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(23.5.7) 萩往還マラニック大会250km完走記

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 こういうのを苦節15年というのだろう。1996年に初参加をしてから15年間に過去3回のトライをしたが、常に挫折を味わってきた。
そして4回目の今回ようやく完走することができた。

 このレースは山口県山口市の瑠璃光寺をスタートして時計回りに日本海の長門市、萩市を経由し、最後に萩と山口を結ぶ古道、萩往還道を通って再び瑠璃光寺まで戻ってくるレースである。

 距離は250km、その間400m程度の山越えを6回行い、特に萩往還道の最高地点は600mの山越えになる。
時間は2日間48時間)で、5月2日の夕方6時に出発し、4日の夕方6時が制限時間だ。

 単純に距離を時間で割ると時速5.2kmだから、歩くよりは少し早い程度の速度で走りきれば完走できる計算になる。 しかし実際はそうは行かない。2日間寝ないで走るのは並大抵のことではなく、途中の176km地点にある宗頭文化センターで寝込んでしまうランナーが多い。
実は私がそれで、この宗頭の二階に用意されている仮眠所でいつも寝込んでしまっていた。
まあ、いいや、ここまで来たんだから十分だ」睡魔が襲う。

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(瑠璃光寺5重塔

 しかし私も64歳だ。これ以上年を取るととても250kmを完走する力がなくなる。最後のトライとして万全の策を講じて挑戦することにした。
この種の競技に参加したことのない人にはイメージがわかないと思うが、大会距離の半分の距離、大会時間の半分の時間を練習で経験しておけば本番は気持ちで走りきれる。
これを「距離・時間半分の法則」という。

 昨年の後半から私は江戸川堤で24時間走を何回か行ってきた。
24時間で125km走れば本番制覇だ
この2月頃までは実にうまく調整が進んでいたのだが、3月11日の大震災ですっかり練習日程が狂ってしまった。

 私は最後の調整に佐倉フル、霞ヶ浦フル、千葉一周180km3日間)などを予定していたのに、すべて大震災で中止になった。
まずいな、調整のレースがなくなってしまった。萩往還も中止かな?」気落ちして練習が極端に少なくなっていた。

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 (日本海俵島付近の棚田

 だから萩往還が実施されると通知が来た時には気が動転した。
まずい、このままではまた失敗を繰り返す。何とか策を考えよう
思いついたのがTwitterでの実況で、このツイートを見てちはら台走友会のメンバーのTwitter姉さんに監視してもらうことにした。

 人間は誰かに見られていると思うと意地と沽券でがんばり通す。ましてやTwitter姉さんはうら若き女性だ。
姉さんに「まあ、山崎さんは日頃の大口とは違ってからっきし意気地がないのね」なんて思われては大変だ。
なんとしても男になるためにがんばるぞ!!!」気持ちを追い込んだ。

 また長年の経験から宗頭で寝ることなく、3日の夜の12時に出発すれば完走できることを知った。残り74kmを18時間でこなせばいいのだから時速は4.1km、歩く速度だ。
2年まえにこの萩往還を完走したちはら台走友会の謙会長からも「山崎さん、絶対に寝てはいけませんよ」と念を押された。

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 (日本海 立石観音のチェックポイント

 私の当初の予定では宗頭に3日の夜10時ごろ到着して2時間程度の休みを取ってから夜12時にスタートする予定だった。
しかし速度は完全に亀の歩みになり、宗頭には夜の11時にようやく到着だ。
余裕は1時間か、それでもないよりマシだ」宗頭では食事と風呂に入れる。

 宗頭を予定通り夜の12時に出発したのだが、ここから萩の近くの玉江駅までの20kmは私にとって死の行進になってしまった。このコースは真夜中の山越えと暗闇の海岸端を通るのだが、大会当局から必ず集団で行動するように指示されている。
道が分かりづらく、迷うとどこに行ったのか分からなくなる。

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 (萩の漁港


 私も10人程度の集団の一員になって行動していたのだが、寝不足(スタート後30時間たっておりこの頃が一番つらい)のために段々と意識が薄れてきた。暗闇では前のランナーが安全のためにつけているチカチカランプしか見えないのだが、これを見ているうちにいつもの幻覚症状が出てきた。
ランプが右に左に揺れて、その間から妖怪変化が出ては消えるのだ。
私は過去にこうした経験を何度もしているので「またかよ、いつもの妖怪かい」と思ったものの、そのうちに自分が何でここにいるのか分からなり、意識が混濁してくる。

俺は今なんでランプの跡を追ってるのかな?」「一体どこに行こうとしているのかな?」「ここはどこだろう?」すっかり夢遊病者の症状だ。
集団は玉江駅のエイドステーションで休憩を取ったのだが、私はそこで意識がなくなって寝込んでしまった。おそらく30分程度だろう。

 しかし寝込んだことで頭が回復した。隣のランナーに「ここはどこでしょう?」と聞いて、自分が今玉江駅にいて、萩往還のレースに参加していることをようやく認識できた。
Twitterをチェックするとちはら台走友会のTwitter姉さんをはじめ多くのメンバーから励ましのツイートが入っている。
そうだ、萩往還だ、がんばるぞ・・・・・・」気持ちがハイになってスイッチが入った。

 宗頭からの74kmは萩往還道という600mの山越えはじめ昇り降りが激しい。歩いてばかりいては制限時間に間に合わない。登りは歩いても平地と下りは走るようにがんばった。
走ると言っても亀の歩みのような速度だが、それでも走れるだけマシだ。

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 (萩往還道を降りてきた私、残り5kmの地点

 このレースには400名程度の人が参加したのだが、完走者は225名完走率は55%前後だったようだ。多くのメンバーは宗頭で撃沈した。
私は47時間2分24秒で164位だった。
真ん中より上位にいるのだから大したものだ。とても満足した。

注)私が出場したのは250kmでこのほかに140km、70km、35km、および徒歩の70kmと35kmがある

 このレースの経緯はTwitterで常時ツイートしていたのだが、玉江駅でツイートした後はスマートフォンの設定が勝手に変わってTwitterもメールも電話もすべてできなくなってしまった。
そのためここから55km間のツイートがまったくできていない。
Twittr姉さんをはじめみんなに心配をかけてしまった。
すわ、倒れて病院に運ばれたのか」そう思ったようだ。

 苦節15年、4回目にしてようやく萩往還を完走して念願の男になれた
完走できた一番の要因はTwitter姉さんを始めとするちはら台走友会のメンバーの応援だ。これなければ再び宗頭までの男になっていただろう。

 なお、今後萩往還250kmに挑戦して完走する人のためのポイントを以下に列挙しておく

① 250kmの半分の125kmの距離は休まず走れる走力を身につけておく。
② 24時間走を行って夜に強い体質を作る。
③ 宗頭は何があっても3日の夜12時には出発する。
④ 48時間程度なら寝なくても走れる。
⑤ たとえ何があっても諦めない。


 私がびっくりしたのはまだ十分走れるのに宗頭の12km手前の仙崎公園でリタイアする人が多かったことだ。十分完走できるのに何で止めてしまうのか不思議だったが、気持ちが切れてしまっているからだろう。
気持ちを切らさないためには私が今回行ったようにTwitter等で監視してもらうのが一番だ。

 人はだれかに見られているときは見栄でがんばるものだし、まして男性は女性から見られているとなると逃げ出すわけに行かない。
これは人間が動物でもあることの証左で、雄が雌の前で戦うことなく撤退すれば子孫が残せない。
男は確かにつらいのだ

  

 

 

 

  

 

 

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マラソン ウルトラマラソン」カテゴリの記事

コメント

山崎さん
いつもブログ楽しみに拝見させていただいております。

わたしは夜に弱く寝ないで走るなんて今は考えただけでも
あぁ無理だぁとおもってしまいました。

しかし! 苦節15年か20年になるかと思いますが
わたしも目指したいと思いました。

一足飛びにはいかないので、まずは高滝湖のハーフ
そしてフルマラソン完走を達成したら具体的なプランを
立てたいと思います。

話は変わりますが、瑠璃光寺の五重塔は
素晴らしいですね。
神社仏閣好きなわたしにはたまりません。

以上、取り止めのない話すみません

投稿: 孝虎 お京阪 | 2011年5月 7日 (土) 06時11分

ちはら台走友会のTwitter姉さん@myoume121です(*^.^*)

完走おめでとうございました♪男を上げましたね(笑)
そして、ご無事で戻られたようで何よりです。

いつも元気を頂いてばかりなので、今回は少しでもお役に立てたようで私も嬉しい限りです。
本当に、仲間からの応援って励みになりますよね。
私はいつも「自分の実力半分+仲間からの声援半分以上」で走っているような気がします。


投稿: Twitter姉さん | 2011年5月 7日 (土) 08時53分

完踏おめでとうございます。執念と根性の賜物ですね。
玉江駅から音信途絶えましたけど、宗頭で寝なかったので、きっとゴールされると信じてました。
見事に宿願を達成されましたこと、心からお喜び申し上げます。
お疲れ様でした。

投稿: 謙 | 2011年5月 7日 (土) 09時10分

鉄人 山崎 様 完走おめでとうございます、お疲れさまでございました。

それにしても残り5Kmの画像のお顔の嬉しそうな事、達成感にあふれておりますね。

Twitterをしないのと、書き込みがすぐにはなかったので心配しておりました。

膝は痛みましたか、ご無理はしないでくださいね。

これからもこの素晴らしいブログを楽しみにしております。

ありがとうございます。

投稿: ポンポコ狸 | 2011年5月 7日 (土) 12時16分

完走、おめでとうございます!
この記事を読んで、とても勇気が湧きました。
特に、最後の何があっても諦めないこと、というのはじんときました。
ほんとうにお疲れ様でした。また森で!

投稿: ささき | 2011年5月 7日 (土) 20時13分

おゆみの の クリーンキーパー 山崎さん 完走 おめでとうございます。
江戸川堤の 24時間走 練習成果 実りましたね。
山口県 萩の日本海 写真 綺麗です。            小生も少しずつ 走りたいと 想いです。
                                         千原 三男

           

投稿: | 2011年5月 8日 (日) 09時28分

山崎さん、完走おめでとうございます。
おゆみの四季の道の距離を知りたくてネット検索をしたときに山崎さんのブログを知り、それ以来、毎日読ませていただいています。
萩往還250キロトライ中と知り、急きょTwitter登録しました。メッセージを送ることも満足にできないで苦笑してしまいました。
これからもブログを楽しみにしています。おゆみ野遊歩道のお掃除、いつもありがとうございます。
wagamamadog@みさちゃん(昔の名前 ^^)

(山崎)多くの方からおめでとうと言われてとても嬉しく思っています。ブログを読んでくださり感謝いたします。

投稿: | 2011年5月 8日 (日) 11時05分

完踏おめでとうございます!!

私は玉江駅でベンチに座っていたら、右隣のランナーから照れ臭そうに「変なこと聞いてすみませんが、ここは何処ですか?」と聞かれたランナーです(笑)

確か朝の4時半~5時くらいだったと思います。

同じ方なら、こうやって再会出来たのが何とも嬉しいです^^

とにもかくにも、お疲れ様でした!

(山崎)そうでしたか、あの時はお世話になりました。本当にどこにいたのかさっぱり分からなかったのです。

投稿: ゆずぽん | 2011年5月 9日 (月) 08時25分

山崎さま、萩往還250km完踏おめでとうございます。
同じおゆみ野から参加の409番ランナーです。私も何とか完踏できました。(宗頭では毛布から抜け出すのに苦闘しました)
しかし、今回が初の完踏とは思いもしませんでした。もう何度も完踏されているものばかりだと・・・
早く山崎さんが綺麗にされている遊歩道四季の道を走りたいのですが、左足の損傷著しく、今しばらくは安静せざるを得ない状態です。
では、また、四季の道で

(山崎)近くに同好の士がいたのですね。声をかけてください。ブログに書いていた通りようやく完走したのが実態です。

(山崎)

投稿: かずさん | 2011年5月12日 (木) 23時44分

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