはまだ十分走れるのに宗頭の12km手前の仙崎公園でリタイアする人が多かったことだ。十分完走できるのに何で止めてしまうのか不思議だったが、気持ちが切れてしまっているからだろう。
気持ちを切らさないためには私が今回行ったようにTwitter等で監視してもらうのが一番だ。

 人はだれかに見られているときは見栄でがんばるものだし、まして男性は女性から見られているとなると逃げ出すわけに行かない。
これは人間が動物でもあることの証左で、雄が雌の前で戦うことなく撤退すれば子孫が残せない。
男は確かにつらいのだ

  

 

 

 

  

 

 

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(23.5,6) アメリカの景気回復は本物か?

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 現在アメリカの景気回復について強気論弱気論が錯綜している。
強気論はアメリカの主要産業である金融機関IT産業が好業績を続けているからで、実際実質国内総生産GDP)は10年第四四半期は前期比3.1%増、11年第一四半期は1.8%増ととても快調だ。
日本が大震災でのた打ち回るような苦闘の最中にあり、EUがポルトガルやスペインの支援で不確定要素が山積みなのに比べれば、はるかに状況はいい。

 バーナンキFRB議長もアメリカ経済建て直しのための量的緩和策をこの6月末で中止すると公表した。
すわ、アメリカ経済は立て治った」と強気論者は言うが必ずしもそういえないところがつらい。

注)昨年11月FRBは景気回復のため約50兆円の国債の買取を行うと発表したが、これを6月末で止めると公表した。

 弱気論者はIT以外の経済状況に注目する、特に不動産業界の動向が最大のポイントだが、こちらはさっぱりさえない。
日本のバブル崩壊後の不動産価格の低迷と同じで、少しよくなったかと思うとすぐ売り物が出て価格を押し下げる。
ここ7ヶ月を見ても毎月低下の一途をたどっている。
通常のアメリカ人は土地を担保に融資を受けて消費活動を拡大していたので、土地価格が下がっては消費活動を拡大させることもできない。

注)アメリカの不動産価格の動向はケース・シラー指数で見るのだが、リーマンショック後住宅価格は約35%低下し、現在二番底をうかがっている。

 日本人にとってはこうした不動産価格の低迷はいたっておなじみで、かつてのバブル価格が戻ってくるとはとても思っていない。私の今住んでいる土地もバブル時代の約半額で低迷したままだ。

 また、最近は金融緩和の資金が石油投機に回っており、アメリカではガソリン価格の高騰が著しい。
とうとうガソリン価格はリーマン・ショック前と同じ1ガロン(約4L)、4ドルになってしまった。
1L当たり約80円だから、日本的感覚ではまだ安いが従来は約40円程度だったのだからガソリンをがぶ飲みするわけには行かない。

 弱気論者によると住宅市場の回復の遅れ、ガソリン高、それと9%台に張り付いた雇用不安があって、アメリカの景気はとても回復しているとはいえないと言うことになる。

 アメリカの景気を見るとき、金融機関の収益が絶好調なのは当たり前で、FRBがほとんどただの資金を金融機関にジャブジャブつぎ込んでいるのだから、これで収益が上げられないほうがおかしい。
貴金属や石油や鉄鉱石や食料等少しでも希少性があると見られている投資物件に資金を集中させて膨大な利益を上げている。
金融機関はアメリカ産業の重要部分だからアメリカの経済が好調ともいえるが、これはFRBの金融政策によってどうにでも転がるところがつらい。

 アメリカで本当に強い産業はIT産業アップル、マイクロソフト、インテル、アマゾン・コム、グーグルと言った企業が次々に過去最高益をあげており、特にアップルの躍進は目を見張る。
日本でもアップル製品は若者達の必需品になっている。

 こうしてみるとアメリカ経済は金融とIT産業だけで持っているようなもので、ITは今後とも世界をリードしていくが金融機関についてはFRBがインフレを恐れて引締めに転じればそのときが有益の転換点になるだろう。

 アメリカ経済は日本やEUよりマシだが、いつまでも金をばら撒くわけには行かないと言う意味で6月以降下降局面に入っていきそうだ。

 

 

 

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(23.5.5) 日銀の11年度経済見通し GDP0.6%成長は当たらない 

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 日銀4月28日に発表した11年度の経済見通しを見て、これはほとんど政策的なアナウンスメントだと思った。
大震災の影響を考慮して1月時点の見通し1.6%0.6%に引き下げるとしたのだが、まだ日本経済が成長するとした見通しにびっくりしてしまった。

 通期で成長が0.6%になる根拠は秋口以降景気が回復すると言うもので、部品の調達難も解消し、電力不足も解消すると言ういたって楽観的な見通しになっている。

 日銀や政府や、また多くの経済研究所等が「直前はだめだが、半年後は回復する」と言うような見通しの発表をよくする。
これは経済予測の常套手段で、直近についてはデータがそろっているので甘いことは言えないが、先は分からないのだから景気回復を歌い上げて国民(企業も消費者も)をその気にさせようとする心理作戦である。
さあ、景気はよくなるぞ、生産に励んで大いに消費活動をしろ

 しかし今回はこの心理作戦は失敗に終わるだろう。
なにしろ東北地方を中心に重要な生産基盤が失われて、鉱工業の生産は震災後凋落してしまった。
3月全国鉱工業生産指数82.9前月比15.3の減少である。これがどんなにすさまじい数字かというと8年のリーマン・ショックの8.6減少のほぼ2倍になっていることから分かる。
今回の大震災の影響はリーマン・ショックより確実に2倍大きい

 なぜこんなことになってしまったかと言うと、たとえば自動車の主要部品のマイコンを作っていたルネサスエレクトロニクス那珂工場茨城県ひたちなか市)が大被害にあって生産をストップしてしまったためだ。
ルネサスはこのマイコン生産の世界トップ企業だったので、国内の自動車生産がこの影響で軒並みストップしてしまった。
なにしろ3月の国内自動車生産は6割も減少したのだからすさまじい。

 現在ルネサスは懸命に復旧活動を続けて6月に生産再開するが、フル生産にいつ戻れるかはまったく見通しが立っていない。
さらにルネサスを悩ましいているのは東電の電力供給が夏以降も安定的に供給できるかと言うことだ。マイコン生産の鍵は安定的な電力供給に有る。
東電は水に浸かった火力発電所や老朽化した火力発電所を再稼動して万全を期すといっているが、想定外の事変が起こればどうなるか分からない。

 消費動向も散々で、あれほど買占めをしたのだからさぞや消費は上向いたかと思っていたが、3月の実質消費支出は対前年比8.5%も落ち込んでしまった。
人々は旅行や外食をほとんどせず家に閉じこもってスーパーやコンビニから購入してきたラーメンやパンを食べていたことになる。

 4月についてもまったく期待できず、5月の連休も成田を利用する観光客等は例年の半分程度だ。
福島原発の収拾はまったく目処は立たず、福島県周辺での工業や商業活動は停滞したままだし、いつまた周辺地域への放射性物質の放出が行われるかわからない。

  こんなひどい状況下にあるのに、「秋口以降は景気が回復する」とはよく言ったものだが、日銀も本音では民間の生産や個人消費が回復するとは思っていない。

 日銀の本音は「第二次補正予算が10兆円~20兆円の大盤振る舞いになれば震災特需がでて景気が上向く」はずだと言うもので、政府の復興特需頼みなのだ。
だが果たして第2次補正予算がそんなにすっきりと国会を通過するだろうか。

 とくに民主党のばらばら撒き体質を自民党は厳しく追及しようとしているから、赤字国債(震災国債)を好きなだけ発行しようとする民主党政府の政策はそのまま採用できないだろう。
どうしても子供手当て等のマニフェスト案件を削って復興費用に当てることになるから、真水で10~20兆円と言う規模にはならない可能性が高い。
だから日銀の震災特需を当てにしたGDPの伸び率予想は過大で、本年度はどう見てもマイナス成長になるだろうと私は思っている。

 

  

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(23.5.2) 萩往還250km報告 Twitter

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 5月2日から4日は山口県で「萩往還250km」のレースに出ています。
スタートは2日の午後6時、制限時間は4日の午後6時です。
この3日間はTwitterでのレースの模様の報告をします。以下のURLをクリックすると見ることができます。


http://twitter.com/#!/yamazakijirou


注1)右欄の「他のアカウント」 Twitterからも入れます。

注2) Twitterの登録をしていない方は登録が必要になります。上記のURLをクリックすると画面の下(スクロールが必要)に登録方法がでます。
まず本人確認のからメールを送付すると、折り返し登録画面が送られてきて、そこで登録します。

注3) なお私のアカウントは@yamazakijirou です。

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(23.5.1) 明日は萩往還250km 

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 明日は萩往還250kmが開催される。
これで4回目の挑戦になるが、過去3回はいづれも失敗している。176km地点に有る宗頭文化センターで寝込んでしまい完走を果していない。
すでに64歳になり、これ以上の挑戦は不可能だろうから最後の挑戦になりそうだ。

 私は過去多くのウルトラマラソンに参加したがどうしても完走できないレースが3つある。
この萩往還250kmと、トランスエゾ1100km、そして富士登山競争だ。

 上記の3つについてはいつも途中で挫折してきた。それぞれレースの内容はまったく違うのだがいづれも壁にぶち当たっている。
萩往還では250km2日間かけて走るのだが、完走のポイントは2日間寝ないことに有る。
寝ないで走り続ければ絶対に完走できるのだが、この宗頭文化センターここで仮眠できる)で寝込んでしまった。
また寝込んじゃった・・・・・・」毎回のパターンになってしまった。

 トランスエゾ1100km2週間かけて北海道を一周するレースで、毎日80km弱走ることになる。このレースでは足の小指にひどい炎症が発生して走れなくなって挫折している。
夏場に2週間も毎日走るためには足の手当てが必要なのだがこれに失敗してしまう。

注)私は足の外側に重心をかけて走る癖があって、小指に負担をかけすぎる。このため小指がひどい水ぶくれになりそのうちに肉が露出して走れなくなってしまう。

 富士登山競争も鬼門だ。このレースは麓の富士吉田市の市役所をスタートするのだが、完走のポイントは5合目まで走りきることだ5合目以降は急勾配になるのでトップ選手以外は歩いている。
私はあごがあがって4合目あたりで歩き出すのでどうしても完走できない。

 萩往還を含め、この3つのレースがなんとも心残りだ。一応世間ではウルトラランナーと言うことになっているが、実際は越えられない壁がある。
これではウルトラランナーと言う評価に傷がつく。
死ぬまでにどうしても完走したいと決心したが、一方で段々と年を取ってきて体力は確実に低下してしまった。

萩往還は今年が最後のレースだ。これを成功させたら後の二つのレースに挑戦しよう。もし失敗したらウルトラマラソンから完全に足を洗おう」そう決心した。

 別にこうしたレースを完走しようがしまいが人生にまったく影響がないのだが、ほとんど男の意地になっている。
何かほれた女にそでにされて意固地になって追いかけている男のようなものだ。

 今回は十分な練習ができているわけではないが、寝ない決心だけはしている。
それとちはら台走友会Twitter姉さんTwitterで応援してくれることになっている。
がんばれ、山ちゃん、寝ちゃだめよ、死んでも走れ」なんて感じだ。

 私の方も今回はTwitterで時々刻々状況をアップして見てもらうことにした。
現在100km地点通過、制限時間に1時間余裕あり」なんて感じになるだろう。

 誰かに見られていると思うと意地でも走らざる得ないので、気持ちを追い込むためだ。この作戦が成功することを祈るが、目的が達成できず本当に死んでしまったら私のブログは萩往還で最後になる。
 

 

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