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(23.3.14) 東北・関東大震災 日本人の心神喪失と人生観の変化

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 これほどの災害を目の当たりにすると人は人生観が変わってしまう。
おそらくこの災害の後で日本人は太平洋戦争でアメリカに敗戦したときと同じような心の喪失に見舞われるはずだ。

 この東北・関東大震災と銘打たれた大地震は、気象庁が発表を修正するたびに規模が拡大している。今日(13日)は地震の規模はM8.8でなくM9.0と修正された。あのインド洋大津波を引き起こしたスマトラ島沖大地震と同規模だったことになる。

 今回の大地震の一番の被害は津波によるものだが、三陸海岸沿岸にあった多くの都市が壊滅してしまった。
映像で見ると南三陸町気仙沼市で鉄筋コンクリートの建物を除いて木造家屋がすべて流失してしまった地域があることが分かる。
残っているのは木造家屋が有った土台のコンクリートだけだ。

 かつて私は古代に存在した多くの都市が一夜にして崩壊したというような説明を聞いて理解できなかったが、今回の大津波を見てその実態が分かった。
瓦礫だらけの場所では昔は人力だけだったので復旧はとても無理だし、住民の多くが死んでしまえばそもそも復旧をする人もいない。
それに昔は政府の援助などなかったから、残された人は餓死で死んだか他国に放浪するしかなかったことが分かる。
こうして都市は滅びるのか・・・・・・・・

 家屋を失い、親兄弟を失い、その他の財産を失えば人は人生観を変えることによってしか生き延びられない。
汝(なれ)や知る 都は野辺の 夕ひばり 上がるを見ても 落つる涙は」応仁の乱で廃墟となった京の都を歌ったものだが、「かつての屋敷のあった場所は今は野原になり、ひばりしかいない」という歌だ。
今回の震災で災害にあわれた人は同じような無常観を持つだろう。

 
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 さらに今一番問題になっているのは福島第一原発と第二原発で燃料棒を冷却する水がなくなって、炉心が融解し始めたことだ。
専門用語で溶融と言うのだが、原子炉は止めてもそれだけでは温度が下がらないので純粋の水で冷却し続けなくてはならない。

 ところが今回の大地震で冷却水を注入するモーターを回す電力の供給が途絶え、さらに発電所で用意してある自家発電機が故障してモーターを回すことができなくなってしまった。
自家用発電機はこうした時のために用意してあるのだろう!!!」叫びたくなるような不手際だがどうしようもない。

 そして福島第一原発の1号機の建屋(たてやが12日の午後3時ごろ大爆発を起こして消失してしまった。
私は原子炉についての知識がないので明確なことは分からないが、燃料棒の温度が上がりすぎて水素が発生し、それが通気構からもれて水素爆発した可能性が高いという。

 原子炉は何重にも防御壁があるのだが、建屋はその一番外側の防禦壁でこの中で水素爆発が発生したらしい。
政府の発表では原子炉格納容器は無事だと言っているが、かなり危険な状況になってきたことだけは確かだ。

 原発事故には8段階評価というものがあり、チェルノブイリは7、スリーマイルは5で今回の福島原発の建屋の爆発は4のレベルだといっているが、スリーマイルに近づいてきた感じだ。

 日本人の意識の変化にこの原発による電力供給に今後NOと言い始めることがありそうなことだ。
原発などなくていい」といいはじめることだ。
実際は原発による電力供給が全体の約30%達しているのだから、発生するであろう原発反対運動の影響は大きい。

 すでに今回の福島原発の停止や火力発電所の停止に伴って都内や千葉でも電力の供給制限が取り立たされている。電気の計画停電といって3時間程度電気が停止されるのだそうだ。
人々はこうした供給制限を当然のこととして受け入れ、電気の使用を差し控えるようになるだろう。

 これは人々の意識が「快適な生活より安全な生活」を求めるようになると言うことで、「電気がなくても原発事故よりマシだ」と思うことである。

 私が言う人生観の変化とはそのことで、アメリカの片田舎で18世紀の生活をしているアーミッシュのような人々にあこがれる人が多くなり、日本の20世紀的精神GDPを成長させて快適な生活をおくろうという意識)が終わるのではないかとの予感がするのだ。



 

  

 

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コメント

はじめまして。昨年より拝見し、いつも勉強させて頂いています。
私も今回の巨大地震は、その規模においてはもとより、東京に大きな影響を与えたという面でも、日本人の人生観の変化が起こるのは間違えないと思います。
「GDPより原発なしの安全な生活」を多くの人が志向するの当然でしょう。しかし、18世紀のようなアーミッシュのように生活に憧れるかというと、それは少ないような気がします。
どんなに高級車を持っていても一瞬で破壊される現実、計画停電の受け入れで過度な照明のないオフィスでも問題ないこと、既存のマスコミよりツイッターやスカイプが効力を発揮していること等などが、今までも言われてきた若者の所有欲の希薄化、環境への意識の向上(エコな製品を選ぶ)、ネットを通した横のつながりによる情報の拡散が、これを機に根本的なところで根付くのではと思います。私自身、76世代と言われるネットが身近になった世代ですが、私も夫も車はレンタカーでも携帯電話はスマートフォンと2台持ち(今回の地震はツイッターで情報をシェアしました)といった生活ですが、更に高度な環境社会で日本が先進していくよう希望を持っています。

投稿: ふー | 2011年3月14日 (月) 22時12分

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