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(23.5.30) ドナルド・キーン氏の百代の過客 日本日記文学の系譜

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 ドナルド・キーン氏が日本人の国籍を取得して日本に住んでくれることになったことは先のブログに記した。
原発問題が深刻化して日本から逃げる外国人が多いなかで、このキーン氏の決断は何よりも日本人に対する熱い友情の証だ。

注)ドナルド・キーンさんありがとう
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/23429-e510.html

 私はドナルド・キーン氏の名前は良く知っていたがキーン氏の著書を読んだことがなかった。それではキーン氏の決断の重さに対して申し訳が立たないので、さっそくアマゾンから「百代の過客」を取り寄せて先日から読んでいる。

 当初私はこの本の題名から松尾芭蕉奥の細道の解説書だと思っていたがまったく違っていた。
日本文学の系譜が日記文学にあり、その足跡を平安時代から江戸時代までたどった日記文学の解説書だった。収録された日記数は80弱でこれを読めば日本の日記文学はほぼ網羅されている。
百代の過客」をこの本の題名にしたのは、そのなかで松尾芭蕉奥の細道日記文学の金字塔だったからだ。

 この本は1984年朝日選書として出版されたが、元々は朝日新聞に連載された評論を取りまとめたものだ。キーン氏は英文で書きそれを金関寿夫氏が日本語訳を行っていた。

注)キーン氏は日本語でも書けたが英語のほうが書きやすかったのでそうしたとあとがきで述べている

 これまで私は日本文学の系図の中に日記文学と言う系図があることを知らなかった。それも当然でキーン氏のこの本が上梓されるまで日本人で日記文学なるものを系統的に取り扱った学者はいなかったからだ。
氏の業績は高く評価され、この「百代の過客」は読売文学賞日本文学大賞を受賞している。

 キーン氏がこの本を書くまでの常識は、日記文学は平安朝の女性特有の文学であって、その後の歴史になんら影響を与えなかったというものだった。
特に鎌倉から江戸時代の日記については深い研究がされておらず、文学者や歴史学者の関心はもっぱら平安時代の女性日記に集中していた。
蜻蛉日記、和泉式部日記、紫式部日記、更級日記等であり、紀貫之はわざわざ土佐日記を女性の筆致で書いているほどだ。

 私は古文を読むのがとても苦手だ。どれを読んでも解説書がないと何を書いてあるのかさっぱりわからない。
源氏物語など最初の桐壺の巻だけで根をあげてしまったし、清少納言枕草子などは見るだけで頭が痛くなった。
徒然草は解説書を丸暗記したようなものだ。

 それなのにアメリカ人で戦中に情報将校として日本語を学んだ氏が、日本の古典を苦もなく読み込んで、日本文学の真髄を捕らえてしまった。信じられないような快挙と言える。

 この本を読んで私が最も感動を覚えた日記は奥の細道でも更科日記でも土佐日記でもなく、「建礼門院右京太夫集」だった。
建礼門院とは平清盛の娘で安徳天皇の母親であり、壇ノ浦で入水自殺をして失敗し、京都の寂光院でひっそりと余生を過ごした皇后の名である。
そして右京太夫とはその建礼門院に仕えた女房の役職名で本名はわからない。
平家全盛時代からその没落を京都の御所で見ていた女性だ。

 この右京太夫の恋人が平資盛すけもり)だったが、この日記は平家が源氏に追われて都落ちしていき、資盛自身も壇ノ浦で海の藻屑に消え去ったことを知って悲嘆にくれた女性の心が素直にあらわされていた。
右京太夫は資盛を案じていたが、その死を知って歌った歌は心を打つ。

かなしとも又あわれとも世の常にいうべきことにあらばこそあらめ
あまりにも悲しく、また資盛様がおいたわしく、この気持ちを言葉で表すことはとてもできない

 この右京太夫の気持ちが嘘偽りでなかったことは、藤原定家が編纂していた和歌集に右京太夫の歌を収録することにした時に示されている。
その時定家は右京太夫にたずねた。
「(今は源氏の世だから平家とのつながりが明らかな建礼門院右京太夫の作者名ではまずいのではないか?」
しかし右京太夫は答えている。
昔のままの名前で出してください

 平氏の皇后の女官だと明確にわかる名前は政治的立場としては危うい。しかしそうした危険を冒しても資盛に対する真心の愛情と、建礼門院に対する深い敬愛の情も感じられるこの右京太夫の対応には心が打たれた。

 この人は今から900年も前の人だが、とても近しい魅力の有る女性だ。
そしてこうした女性がいたことを私に教えてくれたドナルド・キーン氏に深く感謝した。

 なお、文学関連の記事は以下のURL参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat43898465/index.html


 別件 映像関連のトレーニング画面。2年まえに行ったサンチャゴ巡礼の画面です。
http://www.youtube.com/watch?v=u-_w7kI3XpU



 

 

 

 

 

 

 

 

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