
読書会が近づいてきたのであわててテーマ本を読み上げた。今回のテーマ本は伊集院静氏の「少年譜」と言う短編集である。
この本を紹介してくれたのはISさんで、ISさんは自宅で私設図書館を開くほどの蔵書家であり、かつ読書家だ。
一方私は小説を読むことはほとんどなく、小説と言えばこの読書会のテーマ本がすべてと言う人間だ。
そんな訳で私が伊集院静と言う作家を知ったのも「少年譜」と言う作品があるのを知ったのも、今回が初めてである。
最初私はこの作家の名前を見て女性かと思っていたがwikipediaで調べると、1950年に山口県の防府市で生まれた男性だった。
私より4歳若いがほぼ同世代といって良さそうだ。
さらに若くして死亡した絶世の美女夏目雅子さんの夫だと知って驚いてしまった。
「そうなのか、夏目雅子さんを射止めていたのはこの伊集院静だったのか・・・・・」男のやきもちがわきそうだ。
伊集院静氏は作詞家としても知られており、多くの作詞をしていたが私が知っているのは、近藤真彦さんが歌った「ギンギラギンにさりげなく」だけで、多くの他の曲は演歌好みの私の趣味にあっていないため有名のようだが知らなかった。
さて今回のテーマ本「少年譜」には7本の短編が収録されている。
その中で私が秀逸だと思ったのは短編集全体の本の名前になっている「少年譜」と「古備前」であるが、やはり「少年譜」のほうが優れている。
作者もそのことを意識して短編集の全体の表題にしたのだろう。
「少年譜」の舞台は伊集院静氏の古里である防府市から始まり、現在は山口市の一部になっている中国山地の山間の町徳地町、そして島根県津和野である。
伊集院氏の短編集を読むと多くはこの古里の近辺の話が多いが、私も過去に3年間、現在は山口市の一部になっている小郡で暮らしたことがあるのでこの辺りの地理はとても懐かしい。
話は昭和33年の売春防止法施行日の前日に、防府市にあった売春宿が消失しそこにいた女郎が子供の世話が出来なり、近くの燃料商の軒下に赤子を遺棄したことから始まる。
燃料商は当惑したが、そこに炭を収めるために出入りしていた炭焼きの老夫婦が赤子を不憫に思って引き取ることにし、山間の徳地町につれていきそこで育てることにした。この赤子が小説の主人公ノブヒコである。
もし何事も起こらなければこの赤子は成長して親の炭焼きの手伝いをすることになったはずだが、多くの偶然と大人の善意によってこの赤子の運命は変転する。
最初の善意は誠実で心優しい老夫婦に拾われたことだが、二番目の善意はこの徳地町にある徳楽寺住職から幼稚園から小学校1年までに相当する3年間、基礎的な読み書きと算数,それと習字の鍛錬を週3日泊り込みで薫陶を受けたことだ。
注)この小説を読んで一番奇妙な点は昭和40年の時期に小学校ではなく寺子屋で教育を受けており、何か時代が明治時代を髣髴させる。昭和40年の日本は山口県の山村と言えども小学校はあったはずで、内容と時代が一致しない。
住職はこの少年の能力を見抜き、学校教育で教わる水準をはるかに凌駕した一種の英才教育をこの少年に授けた。
少年はなぜ住職がこのような教育をするのかは分からなかったが、知識欲が旺盛でかつ素直な性格だったため、喜んでこの住職の教えを吸収した。
三番目の善意は植物学の最高権威であった津田保治郎博士が中国山地の植物生態調査に訪れ、その折に徳楽寺住職を訪問したことから始まる。
津田博士と住職は中学の同窓生で旧友だった。
津田博士は炭焼きの恒助(ノブヒコの父)の案内で徳地町周辺の植生調査を行った。
その最終日に疲れがたまっていたため簡単な山行きを望んで恒助の息子、ノブヒコに道案内を依頼した。
博士は途中で集落や山やその他色々な質問をした。
それにたいし少年は的確な回答をしたが、難しい集落名を漢字ですらすらと書くこの(小学校にも行っていない)少年の利発さに博士は感歎してしまった。
そして自宅の津和野に帰ってからこの少年を我が家の養子に貰い受けたいと懇願した。
博士としてはこの有為な少年をこの山奥において、炭焼き人生をおくらせることが少年にとってもまた日本全体にとっても損失と思ったからだ。
こうしてノブヒコは津和野の津田家の養子となったが、そこでの生活は必ずしも心安らぐものではなかった。
津田家には妻は死亡しておらず、祖母のサワが家の実権を握っており、孫に当たるノブヒコより一歳年下の保雄を溺愛していたからだ。
(津田博士は一年の大半を津和野を離れて植物調査や東京での講演等を行っていたため、普段はサワがこの家の家長だった。サワは保雄にこの家を継がせるためノブヒコに冷たい態度をとり続けた)
保雄はまったく勉強は苦手だが世渡りに長けており祖母はこの保雄の言うことをすべて信用していた。
正月のある日、保雄は祖母が大事にしていたボタンの鉢を倒すと、すぐさまそれをノブヒコのせいにしてしまうなどこすからく生きる知恵を持っており、それを信じた祖母はノブヒコにひどい折檻をした。
こうした不遇をノブヒコは何度も耐えたがその理由は住職から「これからは一人で生きよ。一人で耐えて励め。それがおまえの父と母、わしの願いじゃ。お前にはそれができる。それができることをこれまで教えてきた」と言われていたからだ。
もう一つノブヒコが耐えられたのはここで働いていたキヨエという少女がノブヒコ支えたからだ。
キヨエは中学卒業後位の年齢で、津田家では常に女中頭からいじめられていたが、ノブヒコとキヨエの間には少年と少女が感じる淡い初恋と連帯の気持ちが育っていた。
しかし悲しい事件が起こりキヨエは自殺をしてしまう。
保雄が懇願して津田家でシェパードを飼うことになったのだが、あまりに獰猛なため手が付けられなかった。
津田家の用人はすべて噛み付かれ、特にキヨエはひどい傷を負った。
それだけでなく近所の主婦と子供をかんだため警察も乗り出してきた。
サワはシェパードを手放そうと決心したが保雄が反対し、檻の中で飼うことを条件にそのまま飼っていたが、ある日このシェパードが毒殺された。
その犯人にキヨエがされたため、思い余ったキヨエは自殺をしてしまう。
この事件でもノブヒコは耐えた。住職から「一人で耐えて励め」と言われていたからだ。
その後ノブヒコは小学校を主席で卒業すると東京の有名中学に入り、高校大学と優秀な成績で卒業し、父親の津田保治郎博士の後を継いで植物学の権威となり、国際的な植物学の栄誉ある賞を受賞して住職の教えに報いたと言う筋書きになっている。
この小説のテーマは年長者(老人)は能力ある少年が何らかの理由でその能力を発揮できない不幸な環境にあるときは手助けをして救い上げるべきだというものである。
「少年譜」だけでなく他の短編もそのテーマで貫かれている。
伊集院氏もかつてそうした境遇の少年だったのだろうか。詳細は分からないが少年にことの他優しい作家だ。
私はこの作家がとても気に入った。確かに老人は単に老人であるだけではだめで、救いを求めている少年の手助けをしてこそ老人なのだと思う。
私は現在箱根駅伝出場に夢を持つ中学3年の少年の英語のコーチをしているが、少年が英語の勉強法が分からなくて悩んでいたからだ。
老人がいくら能力があっても老い先が短く、早晩その能力は廃れてしまう。能力を少年に引き継いでこそ老人の役目は終えられるのだと思う。
伊集院静氏の小説は老人(大人)の生き方に対する優れた方向性を示していて読んだ老人に感銘を与えるのは確かだ。
なお文学入門は以下に纏めてあります。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat43898465/index.html
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/cat31264874/index.html
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