(24.5.28) 日本原子力行政の終焉  再処理の目はなくなった

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 毎日新聞の5月24日のスクープで、内閣府の原子力委員会が実際は東電等の事業者の言いなりになっており、これを経済産業省と文部科学省が支えている構図が明らかになった。

 原子力委員会は本年夏までに新原子力大綱前回は05年に策定されている)を纏めるべく小委員会で検討をしていたが、近藤原子力委員会長や小委員会の座長である鈴木委員秘密会を開催し、そこで小委員会の結論を誘導していたことが判明した。

注)小委員会は7名の委員からなっていて、この会員には事業者や官庁出身者はいない中立的な委員会である。そこでの結論を出す前に小委員会原案を東電等の事業者や経済産業省の担当者に回覧して修正意見を求めたもの。
この会議に近藤原子力委員長と小委員会の座長鈴木氏が同席していた


 

 小委員会で結論を出す議題は核燃料サイクルをめぐる総合評価案だが、以下の3案の評価を行うことになっていた。
この評価を事業者と官庁にとって都合良いように修正を加えるのが秘密会の目的だった。
原案では全量直接処理が最も安価だとの結論になっていたからだ。

① 全量再処理案
② 全量直接処理案
③ 直接処理・再処理併用案


まずいじゃないか、これがそのまま承認されると再処理の目がなくなる。なんとかしないと今までの努力が水泡に帰してしまう。
全量再処理は無理でも直接処理・再処理併用案を新原子力大綱で政府に承認させよう


 現在青森県の六ヶ所村にある国策会社日本原燃は1993年に約2兆円をかけて再処理施設を建設し現在試運転中である。
再処理事業はしばしばトラブルが発生し必ずしも順調とはいえず、さらに今回の新原子力大綱で再処理が停止されれば、日本原燃は単なる使用済み核燃料の廃棄場所になってしまう。

 このため日本原燃電力各社が出資している)会社の存続をかけて、全量直接処理案にけちをつけ、直接処理・再処理案を政府が採用するように秘密会で誘導した。

 総合評価の書き換えは以下のように行われた。
① (原案) 全量直接処理は総費用において優位

(修正案)ウラン価格が持続する前提や現状の技術的知見の下では、全量直接処理が他の案に比べ優位になる可能性が高い。

② (存在せず)

(修正案)
直接処理・再処理併用案は全量再処理より経済的に多少有利

 
こうして当初は全量直接処理が経済的に最も優位だとの小委員会の結論が、直接処理・再処理併用案が多少優位に書き換えられた
実はこの再処理施設は今後度の程度費用が増加するか分からない代物になっている。
当初の予算は7600億円だったが、現在すでに2兆円を越えており、今後4兆円規模まで膨らむ可能性がある。

 したがってどんなにがんばっても直接処理より費用がかかることは確実なのだが、それでは再処理を推進してきた原子力行政全体の否定になってしまう。
電力各社と経済産業省と日本原燃がタッグを組んで、原子力委員会・小委員会の原案を修正し、国の新原子力大綱をゆがめることに成功した。

 だがしかしこのからくりがここまで毎日新聞によって暴かれてしまえば、今回の小委員会の原案を政府がそのまま採用するのは困難だ。
再度見直しがされることになったが、原子力に時代が終ろうとしている今、再処理を継続する目がなくなったと言うのが実態だろう。

なお原子力行政は以下に纏めてあります。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat46318075/index.html

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(24.5.27) 日本はアメリカの植民地か? 三菱東京UFJに対するニューヨーク地裁の資産凍結命令

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 いくらなんでもひどすぎる話だった。これでは日本はアメリカの植民地となんら変わりがない。
三菱東京UFJ以下三菱)に存在するイラン政府とイラン中央銀行の口座(アメリカと日本にある口座)を約2000億円を上限に資産凍結するとニューヨーク地裁が三菱に言い渡した件である。

 この措置は1983年に発生したベイルートでの米海兵隊司令部爆破事件の遺族がイラン政府を相手取って起こした民事訴訟の賠償金支払命令に基づくものである。
この判決に対しイラン政府がびた一文支払わないために三菱にあるイラン政府とイラン中央銀行の資金の凍結を命じた。

 
 三菱連邦地裁に異義を申し立てていたが、さすがに日本国内の口座まで凍結するのは日本の主権の侵害になるため、連邦地裁はニューヨーク地裁の凍結命令を無効とした。

注)もしこんな主権侵害が許されるとするといつ何時日本人は日本国内でFBIに逮捕拘束されるか分からないし、理由なく日本国内の口座を閉鎖されるかもしれない。

 今回のニューヨーク地裁の口座凍結命令は7月1日から発効される核疑惑に対するアメリカ政府のイラン制裁措置とは無関係だが、必ずしも無関係だとは言い切れない面がある。
なんとも不思議なのはイランの石油を輸入している先は中国、インド、韓国といくらでもありイラン政府や中央銀行の口座はニューヨークにいくらでもあるのに、なぜ日本の三菱かと言う問題だ。

 これはどう見ても日本が一番組みやすく、中国やインドが相手だと国際問題になってうるさいのですぐに言うことを聞く日本をターゲットにしたとしか考えられない。
日本の政治力は民主党政権になってから低下の一途をたどり、鳩山元首相はアメリカとの関係をつぶすだけつぶした史上最低の総理だったし、菅元総理は東日本大震災の処理だけで手一杯で、中国とロシアと韓国から領土問題でいいように揺さぶられてきた。
野田内閣になってやや持ち直しては来ているが、それにしても日本の政治力は先進国中最低の部類に入る。
ありていに言ってしまえば日本は世界からなめられぱなしなのだ。
脅せば言うことを聞くのが日本よ、政府はおたおたして三菱を助けることはできまい」そうした読みだ。

 三菱としてはいい迷惑だが日本政府のバックアップがなければアメリカとは自身で戦うしか手はない。
さすがに枝野経済産業相が「米国の裁判所の決定の効力が、米国の主権の及ばない地域に結果的に及ぶのはおかしい」とコメントし、ようやく日本政府らしい対応をしたが、だからといって三菱の苦境が和らいだわけでない。
三菱は連邦地裁に異議申し立てをすることで自らの苦境を救った。

 現在イランからの石油輸入量は日本全体の8%程度、年間1兆円規模でその決済はほとんどが三菱で行っている。したがってここの口座が凍結されてしまうとイランからの原油輸入は実質的に不可能になる。
通常はこうした状況になるとパニックになって原油価格が上昇するものだが、幸いに原油価格は低下傾向にある。
ヨーロッパ経済の失速が明確なので石油需要は低下すると見られているからだ。

 日本の場合は原発が一基も稼動していないので石油や液化天然ガスに対する需要が拡大すると見られてはいるが、こちらも幸いに経済が失速しているので実際の需要はそれほど大きくない。
しかも工場レベルではコジェネレーションによる熱エネルギーの再利用が進みつつあるので、実際はエネルギーはこの夏もあまる可能性がある。

 連邦地裁の判決でニューヨーク地裁の凍結命令は無効になったが、今後もこうした日本を植民地としか見ないアメリカの横暴は続くと思われる。
何しろ日本の政治力はほとんど無に近く、野田内閣の閣僚で政治家といえる人は枝野経済産業相しかいない。
政治が立ち直らないと日本は世界の財布として良いように扱われるだけなので、なんとも残念なことだがまだ苦難の道は続きそうだ。

なお、日本の金融機関については以下に記事を纏めてあります。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat45467292/index.html

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(24.5.26) 日本に残された無尽蔵の資源 排熱を利用しろ

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  バブル崩壊から20年、日本はただただ衰退しているだけだったがここに来てようやく底を打ったのではないかとの兆しが見えるようになった。
日の丸金融機関がインドや東南アジアで復活したり、中国の格安航空会社が日本をターゲットに路線を拡大したりしているが、今度は日本は世界最大規模の資源大国なのだと言う。

 私は最初冗談かと思ったがNHKのクローズアップ現代で、排熱こそが眠れる資源なのだと強調していた。
たとえば発電所で使用する重油や天然ガスや石炭のエネルギーのうち、電力として取り出しているのはほぼ40%で、残り60%は排熱として空中に排出しているのだと言う。

 この60%の排熱をエネルギーとして利用できれば、海外からの資源の輸入は現在の40%で済み、残りは国内で生産できる排熱エネルギーになるのだと言う。
何か夢のような話だがこれを可能にする技術がコジェネレーションという技術で、排熱を利用したボイラーだと思えばいい。
そしていまや工場現場ではこの排熱の利用が急速に進んでいるのだと言う。

注)あるコジェネレーションの会社の売上高は昨年比15倍の驚異的売り上げになっていた。

 調べてみると熱エネルギーはいたるところに存在し、最近開業したスカイツリー地中熱を利用した冷暖房設備を備えていた。
地中熱とは始めて聞く言葉だが、温泉のような地下熱と異なり地下100m程度にある熱で、地下水を循環する設備で汲み上げれば年間を通して15度程度の水温のため、夏は涼しく冬は暖かい。

 それ以外にも下水熱海水熱を利用した冷暖房設備も開発されており、今や日本は排熱利用の先進国に名乗り出ようとしているのだと言う。
そうか、捨てられている熱を使えば良いのか」なんとなく納得した。

 今までの日本の省エネ技術はもっぱら電力の消費量を少なくした設備や電気製品の開発だったが、こうした省エネ技術は限界に達していて、今後は不要に捨てられている60%相当の排熱を再利用するのが新たな省エネ技術なのだそうだ。

 かつてといっても1980年代の後半までは日本の省エネ技術は世界をリードしていたが、その後資源価格が低下したためアメリカの自動車産業と同じで資源がぶ飲み体質になってしまった。
現在の省エネ大国はドイツでドイツは再生可能エネルギー排熱エネルギーを電力会社に高価に購入させることを義務付けたため、ドイツの生産者は高価になったエネルギーを効率よく使用するために省エネ技術を身につけたのだという。

注)番組ではドイツのGDPとエネルギー消費が逆相関になっているグラフが紹介されていた。GDPは上昇しエネルギー消費量は低下していると言う説明である。

 現在日本は原発がすべて停止し、この夏は電力不足が想定されているが、本来は捨てている60%の排熱の利用が進めば電力問題は一気に解決すると言う。
21世紀はエネルギーを最小にして生産を最大にあげるドイツの技術の時代で、一方アメリカや日本のようにエネルギーはいくらでも消費して生産をあげる20世紀の技術は終末を迎えると解説者が強調していた。

 原発の再開は政府がどんなに努力しても周辺住民直接の利益を得ている人を除く)の理解を得ることは不可能で原発の時代は終ったが、一方火力発電所を拡大して二酸化炭素を空気中にばら撒くのも能のない話だ。
それよりも捨てている60%の熱エネルギーを再利用して、ドイツ並みに省エネ大国になるのが望ましい方向だろう。

 技術さえあれば資源は自分たちのところにあるのだから、いい時代になりつつある。エネルギー消費でも21世紀型社会を入ろうとしており、原発や火力発電所の時代が今終ろうとしている。

なお、経済成長に関する記事は以下に纏めてあります。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat43696146/index.html

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(24.5.25) 日本の地方空港復活の条件 中国のLCCを取り込め

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 日本の地方空港の状況は御世辞にも良いとはいえないが、それでもかすかに光が差し込み始めた。
中国の格安航空会社が日本路線の拡張に本腰を入れ始めたからだ。
上海に本社を置く格安航空会社LCC)の春秋航空が日本の茨城、高松、佐賀との間に定期便を就航させた(佐賀はこれから)。

 地方空港といえば乗客予想を目いっぱいでっち上げて、それにあわせた設備投資を行ってきたが、その実乗客数は半分以下なのが普通でJALANAからはそっぽを向かれていたのが実態だ。
それでも韓国のアシアナ航空が日本の航空行政が世界最悪だった間隙をついて(国内は羽田、海外は成田と言う乗客無視の最悪のサービスだった)、日本の23地方空港に乗り入れてくれたから、地方の人も韓国経由で世界に旅立つことができていた。

注)世界の航空業界は飛行場のハブ化を熱心に進めたが、先進国で日本だけが国内線と国際線を分離して、鎖国体制を維持した。まさに江戸幕府の鎖国と同じ愚挙だった。

 しかしアシアナ航空の日本地方空港のハブ化路線もこのアタリが限界で、最近完成した茨城空港静岡空港はこのままでは飛行機がまったく飛ばないピーターラビットの遊び場になってしまうのではないかと恐れていたものだ。

 しかし捨てる神あれば拾う神ありだ。
茨城空港などではせっかく就航したアシアナ航空が福島原発の影響を理由に運休してしまうと、中国の春秋航空がかわって上海・茨城間に路線を開設してくれた。
春秋航空としたら本来なら羽田成田に乗り入れしたいのだろうが、ここは飛行機が目いっぱい飛んでいて参入余力がほとんどないのと、飛行場の着陸料や施設利用料がやたらと高い。
大都市に近くて安く使えてがら空きの飛行場はないだろうか・・・
LCC好みの飛行場として茨城、高松、佐賀に白羽の矢があたたった。

 11年度の中国からの観光客は104万人でありがたいことに中国の経済発展に伴ってその数は増加しそうだ。
この春秋航空を利用した日本5泊6日の旅の料金は一人55、000円だそうだから、中国の中間層にとっても高い値段ではないのだろう。

注)11年度は原発事故の影響で2割程度の外国人観光客減少に見舞われている。ようやく12年度になって観光客が戻ってきて10年度並みになってきた。

 しばらく前までは中国人といえば不法入国するために日本に来るものと思われていたが、時代は変ってしまった。
日本にはまったく職場がなくなっているので、来るのは中間層から上の富裕層になり、日本にとっては願ってもない観光客になりつつある。
中国人はまだ外国旅行も珍しいので、外国に来れば目いっぱいお土産を購入してくれるし、電気製品には目がない。
この円高の中でも日本に来てくれる稀有な存在といっていい。

 そして何よりほっと胸を下ろしているのは地方空港の管理者多くは地方自治体が管理している)で、本当に飛行機が飛ばなかったら社会見学に訪れた子供たちに先生が説明の仕様がなかったからだ。

先生、なぜこの飛行場には飛行機がないの。飛行機が飛ばなくても飛行場っていうの
君たち、ここはね、飛行機は飛ばないけど落下傘で県の偉い人たちが降りてくる演習場なんだ
じゃ、習志野の自衛隊みたいなの
よくわかったね、飛行場って言っても色々あって、えらいおじさんが甘い汁を吸う特別な広場なのさ
なぜ甘い汁なの、苦い汁はないの
苦い汁を飲むのは国民と言う不思議な生き物だけさ
なんてことになるところだった。

なお航空行政については以下に纏めてあります。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat48077031/index.html
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat48077031/index.html

 

 

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(24.5.24) 民生資金は日本が出すからアフガン戦争は止めよう  オバマ大統領の戦略

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 01年のアメリカ・ニューヨークやワシントンを襲った同時多発テロから10年、首謀者のオサマ・ビンラディンを殺害してから1年、すっかり世界はテロとの戦いに疲れてしまった。
もう、やだ、俺は降りる」フランスのオランド大統領はオバマ大統領にそう宣言した。この21日にシカゴで開催されたNATOサミットでの話である。

 オバマ大統領としては14年末に一斉にアフガンから引き上げる計画であるので、このフランスの抜け駆けは忌々しいがさりとてフランスを説得するすべはない。
現在約13万人国際治安支援部隊ISAF)がアフガンに派遣されているが、主体はアメリカとイギリスで、フランスは3300名のお付き合い部隊を派遣しているだけだ。それでもフランス兵の戦死は過去10年で83人に登る。

 アメリカの撤退計画の柱は治安維持をISAFからアフガン政府の軍隊にスムーズに委譲し、国内の安全を確認したあと撤退すると言うものだが、アフガン兵士の訓練は遅々として進んでいない。
ワールド・ウェーブ・トゥナイトでその模様を放送していたのを見たが、新兵がテロ作戦の訓練を受けていたもののドアーを足で蹴破ることもまともにできず、銃のチェックもおたおたしていた。
これじゃ、子供の軍隊とさして変わらんな」正直な私の印象だ。

注)アメリカは01年から10年まででも7000億ドル(56兆円)の資金をアフガン戦争に投入した。これ以上の戦費はアメリカ経済の浮揚の足かせになるだけだから、アフガン軍が弱体でも2年後には撤退するつもりだ。

 日本はここに軍隊は派遣していないが、いっぽう資金援助はたっぷりさせられている。
09年以降の5年間で4000億円の資金援助だから毎年800億円規模だ。
そして現在問題になっているのは14年以降のアフガン政府への支援資金をどのようにまかなうかと言うことだ。
誰も出したくないのだが、ターゲットは日本になっている。

 アフガン政府の軍隊と治安警察の規模を25万人と想定してその資金を各国が支援することになっており、その維持費は年3200億円だと言う。
この金額のほとんどを日本に負担させようと言うのがオバマ戦略で、この7月に日本でアフガニスタン支援会議が開催される。
これからは民政移管が主体だから、日本の出番じゃないですか。ぜひ維持費は日本が見てください」なんて感じだ。

 だが14年以降の軍隊の維持管理費についてはかなり問題がある。
最も重要な課題はアフガン政府軍が弱体でとてもタリバンにはかないそうもないことで、カルザイ大統領からやんやんの追加の督促が来そうなことだ。
資金がたりない、兵隊も弾薬もたりない。もっと金をよこせ。俺が負けても良いのか・・・・テロがはびこるぞ

 しかし問題はいくら金をつぎ込んでも資金はカルザイ政権の高官や部族長に砂漠の砂に水をまくように消えてしまうから、実際は資金援助をしても無駄なのだ。
なにしろカルザイ政権なんていっても日本のような官僚組織があるわけでなく、部族長とその部下という関係だから、資金を管理するのは部族長の一存になっている。
これは俺の金だ、お前らにやるぞ!!!」

 だから日本が14年以降維持費を支払わせ続けられるとなると、ほとんどどぶに金を捨てるのに等しい。
もう無駄だから日本は資金援助を停止する
時の総理がこうオバマ大統領に言えれば立派だが、それより援助の増額に応じそうなのが日本だ。

 なんとも心配なアフガニスタン支援会議がこの7月日本で開催されようとしている。

なお、アフガニスタンに関する過去の記事(貧者の兵器とロボット兵器)は以下のとおり。
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/22910-nhk.html

 

 
 

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(24.5.23) アメリカのシェールオイル革命 世界NO1であり続けるために

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 アメリカという国は自身が世界NO1でいつづけるためには、新産業の掘り起こしに実に熱心に取り組む国だと感心してしまった。
そのことをNHKのドキュメンタリーWAVEが「シェールオイルを掘り起こせ 新たな石油鉱床の衝撃」で放映していた。

 放送では北米のノースダコタ州にあるウイリストンという人口1万の町が石油ブームに沸いて人口が2万人になり、全米で失業率が1%と最も若者が生き生きとして働いている町になっていると伝えたものだ。
石油関連事業に従事している従業員の年収は平均で8万ドル640万円)、多い人は15万ドル1200万円)程度は稼ぎ、マイキャンプと言われる簡易宿舎で働くことだけを目的に寝起きをしていた。

 この町でシェールオイル革命が行われているからだが、このシェールオイル革命とはアメリカを世界最大の天然ガス産出国に変えたシェールガス革命のオイル版である。
現在石油産出国はロシア、サウジアラビアの順だが、それが近い将来アメリカが世界最大のオイル産出国になると言う。
アメリカは天然ガスと石油で世界をリードすると言う内容である。

注)なおシェールガス革命については以下の記事を参照。
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/221022.html


 一般に石油の掘削というと原油がたまっている地下に垂直にパイプ通してくみ上げるのだが、シェールオイルはシェール層という固い岩盤の中の穴の中に点在して存在しているため、今までの掘削技術ではこれを取り出すことができなかった。

 しかしアメリカはテクノロジーの国だ。
二つのテクノロジーによってシェールオイルのくみ出しに成功した。
一つは岩盤を横にパイプを這わせる技術で、地下3000mのシェール層にたどり着くと、今度はそこから左右にそれぞれ3000m、合計6000mの横穴を掘っていた。
二つ目はフラッキングと言う技術で、この6000mのパイプに穴を開け、ここに一気に高圧の水を注入してシェール層を砕き、砕いた亀裂から石油をパイプを通して集める技術である。
なにか私のイメージはうるし職人が漆の木に傷を付けて漆の採集をしているがそれに近いイメージだ。

 最もこの新技術に問題がないわけでなく2つの問題が存在している。
一つは経済的な課題で、パイプを横に通したりフラッキングで大量の水と薬品を注入したりするため掘削に非常にコストがかかることだ。現在のコストがバーレル70ドル~80ドルと言うから相当高い。
石油価格が100ドル前後で推移しているから可能な掘削方法で、これがリーマンショックのすぐ後のようにバーレル30ドルになってしまうと採算割れをして誰も石油を掘らなくなってしまう。
「今がチャンスだ。この時期に掘らなければいつ掘るのだ」石油会社のオーナーがはっぱをかけていた。

注)サウジアラビアではバーレルあたりのコストは5ドルとほとんどタダのような値段で掘削している。

 もう一つは環境問題で、実はかなり課題が大きい。地下3000mとはいえそこの岩盤を粉々に砕いており、さらに内容が公表されていない化学薬品を大量に使用している。
砕かれた岩盤の割れ目を通って地下からメタンガスや使用された化学薬品が地表に染み出すようになっており、映像では地下水の蛇口にマッチを近づけると水が燃え出していた。
また牧場経営が成り立たなくなるような塩分の噴出しの場面が紹介されている。

 そのため現在わが世の春を謳歌しているオイル生産者の最大の危惧は連邦政府が環境問題を重視してこの石油掘削法にストップをかけるのではないかということだが、私はそうはならないと思う。
裁判で争えば牧場主は相応の弁済を得るだろうが、連邦政府は中立的な立場をとって民事訴訟には介入しないだろう

 なぜならアメリカが世界NO1であるためには、どうしてもシェールオイルとシェールガスは必要だし、何よりも雇用を確保できるし、税収さえも望める。
オバマ大統領にとって景気と雇用こそが再選の条件だ。
だからたとえ環境に悪影響があっても(環境保護団体は不満だろうが)、新産業の腰の骨を折るようなことはしないと私は思っている。

なお、アメリカ経済については以下に纏めてあります。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat43809971/index.html

 
 

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(24.5.22) 日の丸金融機関の復活  ヨーロッパ金融機関の撤退の穴を狙え

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 ながいあいだ世界から国債購入機関と嘲笑され続けてきた日本の金融機関が、ここにきてようやく反転攻撃のチャンスをつかみつつある。
インドや東南アジアといったアジア市場から今急速にヨーロッパの金融機関が撤退しており金融の空白状態が発生しているからだ。

 ヨーロッパの金融機関クレディ・アグリコル、BNPバリバ)は現在のヨーロッパ危機を乗り切るため融資を回収し現金を積み増ししている。
なぜ現金の積み増しが必要かというと危機が発生すると銀行間の資金を融通しあう短期市場日本では短資市場という)が凍りついてしまい、自分の持っている現金がすべてと言う状況が発生するからだ。

注)短期市場に資金の出し手がいなくなり、資金不足の銀行は一瞬のうちに倒産する。

 この引き上げはなだれのような速さで進んでおり、新興国市場は突然資金不足に陥った。このチャンスに日本のビックスリー、三井住友、三菱東京UFJ、みずほ融資拡大に乗り出した。

 最近まで日本の金融機関にとっては70兆円規模の日銀の金融緩和策は迷惑以外の何者でもなかった。
資金を国内企業に融資せよと言うことだが、輸出産業は日本から逃亡し、国内産業も規模縮小に追いやられているので融資などだれも必要としない。
たまに融資案件があれば倒産間際の中小企業で、融資をすればするほど不良債権が積みあがる。

 仕方がないので国債の購入をしていたのだが、国債の利回りは1%前後でとても十分な収益を確保すると言うわけには行かない。
日本の金融機関は図体は大きいが収益力のまったくない政府の御用機関だ」世界中からそう見られていた。

 その日本の金融機関が三井住友を先頭にインドや東南アジアで主要なプレーヤーとして復活しつつある。
この状況をNHKのワールド・ウェーブ・トゥナイトで放送していたが、放送ではインドの大手石油会社の200億円の融資の幹事行三井住友が引き受けていた。
今まではヨーロッパの銀行が幹事行だったが、融資から撤退し残った多くが日本の金融機関になったからだ。

注)海外での大口融資はシンジケート団というのを組成して実施することが多い。これは1行で行うと問題が発生したときに対応が難しいためで、一方各国の金融機関の連合体の場合は各国から圧力をかけることができる。

 今後ともヨーロッパの金融機関はアジア市場から撤退し、一方アメリカの金融機関は国内のシェールガス油田の融資や、ヘッジファンド等への融資が主体だから、新興国のインフラ整備設備投資等のまじめな(収益率の低い)案件は敬遠する。

 日本の金融機関から見れば国債購入よりはるかにましだし、苦手なディリバティブと異なって得意の融資であるので今後ともシェア拡大が図れそうだ。
特に三井住友は積極的で海外人員を30%増員して1600人とし、ベテランの日本人行員と現地行員のペアで融資の掘り起こしに努めていた。

注)日本の銀行はディリバティブと言うような肉食系の取引は苦手で、一方融資のような草食系の取引を行うことを好む。

 振り返れば1980年代は世界の金融機関といえば日本の金融機関といわれていた時代があった。当時日本企業がアメリカのロックフェラーセンタービル等を買いあさっていたが、その資金を提供していたのが日本の金融機関だった。
あまりにすさまじい日本の金融機関を恐れおののき、その動きを止めるためのアメリカの対抗措置が当時導入されたBIS規制である。

 金融関係以外の人にとってはBIS規制などといっても何のことか分からないだろうが、海外で活動する金融機関は最低8%の自己資本をもたなければならないと言う国際的な基準である。
この基準を推進したのはアメリカとイギリスでそのターゲットは日本だった。

 当時日本の金融機関はどこもかしこもオーバーローンで、自己資本など1%程度がほとんどだった。
しかし当初BIS基準では(日本の同意を取り付けるために株式の含み益を自己資本に入れることができたので、株価が上昇していた間は悠々8%の自己資本比率をクリアできていた。
8%なんて何でもないじゃないか。わが社にはいくらでも含み益がある

しかし1990年前後のバブル崩壊でその手が使えなくなると融資は加速度的に縮小し(自己資本8%を維持するためには融資を引き上げる必要がある)日の丸金融機関は世界市場から撤退した。
アメリカの日本の金融機関つぶしは成功したのだ。


注)元々BIS基準は日本のバブルつぶしとセットで仕組まれたアメリカの戦略である。バブルに浮かれていた日本はBIS基準がトロイの木馬であることに気づかなかった。

 
私のようにバブル崩壊以前の日本金融機関の雄姿を覚えているものからすると、その後の金融機関の凋落は目を覆いたくなるような惨状だった。
しかしあれから20年、今度はヨーロッパの金融機関が世界市場から撤退を始めた。

 再びチャンスが到来したのだ。
日の丸金融機関は、ようやく得意の融資でアジアの新興国に対するインフラ関連融資や設備投資に進出できるようになった。

なお日本の金融機関に関する記事は以下に纏めてあります。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat45467292/index.html

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(24.5.21) 文学入門 伊集院静 「少年譜」

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 読書会が近づいてきたのであわててテーマ本を読み上げた。今回のテーマ本は伊集院静氏「少年譜」と言う短編集である。
この本を紹介してくれたのはISさんで、ISさんは自宅で私設図書館を開くほどの蔵書家であり、かつ読書家だ。
一方私は小説を読むことはほとんどなく、小説と言えばこの読書会のテーマ本がすべてと言う人間だ。

 そんな訳で私が伊集院静と言う作家を知ったのも「少年譜」と言う作品があるのを知ったのも、今回が初めてである。
最初私はこの作家の名前を見て女性かと思っていたがwikipediaで調べると、1950年山口県防府市で生まれた男性だった。
私より4歳若いがほぼ同世代といって良さそうだ。

 さらに若くして死亡した絶世の美女夏目雅子さんの夫だと知って驚いてしまった。
そうなのか、夏目雅子さんを射止めていたのはこの伊集院静だったのか・・・・・」男のやきもちがわきそうだ。

 伊集院静氏作詞家としても知られており、多くの作詞をしていたが私が知っているのは、近藤真彦さんが歌った「ギンギラギンにさりげなく」だけで、多くの他の曲は演歌好みの私の趣味にあっていないため有名のようだが知らなかった。

 さて今回のテーマ本「少年譜」には7本の短編が収録されている。
その中で私が秀逸だと思ったのは短編集全体の本の名前になっている「少年譜」と「古備前」であるが、やはり「少年譜」のほうが優れている。
作者もそのことを意識して短編集の全体の表題にしたのだろう。

 「少年譜」の舞台は伊集院静氏の古里である防府市から始まり、現在は山口市の一部になっている中国山地の山間の町徳地町、そして島根県津和野である。
伊集院氏の短編集を読むと多くはこの古里の近辺の話が多いが、私も過去に3年間、現在は山口市の一部になっている小郡で暮らしたことがあるのでこの辺りの地理はとても懐かしい。

 話は昭和33年売春防止法施行日の前日に、防府市にあった売春宿が消失しそこにいた女郎が子供の世話が出来なり、近くの燃料商の軒下に赤子を遺棄したことから始まる。
燃料商は当惑したが、そこに炭を収めるために出入りしていた炭焼きの老夫婦が赤子を不憫に思って引き取ることにし、山間の徳地町につれていきそこで育てることにした。この赤子が小説の主人公ノブヒコである。

 もし何事も起こらなければこの赤子は成長して親の炭焼きの手伝いをすることになったはずだが、多くの偶然と大人の善意によってこの赤子の運命は変転する。
最初の善意は誠実で心優しい老夫婦に拾われたことだが、二番目の善意はこの徳地町にある徳楽寺住職から幼稚園から小学校1年までに相当する3年間、基礎的な読み書きと算数,それと習字の鍛錬を週3日泊り込みで薫陶を受けたことだ。

注)この小説を読んで一番奇妙な点は昭和40年の時期に小学校ではなく寺子屋で教育を受けており、何か時代が明治時代を髣髴させる。昭和40年の日本は山口県の山村と言えども小学校はあったはずで、内容と時代が一致しない。

 住職はこの少年の能力を見抜き、学校教育で教わる水準をはるかに凌駕した一種の英才教育をこの少年に授けた。
少年はなぜ住職がこのような教育をするのかは分からなかったが、知識欲が旺盛でかつ素直な性格だったため、喜んでこの住職の教えを吸収した。

 三番目の善意は植物学の最高権威であった津田保治郎博士が中国山地の植物生態調査に訪れ、その折に徳楽寺住職を訪問したことから始まる。
津田博士と住職は中学の同窓生で旧友だった。
津田博士は炭焼きの恒助(ノブヒコの父)の案内で徳地町周辺の植生調査を行った。
その最終日に疲れがたまっていたため簡単な山行きを望んで恒助の息子、ノブヒコに道案内を依頼した。

 博士は途中で集落や山やその他色々な質問をした。
それにたいし少年は的確な回答をしたが、難しい集落名を漢字ですらすらと書くこの(小学校にも行っていない)少年の利発さに博士は感歎してしまった。
そして自宅の津和野に帰ってからこの少年を我が家の養子に貰い受けたいと懇願した。
博士としてはこの有為な少年をこの山奥において、炭焼き人生をおくらせることが少年にとってもまた日本全体にとっても損失と思ったからだ。

 こうしてノブヒコ津和野津田家の養子となったが、そこでの生活は必ずしも心安らぐものではなかった。
津田家には妻は死亡しておらず、祖母のサワが家の実権を握っており、孫に当たるノブヒコより一歳年下の保雄を溺愛していたからだ。
津田博士は一年の大半を津和野を離れて植物調査や東京での講演等を行っていたため、普段はサワがこの家の家長だった。サワは保雄にこの家を継がせるためノブヒコに冷たい態度をとり続けた

 保雄はまったく勉強は苦手だが世渡りに長けており祖母はこの保雄の言うことをすべて信用していた。
正月のある日、保雄は祖母が大事にしていたボタンの鉢を倒すと、すぐさまそれをノブヒコのせいにしてしまうなどこすからく生きる知恵を持っており、それを信じた祖母はノブヒコにひどい折檻をした。

 こうした不遇ノブヒコは何度も耐えたがその理由は住職から「これからは一人で生きよ。一人で耐えて励め。それがおまえの父と母、わしの願いじゃ。お前にはそれができる。それができることをこれまで教えてきた」と言われていたからだ。
もう一つノブヒコが耐えられたのはここで働いていたキヨエという少女がノブヒコ支えたからだ。
キヨエは中学卒業後位の年齢で、津田家では常に女中頭からいじめられていたが、ノブヒコとキヨエの間には少年と少女が感じる淡い初恋と連帯の気持ちが育っていた。

 しかし悲しい事件が起こりキヨエは自殺をしてしまう。
保雄が懇願して津田家でシェパードを飼うことになったのだが、あまりに獰猛なため手が付けられなかった。
津田家の用人はすべて噛み付かれ、特にキヨエはひどい傷を負った。
それだけでなく近所の主婦と子供をかんだため警察も乗り出してきた。

 サワはシェパードを手放そうと決心したが保雄が反対し、檻の中で飼うことを条件にそのまま飼っていたが、ある日このシェパードが毒殺された。
その犯人にキヨエがされたため、思い余ったキヨエは自殺をしてしまう。
この事件でもノブヒコは耐えた。住職から「一人で耐えて励め」と言われていたからだ。

 その後ノブヒコは小学校を主席で卒業すると東京の有名中学に入り、高校大学と優秀な成績で卒業し、父親の津田保治郎博士の後を継いで植物学の権威となり、国際的な植物学の栄誉ある賞を受賞して住職の教えに報いたと言う筋書きになっている。

 この小説のテーマ年長者(老人)は能力ある少年が何らかの理由でその能力を発揮できない不幸な環境にあるときは手助けをして救い上げるべきだというものである。
少年譜」だけでなく他の短編もそのテーマで貫かれている。
伊集院氏もかつてそうした境遇の少年だったのだろうか。詳細は分からないが少年にことの他優しい作家だ。

 私はこの作家がとても気に入った。確かに老人は単に老人であるだけではだめで、救いを求めている少年の手助けをしてこそ老人なのだと思う。
私は現在箱根駅伝出場に夢を持つ中学3年の少年の英語のコーチをしているが、少年が英語の勉強法が分からなくて悩んでいたからだ。
老人がいくら能力があっても老い先が短く、早晩その能力は廃れてしまう。能力を少年に引き継いでこそ老人の役目は終えられるのだと思う。

 伊集院静氏の小説は老人(大人)の生き方に対する優れた方向性を示していて読んだ老人に感銘を与えるのは確かだ。

なお文学入門は以下に纏めてあります。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat43898465/index.html

http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/cat31264874/index.html



 

 

 

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(24.5.20) 病状がようやく快方に向かった

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 ようやく病状は峠を越した。
経緯を説明すると、16日(水)の夜から急激に症状が悪化して17日(木)は一日中寝ていたが少しも症状の改善が見られなかった。
18日(金)に少し身体を動かすことが出来たので病院に出かけて行ったが、血液検査尿検査腎臓に異常が発生していることが判明した。

注)あまりにきついと病院にいくこともできない。病院通いも体力があればこそだ。

 白血球が異常に増殖しており、腎臓の異変を知らせる数値が高い値を示していた。
私自身の症状は微熱が続きそれに伴う偏頭痛と、周りの異様な痛み、それに尿が茶褐色になってしかも30分に1回と言う頻尿に悩まされていた。
皮膚も異様に敏感になってまともに眠ることも出来ない。

 私が行った医院はおゆみ野にあるみどり泌尿器・皮フ科医院だが、ここの先生とは四季の道でよく会う顔見知りである。
山崎さん、これは非常に良くないですよ
検査結果を見て開口一番言われてしまった。

注)正確にいうと最初私が最も信頼しているかない内科で検査をしてもらったのだが、かない先生がこれは腎臓の病気で泌尿器専門医院に行くように紹介状を書いてくれた。

 腎臓と膀胱に菌が入り込んでひどい炎症を起こしているらしい。点滴を受け、細菌の感染を抑える抗生物質と胃炎を抑える薬を4日分処方されて、「毎日病院に来るように」指示された。

 しかし薬の効き目はてきめんだ。19日(土)には熱も下がり偏頭痛はなくなり、尿は通常の色に戻っていた。
これはすごい、腎臓の機能が回復して来た
私は最近の医療技術の進歩に驚いたが、実際は薬で細菌を抑えているだけだからしばらくは養生が必要だろう。

 娘がやって来て「おとうさんは24時間走のような無理なことをするからこうなるのよ」と言っていたがそのとおりだろう。
実はここ1ヶ月間体調の異常が続いていた。

 左目が急に見えなくなった。見えなかった時間は5分間程度だが本を読んでいたら急に左目の視力が半分なくなりそのうちに全部見えなくなった。
当惑して寝込んでいたら5分後ぐらいに半分の視力が回復してその後また全部見えるようになった。

 かかりつけの眼科に行ったら、「これは目の病気ではなく眼動脈と言う細い動脈が一時的に詰まってしまったからで、脳梗塞や心筋梗塞の兆候でもあるので内科で検査を受けるように」といわれている。

 昨年治療を受けた歯茎が再び膿を持って腫れてしまった。
かかりつけの歯医者で切開して一時的に腫れは引いているが、「根がふたたび腐ってきており、今度膿が出るようなことがあればかぶせた金歯を取って根本的な治療をしなければいけませんね」と言われている。

 そして今回の腎臓の異常で、ここ一ヶ月間の間に3回の病状悪化だ。
なにか身体に備わっていた防御のバリアーがいっぺんに崩壊してしまったような状況だ。
戦争イメージで言えば築いていた塹壕がいたるところで突破されて総崩れになったと言うところだろう。

 今回は幸いにも回復基調にあるが、もはや無理が利かない身体になったのは確かなようだ。
かつては身体だけがとりえだと思っていたが、誰にも限界がある。
横綱の白鵬でさえ峠を越せば4敗してしまうのが世の中だ。

 今までのような体力にものを言わせた無茶はするなという身体の警告だろう。この警告を聞いて少しずつ戦線を縮小して行こうと思っている。

注)今までのしがらみがあってすぐに戦線の縮小を図れないが、出来るだけその方向で努力しよう。

 なお、病気療養中に多くの方から励ましのコメントやメールやtwitterをいただきました。ありがとうございます。こんなに多くの方から励まされるとは思っておりませんでしたので、驚きとともにうれしさを感じております。
明日からは少しずつもとの日常に近づけようと努力いたします。

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(24.5.19) 病気療養シリーズ  リメイク版 その2

 昨日病院で検査を受けたところ腎臓がひどく炎症を起こしているといわれた。抗生物質で炎症を抑える措置をとってもらっているが、微熱があり時々ひどい頭痛と腰周りが痛む。
白血球が異常に増えているので体内で白血球が死闘を演じているのだろう。
安静をするように言われているので一日中寝転んでいる。
そんな訳で今日もブログを書いていないのでリメイク版になるが、かつて私が書いたブログで自分でも好きなものを掲載することにしたい。
私の好きな元大リーガーの野茂英雄さんの記事である。


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(20.7.22) 天才野茂が引退した

  野茂英雄投手がこの17日に引退声明をだした。1990年に近鉄に入団し、1995年に大リーグのドジャースに入団しているから、日米通算18年間在籍し、201勝155敗の成績だった。
その間、大リーグで2回ノーヒットノーランを記録し、最多奪三振王にも2回輝いている。大リーグきっての豪腕投手だった訳だ。

 しかし野茂投手の軌跡をみると波乱万丈であり、はっきり言って日本では不遇だった。
野茂がトルネードを始めたのは中学生の時からだったが、それゆえ名門高校からは完全に無視された。
あんな投球方法ではコントロールが定まらないし、使い物にならない

 私が野茂を天才だと思うのは、誰がなんと言おうともあのトルネードを一度たりとも止めようとしなかったことである。
名門高校の監督から「フォームを変えなければダメだ」といわれても怯むことがなかったのだから驚きだ。
これが俺のフォームだ」中学生の野茂がそう信じたのである。

 高校卒業後ノンプロ新日鉄堺に入団したが、その最大の理由はフォームを変えたくなかったからである。プロではフォーム改造に意欲を燃やすコーチがてぐすね引いて待っていた。

 新日鉄堺フォークボールを覚えた後の活躍は目覚しく、1988年ソウルオリンピックでは日本のエースとして活躍し、一躍プロ野球各球団の注目をあびた。

 翌年のドラフト会議で近鉄に1位指名されたが、その時の野茂の入団条件が「フォームを変えないこと」だった。野茂はその後も常にこのフォームにこだわり、年俸よりも野球のスタイルにこだわっている。

 野茂が幸運だったのは、その時の近鉄の監督が仰木彬氏だったことである。仰木氏は日本の監督としては異色といっていいほど、天才を見る目を持った監督だった。

好きなように投げればいい
野茂イチロー仰木監督がそだてた秘蔵子である。

 近鉄時代の野茂の活躍は素晴らしかったが、1992年仰木監督が退団し、その後任に鈴木啓示氏が監督となると、野茂との確執が始まった。

 鈴木氏も天才肌の投手であったが、鈴木氏野茂を認めることができなかった。特に鈴木氏野茂を嫌ったのは四球の多さだった。
あいつは三振も取るが、フォアボールが多すぎる。守備の時間が長くて仕方がない。フォームを改造しなければ使い物にならない

 鈴木氏は現役当時屈指のコントロールを誇っていただけに、野茂のコントロールの悪さに我慢ならなかったのだろう。しかしここが仰木氏との監督としての力量の差だった。

 鈴木監督との確執に加え、12球団随一のケチ球団だった近鉄野茂の高額の年俸引き下げを図ろうとして、野茂の怒りに油を注いだ。
野茂近鉄を追われるようにして大リーグ、ドジャースに移籍したのは1995年のことだが、近鉄は最後まで野茂に底意地悪い対応をしている。

 「任意引退選手」にしたのである。これは当時のプロ野球の規定では任意引退選手は日本の他の球団でプレーすることができなかった
コミッショナー側の高額年俸を要求する選手を封じ込める一種のギルド制度だと思えばよい。

 だから野茂大リーグに挑戦したのは、日本の球界から鞭持って追われたからで、自ら望んでという訳ではない。年俸も1億4千万から980万に落ちた。
ドジャースでは当初マイナー契約しかしてもらえなかったからだ。

 しかし、人生とは何が幸いするか分からない。アメリカの球界は日本のそれとは異なり、天才についておおらかだ
どんな投球方法でも勝てればいい

 その後の野茂の活躍は見事だ。1995年13勝6敗新人賞奪三振王に輝いた。
さらに2回ノーヒットノーランを達成し、アメリカ人のアイドルにもなっている。

 今、野茂英雄の名前を知っている日本人は多いが、鈴木啓示の名前を知る人は少ない。
野茂の大リーグ挑戦など、単なるマスターベーションで成功するはずがない
この鈴木啓示の言葉は当時の日本人の常識だったことを覚えておられるだろうか。

 野茂はアメリカで大成功をおさめたが、二度と日本の球界に戻ろうとはしなかった。トルネードを認めない日本球界を嫌っていたからだ。
ドイツの心理学者クレッチマーは言っている。
成功したパラノイア(一つのことにどこまでもこだわり続ける性格の人)を人々は天才と呼ぶ

 野茂トルネードにこだわり続け、そしてアメリカで自分が天才であることを証明した。

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